見出し画像

『聖林ホテル』(1937年・ワーナー・バズビー・バークレイ)

ハリウッドのシネ・ミュージカル縦断。ディック・パウエル&バズビー・バークレイ監督による音楽映画の佳作『聖林ホテル』(1937年・ワーナー)を米盤DVDでスクリーン投影。ハリウッドを舞台にしたコメディ数あれど、何度見ても満足度が高い。主題歌は、リチャード・A・ホワイティング作曲、ジョニー・マーサー作詞による”Hooray for Hollywood”。メロディを聞けば誰でもわかるスタンダード。NTV「世界まる見え!テレビ特捜部」のテーマ音楽として長らくオンエアされている、あの曲である。

ベニー・グッドマン楽団がこの”Hooray for Hollywood”を演奏しながらパレードするところから映画が始まる。ベニー・グッドマン(クラリネット)、ハリー・ジェイムズ(トランペット)、ジーン・クルーパー(ドラムス)たちが白いスーツを着て、車の上で演奏。ヴォーカルはフランセス・ラングフォードとジョニー・デイビス。バズビー・バークレイの演出で(しかもロケーション!)楽しめる。この掴みが素晴らしく、全盛期のベニー・グッドマン楽団の演奏をふんだんに味わえるのが嬉しい。

ジーン・クルーパー、ベニー・グッドマン

映画の中盤には、ハリウッド・ホテルの「オーキッド・ルーム」に出演することになったベニー・グッドマン楽団がリハーサルする。そこでジーン・クルーパーの超絶ドラムによる”Sing, Sing, Sing”をタップリと!さらにライオネル・ハンプトンのビブラホンの心地良さも堪能できる。まさに映画はタイムマシン。ベニー・グッドマンはこの映画の翌年、1938年にニューヨークのカーネギーホールで伝説のコンサートを開催するが、その前年のメンバーたちのパフォーマンスが味わえるのだ!

主演はディック・パウエル、ローズマリー・レイン、ローラ・レイン、ヒュー・ハーバートと、ワーナー・ミュージカルではお馴染みの面々。ハリウッドのゴシップ・コラムニストとして活躍していたルエラ・パーソンズ自身が出演して、人気ラジオ番組「ハリウッド・ホテル」を題材にした内幕コメディとなっている。

ラジオ番組「ハリウッド・ホテル」は、1934年から1938年にかけて、実際にハリウッド・ホテルの「オーキッド・ルーム」から毎週放送していた一時間番組。提供はキャンベル・スープ・カンパニー。テーマ曲は「ブルームーン」。ルエラ・パーソンズをホステスに、MCはディック・パウエル、フレッド・マクマレー、ジェリー・クーパー。そして本作でもアナウンサー役で出演しているケン・ナイルズが番組のアナウンサーを務めていた。つまり、人気ラジオ番組の舞台裏も楽しめる、という企画だった。

ベニー・グッドマン楽団のサックス奏者でヴォーカルのロニー・パワーズ(ディック・パウエル)は、ハリウッドの”オールスター・ピクチャーズ”と10週間の契約でハリウッドへ。フィラデルフィアの空港から出発するロニーのために、ベニー・グッドマン楽団の面々が、特別車両を仕立てて”Hooray for Hollywood”を演奏しながらパレードで見送る。タップリとベニー・グッドマン楽団の演奏を、バズビー・バークレイの演出で楽しめる。なんとも贅沢なトップシークエンスである。

映画広告

ハリウッドに到着したロニーをスタジオの広報のバニー・ウォルトン(アリン・ジョスリン)とカメラマンのファジー・ボイル(テッド・ヒーリー)が迎えて、早速公式プロフィールを撮影。ハリウッド・スターになった気分のロニーはご機嫌で、ハリウッド・ホテルへチェックイン。

その階上のワンフロアには、オールスター・ピクチャーズのトップスター、モナ・マーシャル(ローラ・レイン)が住んでいる。エゴイストで癇癪持ちのモナは、演じたかった役を他の女優に取られたために激怒。とりつく島もないほど、スタッフは振り回され、ついには、この夜に開催される新作のギャラプレミアへの出席を拒んで逃避行へ。

ハリウッドのトップ女優のわがままをカリカチュアして、大袈裟な演技のローラ・レインがおかしい。しかもスターの家族には問題あり。ということで変わり者の父・チェスター・マーシャル(ヒュー・ハーバート)と少し足りない妹・ドット・マーシャル(メイベル・トッド)が、コメディリリーフとして物語を掻き回していく。このおかしさ。

