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『あらくれ』(1957年5月22日・東宝・成瀬巳喜男)

7月18日(月・祝)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男監督特集。『あらくれ』(1957年5月22日・東宝)をDVDからスクリーン投影。

徳田秋聲が大正14(1915)年に読売新聞に連載した原作を、水木洋子が脚色した女性文芸映画。自然主義文学者の徳田秋声が、射実的に描いた女性の一代記を、原作のエッセンスを生かしつつ、水木洋子が成瀬映画的に自由脚色。高峰秀子が気性の激しい、生活力旺盛な「新時代」の女性の生き方をダイナミックに演じている。製作は藤本真澄ではなく、田中友幸。昭和20年代、田中プロで成瀬巳喜男の『怒りの街』(1950年・東宝)、『白い野獣』(同)をプロデュースして以来の成瀬作品となる。

キャメラの玉井正夫、音楽の斉藤一郎、とお馴染みのスタッフ。美術の加藤安英は戦前から東宝で活躍、成瀬とは敗戦間際の『三十三間堂 通し矢物語』(1945年6月28日・東宝)以来。この加藤安英で再現した、大正時代の東京の街並みのオープンセットが素晴らしい。そのセットを引き立たせるように、当時、まだ大正時代の雰囲気を残していた上野、谷中、本郷界隈でロケーションをしている。

高峰秀子のヒロインをめぐる三人の男に、上原謙、森雅之、加東大介。それぞれタイプの違う「ダメ男」を、いつもながらに好演。後添えとして行った、乾物商の主人・上原謙はエゴイストのDV夫、雪深い地方の旅館に奉公したときの主人・森雅之のお手つきとなるが、彼は線が細く頼りない。好人物の洋服職人・加藤大輔と所帯を持って二人三脚で成功するも浮気夫で・・・ 

デコちゃんはここでも「男運」がない。しかし、リベラルな大正デモクラシーの時代、『浮雲』(1955年)のヒロインのようにウジウジしない、「男なんて!」と自分の運命は自分で切り開いていく、逞しさがある。

2シートポスター

東京近郊の農家の娘として生まれたお島(高峰秀子)は、養家の進める結婚を拒み、婚礼の夜に家を飛び出す。やがて神田の缶詰屋の若主人・鶴さん(上原謙)の後妻となるも、この鶴さん、飛んだ浮気性で、見栄っ張り、癇癪持ちで、焼き餅焼き、おまけにDV夫で、大喧嘩の末、離婚。

お島はパラサイトのような父(東野英治郎)の勝手にされてなるものかと、腕のいい庭師の兄・壮太郎(宮口精二)の口利きで、東北の山村の旅館へ奉公することに。しかし結局、兄の博打の借金のカタとなってしまうが、旅館「浜屋」の若旦那(森雅之)と恋に落ちる。しかし病気療養中の若旦那の妻(千石規子)戻ってくることに。

しかも「娘を返せ!」と、お島の父が乗り込んできてひと騒動。結局、お島は東京へ戻り、洋服職人・小野田(加東大介)に将来性を感じて、再婚、夫を支えて洋服屋を立ち上げるが・・・

大正時代の東京、東北の山村のムードや時代の再現がなかなかいい。大正風俗を見事に再現している。東野英治郎、宮口精二、賀原夏子といった新劇の役者たち。そして浜屋の番頭の横山運平、中村是好といったベテラン喜劇人の味。脇のキャラクターに至るまで、配役に目が届いている。

特に後半、小野田が田舎から来た父(高堂国典)を連れていき、お島も上京してきた浜屋とランデブーする、東京大正博覧会の晴れがましさ。東京市の上野公園地(現在の上野恩賜公園)を主会場とする大規模な博覧会で、大正3(1914)年3月30日から7月31日にかけて開催された。映画には出てこないが、日本初のエスカレーターや、不忍池には「ケーブルカー」と称したロープウェイが設置された。

東京大正博覧会
ケーブルカー(ロープウェイ)

ヒロインの生々流転を描くということでは、これまでの成瀬映画同様だが、お島のポジティブかつパワフルなキャラクターは、なかなか爽快。これからはイメージの時代と、小野田をハワイ帰りのテーラーに仕立て、自分は洋装、エントツ頭で、自転車に乗って得意先周り。まさに「はいからさんが通る」である。

お島と小野田が最初の店を閉めて、離れ離れになることを決めるTの境内は、上野寛永寺。自転車の練習をするのは、谷中の築地塀のあたり。洋装のお島が、小野田洋服店のビラを配る大学正門前は、東京藝大の門で撮影が行われている。

胸を患った浜屋が良くないと聞いたお島は、東北へ。しかし時すでに遅く、浜屋は亡くなっていた。そこで浜屋の女房・千石規子と対峙するのだが、この千石規子の嫌味タップリの芝居がいい。本妻と愛人の静かな対決。という感じで、この映画の女性たちは千石規子も含めて、男よりも強い。

缶詰屋の元夫・鶴さんの幼馴染で、離婚の遠因にもなったおゆう(三浦光子)が、なんと後半、洋服屋・小野田の囲い者となる。おゆうにしてみれば、お島へのライバル意識からのことである。このおゆうも相当なタマである。

白山の妾宅に、いそいそと出かける小野田を円タクで追いかけるお島。本郷の真砂町でロケーション。妾宅に乗り込んで、おゆうとキャットファイト! 「そんなに好きならヒゲダルマをくれてやる!」と啖呵を切って、雨の中、駆け出していくお島! 彼女が傘屋に立ち寄るシーンで登場するのが傘屋の親父・谷晃!

もう「男は懲り懲り」と、若い職人・木村(仲代達矢)たちを連れて、ヒゲダルマを出し抜いて、独立することを示唆して映画は終わる。なんとも爽快なラストである。




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