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『陸軍中野学校 竜三号指令』 (1967年1月3日・大映京都・田中徳三)

 今回の「カツライス」一枚目は、市川雷蔵が和製ジェームズ・ボンドともいうべき特務機関のスパイを演じた、和製スパイ映画シリーズの第三作『陸軍中野学校 竜三号指令』 (1967年1月3日・大映京都・田中徳三)。空前の007ブーム、忍法帖ブームのなかに作られたシリアスなテイストの活劇。日中戦争が激化するなか、また欧州大戦の火蓋が切って落とされようとするときに、ギリギリまで「平和」の可能性(あくまでも戦前の感覚だが)を信じて、スパイ養成のための「陸軍中野学校」を設立した草薙中佐(加東大介)。その第一期生で、自分の本名や家族も捨てた男・椎名次郎(市川雷蔵)との関係は、まさに「ジェームズ・ボンド」シリーズのMと007の関係。

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このシリーズは原作者がいるわけでなく、前作『雲一号指令』(1966年)からシナリオとして参加した、東映「警視庁物語」シリーズ全24作を執筆した長谷川公之のオリジナル・ストーリーで展開。前作は神戸港に停泊している軍用船を連続爆破する、外国人スパイたちとの暗闘を描いたが、今回は、いよいよ戦火の上海へ、椎名次郎が派遣される。草薙中佐からの特命「竜三号指令」を帯びて、スーツ姿で上海に現れる椎名次郎のカッコ良さ! 基本的に時代劇スターとして銀幕で活躍してきた市川雷蔵のスマートでクールな魅力は、今も色褪せない。

 昭和15(1940)年秋、泥沼化した日中戦争を終結させるべく、重慶へ密かに和平交渉に行った要人5名が、上海で爆破テロに遭って全員即死。果たして誰の仕業なのか?和平を望まない外国諜報機関の妨害なのか? 事件は「竜三号」と名付けられ、その真相を探るべく、中国人に化けた椎名次郎が、上海のナイトクラブへ。現場に残されていた銀貨は、秘密カジノクラブの会員証で、椎名はそれでカジノへ潜入。この辺り「007映画」の影響を意識している。

 クラブには、貿易会社社長・スタイナー(ポール・シューマン)、凄腕のスナイパー・オストロフ(マイク・ダニーン)、謎めいた中国人・呉武松(杉田康)たちもいた。様子を探る椎名だったが、会員証がすでに無効として、怪しまれる。そこでトイレから抜け出し、ビルの壁面伝いに非常階段へ。これもジェームズ・ボンド的。市川雷蔵のスマートなみのこなし、走る姿も美しい。

 例によって上海の陸軍参謀本部は、中野学校出身の椎名次郎に敵愾心をあからさまにする。特に佐々木中佐(早川雄三)は、急進派で、何かと椎名を目の敵にする。特務機関の辻井少佐(有馬昌彦)から、新日派の学者・張宇源(松村達雄)の身辺をマークしてほしいと依頼を受けた椎名は、張宇源が出演しているラジオ局・興亜放送に勤める林秋子(安田道代)と親しくなり、情報を聞き出す。今回のボンドガール的ヒロインは安田道代さん。彼女が椎名のサポートをして、事件の真相へとたどり着くことになる。もう一人が、敵側の女スパイ・周美蘭。演じるは日活からフリーとなったばかりの松尾嘉代。彼女はセクシー担当で、陸軍の川添少尉(新田昌玄)の愛人として、少尉を意のままに操っている。

また、興亜放送で張の聞き手を務めているアナウンサー・宗を滝田裕介が演じているが、出番は短いながら、なかなかいい。スパイ事件の真相に迫るキーマンでもある。

 やがて、第二の和平使節が重慶に向かうも、飛行機が故障して中共領に不時着。要人たちが捕虜となってしまう。急進派の佐々木中佐は、敵を叩くことしか考えていないが、穏和な参謀長(稲葉義男)が期限付きで救出作戦を展開することを決定。椎名次郎がその任務を命ぜられ、椎名は中野学校の同期・杉本明(仲村隆)を指名して決死の敵地潜入を開始する。

 この中盤の救出作戦が、なかなかカッコいい。中国人に化けた椎名次郎が、敵の基地へと入り込むまでのサスペンス。先行していた杉本が捕虜となっていて、彼を逃すためのあの手この手。そして要人とともに、地雷原を突破しながらのアクション。少年観客を熱中させたのもよくわかる。

 この脱出作戦で、第一作から良き相棒、つまり007におけるC I Aのフィリックス・ライターのような盟友・杉本明が、自分の身を賭して、椎名たちをサポートする。その壮絶な最期が、スパイの悲しみとリンクする。ベタなのだけど、こうした「情感」が非情なスパイの世界を、より際立たせる。

 果たして事件の黒幕は誰か? 上海に戻ってからの椎名次郎と林秋子の活躍も手に汗握る。特に、登戸研究所謹製(ここでボンド映画のQセクションのような秘密兵器を開発している)の毒薬を仕込んだ万年筆型銃がカッコいい。黒幕は明らかになるが、戦争推進派の佐々木中佐は内地に戻って、戦況はさらに激化。草薙中佐、椎名次郎の活躍も虚しく、対英米戦争の危機が迫る。

全編、京都近郊でロケーションしているのに、上海や中国大陸に見えて来るのは、フィクションのチカラでもある。大映バイプレイヤーたちが、中国語を喋り、字幕スーパーが出る。洋画のような日本映画は、スパイブームの少年ファンを興奮させたことだろう。


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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