そこで、スタジオの広報のバニーのアイデアで、モナのスタンドインを務めている駆け出し女優、ヴァージニア・スタントン(ローズマリー・レイン)を、モナに仕立て上げることに。しかもギャラ・プレミアのレッドカーペットのエスコート役に、事情を全く知らないロニーが抜擢される。

ワーナーは当初、モナとヴァージニアの二役に、ベティ・デイヴィスをキャスティングしたが、ベティに断られたために、レイン・シスターズで活躍していた姉ローラ・レインと妹・ローズマリー・レインの姉妹が演じることに。ちなみに本作には未出演だが末妹プリシラ・レインはジェームズ・キャグニーの『彼奴は顔役だ』(1939年)やヒッチコックの『逃走迷路』(1942年)でヒロインを務めている。

ディック・パウエル、ローズマリー・レイン

この、グローマンズ・チャイニーズ・シアターのギャラプレミアのシーンで、ラジオのMCを務めているのがノンクレジットのロナルド・レーガン。リムジンから出てきて、スポットライトを浴びて完璧にモナを演じるヴァージニア。試写も好評で「オーキッド・ルーム」のパーティを抜け出したヴァージニアとロニーは、恋に落ちて、噴水の中で”I’m Like a Fish Out of Water”(ホワイティング&マーサー)を唄い踊る。ハリウッド・ミュージカルでは定番の恋に落ちるミュージカル・ナンバーである。このナンバーの中盤に、コメディ・リリーフのメイベル・トッドが乱入してきて、お約束の大暴れをする。

翌日、広報のバニーとファジーに連れられてランチに行ったレストランで、ロニーはウェイトレスをしているヴァージニアと再会。二人は等身大で交際を始めることに。その夜、二人でドライブに出かけ、誰もいないハリウッド・ボウルのステージでヴァージニアが唄う”Silhouetted in the Moonlight”(ホワイティング&マーサー)がロマンチック。後方の丘に立つロニーの後ろには満月。それを見て「あなたは月を背負った男ね」と唄出すヴァージニア。ハリウッド・ボウルはハリウッドの山の中腹にある野外音楽堂で、1922年に開場された。ロサンゼルス・フィルハーモニック、ハリウッド・ボール・オーケストラのホームグランドで、映画にもしばしば登場。『スタア誕生』(1937年)やジーン・ケリーとシナトラの『錨を上げて』(1945年)、ドリス・デイの”It's a Great Feeling”(1948年)などでもお馴染み。ビートルズやモンティパイソンのライブでも知られている。邦画では『クレージー黄金作戦』(1967年・東宝)でもロケーション。「トムとジェリー」『星空の音楽会』(1950年)ではアニメーション化もされている。

米盤DVDジャケット

しかし、モナが新聞で、自分のスタンドインがロニーと、ギャラプレミアに出席したことを知って激怒。スタジオにロニー解雇を命じる。わずか数日でクビになって意気消沈のロニーに「俺がエージェントになってやる」とカメラマンのファジーがマネージメントを買って出る。しかし、世間はそんなに甘くない。仕事が全くないのだ。ある日、ロニーは、ハリウッドの目抜き通りで、ベニー・グッドマン、アリス・クレイン(フランセス・ラングフォード)、ジョージア(ジョニー・デイヴィス)の3人とバッタリ。聞けばハリウッド・ホテルの「オーキッド・ルーム」に出演しているという。アリスに「今晩、ステージで唄わない?」と誘われたロニーは「ロケーションで忙しい」と嘘をついてしまう。

結局、ロニーとファジーは、映画の仕事にありつくことができずに、ドライブインのウエイターと厨房係のアルバイトに。ここのオーナー、キャラハン(エドガー・ケネディ)がもう一人のコメディリリーフ。相当な癇癪持ちで、仕事をサボっているとロニーとファジーを叱りまくるも、間が悪くて、自分でどんどん食器を壊してしまう。この食器壊しのエスカレートがおかしい。

ドライブインのスピーカーから、ハリウッド・ホテルの「オーキッド・ルーム」からベニー・グッドマン楽団の”Let That Be a Lesson to You”(ホワイティング&マーサー)が流れてくる。ヴォーカルはジョニー・ディヴィス。それに合わせてロニーが歌い出すと、ドライブインの客たちがその歌声に聞き惚れる。様子を見にきていたヴァージニアも参加し、さらにドット、ファジー、全ての客たちの大合唱となる。

そこでロニーの唄を聴いていた客の一人が、オールスター・ピクチャーズのウォルター・ケントン監督(ウィリアム・B・デヴィッドソン)で、「ミュージカル映画で歌ってほしい」とロニーに声をかける。チャンス到来とファジーとロニーがセットに行くと、なんとモナと、相手役のスタジオのトップスター、アレックス・デュプレ(アラン・モーブレイ)のミュージカル映画だった。しかもロニーの仕事は、唄の下手なデュプレの吹き替えである。それでも仕事だからと引き受けるロニー。

映画は南北戦争を舞台にした"Love & Glory"『愛と栄光』。出征する軍人(デュプレ)を見送り、涙にくれるヒロイン(モナ)。そこでプランテーションの黒人たちが”Old Black Joe”(作曲・スティーブン・フォスター)を朗々と歌う。黒人俳優たちに混じって、なんとアル・ジョルソンのような黒塗りのモナの父・チェスターがいる! ミンストレル芸人の真似をして戯けるヒュー・ハーバートのおかしさ。悪ふざけにも程があると怒るモナ。現在のコンプライアンスでNG であるが、当時はこうしたギャグが定番だった。

ともあれ、映画は完成して、ロニーが吹き替えたデュプレの歌声は観客をうっとりさせて、ギャラプレミアは大成功。ルエラ・パーソンズは、デュプレにラジオ番組「ハリウッド・ホテル」に出演して歌声を披露して欲しいと依頼。調子づいたデュプレは快諾してしまう。しかし、デュプレには唄えない! さあどうする。

ここからの展開は、のちの『雨に唄えば』(1952年・MGM・ジーン・ケリー、スタンリー・ドネン)とそっくり。スタジオはロニーにギャラに上乗せして高額の口止め料を払おうとする。スターの恥を晒したくないからだ。そこでヴァージニアは一計を案じる。ラジオの当日、自分がモナに化けて、モナの父・チェスターと共に、デュプレを誘い出し、ファジーの運転でハリウッド郊外までドライブして、その場にデュプレを放置。その間に生放送でロニーがデュプレの吹き替えだったことを明かして、ロニーが正々堂々と唄うという計画だった。

もう、完全に『雨に唄えば』のクライマックスである。「吹き替えネタ」はハリウッド映画では定番であるが、『雨に唄えば』は明らかに『聖林ホテル』からインスパイアされているだろう。映画のアイデアは繰り返す、である。

いよいよ「ハリウッド・ホテル」の生放送が「オーキッド・ルーム」で始まる。ルエラ・パーソンズがどんな風にマイクの前で喋っていたかがわかる。テーマ曲は”Blue Moon”(作曲・リチャード・ロジャース)。演奏はゲスト出演のレイモンド・ペイジ楽団である。この日の放送のゲストバンドは、レイモンド・ペイジ楽団とベニー・グッドマン楽団。なんとも贅沢な番組である。

ラジオでもアナウンサーを務めているケン・ナイルズの司会で、番組は進行していく。レイモンド・ペイジ楽団が"Ochi Tchornya (Dark Eyes)”「黒い瞳」を演奏、かなりの人数の男女コーラスが唄い上げる。

やがて本日のメイン、新作映画"Love & Glory"『愛と栄光』のデュプレの吹き替えをしたロニーを、ルエラ・パーソンズが紹介する。会場にいたモナは全てを飲み込んで、ヴァージニアに「ステージに行きなさい」と指示。モナがロニーに寄り添って、ロニーが映画の主題歌”I've Hitched My Wagon to a Star”(ホワイティング&マーサー)を、レイモンド・ペイジ楽団の演奏で唄う。まさに『雨に唄えば』のネタバラシの原点!

そしてクライマックス。ロニーがもう一曲、ということで”Sing, You Son of a Gun”(ホワイティング&マーサー)を唄う。演奏はレイモンド・ペイジ楽団、そしてベニー・グッドマン楽団が加わって”Hooray for Hollywood”をジョニー・デイビスが唄う。ロニーとジョニーが交互に二曲を歌っていく構成に、この映画の挿入歌のメロディがインサートされて、圧巻の演奏シーンとなる。バークレイの演出はヴィジュアル的な「万華鏡的ケレン」はないが、この”Sing, You Son of a Gun”と”Hooray for Hollywood”がミックスされたサウンドの「万華鏡」を展開していく。ベニー・グッドマンがクラリネットを吹き、ジーン・クルーパーがドラムを叩き、ハリー・ジェイムズがトランペットを吹く。まさに眼福、ゴージャスの極みのクライマックスである。

【ミュージカル・ナンバー】

♪ハリウッド万歳! Hooray for Hollywood(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング(ディック・ホワイティング)作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ジョニー・デイビス、フランセス・ラングフォード
*演奏:ベニー・グッドマン楽団

♪カリフォルニア・ヒア・アイ・カム California Here I Come(1924)

作曲:ジョセフ・メイヤー
*演奏:ベニー・グッドマン楽団

♪飛び出した魚が好き I'm Like a Fish Out of Water(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ディック・パウエル、ローズマリー・レイン

♪月影のあなた Silhouetted in the Moonlight(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ローズマリー・レイン
*唄:ジェリー・クーパー、フランセス・ラングフォード(リプライズ)
*演奏:レイモンド・ペイジ楽団

♪アイブ・ゴット・ア・ハートフル・ミュージック I've Got a Heartful of Music(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*演奏:ベニー・グッドマン楽団
*リプライズ:ベニー・グッドマン、ライオネル・ハンプトン、テディ・ウィルソン、ジーン・クルーパー

♪レット・ザット・ビー・ア・レッスン・トゥ・ユーLet That Be a Lesson to You(1937)

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ジョニー・デイビス、ローズマリー・レイン、メイベル・トッド、テッド・ヒーリー、ハリソン・グリーン、コンスタンチン・ロマノフ、コーラス
*演奏:ベニー・グッドマン楽団

♪シング・シング・シング Sing, Sing, Sing(1936) 

作曲:ルイス・プリマ
*演奏:ベニー・グッドマン楽団

♪アイブ・ヒッチド・マイ・ワゴン・マスターI've Hitched My Wagon to a Star(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*唄:ディック・パウエル
*演奏:レイモンド・ペイジ楽団

♪黒い瞳 "Ochi Tchornya (Dark Eyes) 

曲:ロシア民謡 アレンジ:レイモンド・ペイジ
演奏:レイモンド・ペイジ楽団、男女コーラス

♪シング・ユー・サノバガン Sing, You Son of a Gun(1937)

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
唄:ディック・パウエル、ジョニー・デイビス、ローズマリー・レイン、フランセス・ラングフォード、ローラ・レイン、ジェリー・クーパー、グレンダ・ファレル、テッド・ヒーリー、メイベル・トッド、コーラス
*演奏:ベニー・グッドマン楽団、レイモンド・ペイジ楽団

♪パパのドラムを叩いている I'm a Ding Dong Daddy from Dumas(1928) 

作曲:フィル・バクスター

♪ボブ・ホワイト Bob White (Whatcha Gonna Swing Tonight?)

作曲:バニー・ハニゲン
*プレミアの後、オーキッド・ルームの入り口で

♪ベビーお城持ってるの?
Have You Got Any Castles, Baby?(1937) 

作曲:リチャード・A・ホワイティング 作詞:ジョニー・マーサー
*オーキッド・ルームで、ヴァージニアがロニーをダンスに誘う場面で

♪ソニー・ボーイ Sonny Boy(1928) 

作曲:レイ・ヘンダーソン 作詞:アル・ジョルソン、バディGディシルヴァ、ルー・ブラウン
*唄:テッド・ヒーリー(キャスティング事務所で)

♪オールド・ブラック・ジョーOld Black Joe(1860) 

作曲:スティーブン・フォスター
* "Love & Glory"のナンバーとしてコーラスが唄う

♪ブルー・ムーン Blue Moon(1934)

作曲:リチャード・ロジャース
演奏:レイモンド・ペイジ楽団(ラジオ番組のテーマ曲)

♪ユー・ゴッタ・ビー・イン・ピクチャーズ You Oughta Be in Pictures(1934)

作曲:ダナ・スージー
*ラジオ番組でのルエラ・パーソンズの登場音楽

♪懐かしの我が家(スワニー河)

Old Folks at Home (Swanee River)(1851) 

作曲:スティーブン・フォスター
*ラジオ番組での"Love & Glory"紹介シーンで

♪悪魔の休日 Satan's Holiday(1934) 

作曲:ジョー・ヴェヌーティ アレンジ:ベニー・グッドマン


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。