見出し画像

太陽にほえろ! 1973・第69話「初恋への殺意」

この原稿は、事件の核心、物語の展開について詳述しております。ネタバレ部分もありますのでご注意ください。

第69話「初恋への殺意」(1973.11.9  脚本・鎌田敏夫 監督・児玉進)

森岡悦子(稲垣光穂子)
清水京子(沢まき子)
浜代(目黒幸子)
不動産屋(山田禅二)
亀井和子
福富製氷警備員(加藤茂雄)
森岡慎一郎(家弓家正)
清水美保(石井麗子)
福富一郎(松宮五郎)

予告篇の小林恭治さんのナレーション。「父が母を殺すのを見たと少女は言った。その悲しみは、昔自殺まで追い込んでしまった初恋の少女を思い出させた。しかし意外にも、この殺人は巧妙なトリックによるものだった。次回「初恋への殺意」にご期待ください」

 山さんの初恋にまつわる悲しいエピソードが、事件解決の緒となっていく。ゲストに、日活で裕次郎さんと同時代に活躍してきた稲垣美穂子さん(ここでは稲垣光穂子)。今回は冒頭で犯人を明かしてから、そのアリバイを崩し、トリックを看破っていく「刑事コロンボ」スタイルの展開となっている。推理ものとしても、人間ドラマとしても「太陽にほえろ!」の水準の高さを証明してくれる傑作。あまりにも辛い展開だけど、ラストの爽快さが、救いとなっている。この辺りも鎌田敏夫脚本の見事なところ。

 真っ暗な部屋で、憔悴しきった少女・清水京子(沢まき子)が、森岡悦子(稲垣光穂子)に頭を押さえつけられて、暗い部屋でスライドを強制的に見せられている。部屋の外では消防車のサイレンが聞こえる。スライドを投影していた男(松宮五郎)がふと手を止める。「何ぼやぼやしているの?」厳しい口調の悦子。「これで記憶に残りますかね」と男。「いくら意識がなくたって、繰り返し見せられたものは、心の底に残っているわ」と悦子。サブリミナル効果という概念がまだ一般的ではなかった頃、「刑事コロンボ」で「意識下の映像」というエピソードが放映されたのは、この「初恋への殺意」の翌年のこと。鎌田敏夫さんのこの着想は新しかった。

 京子を演じた沢まき子さんは、1972年にTBSタケダアワーで放送された「決めろ!フィニッシュ」(東宝テレビ部)の主題歌をハニーナイツと一緒に歌っていた。またその前に放映されたタケダアワー「柔道一直線」(東映)で、かすみかおるを演じていた。

 稲垣美穂子さんの悪女っぷりが、冒頭すぐにたっぷり描かれる。朦朧とした意識の中で、少女が見せられているのは、女性が刺殺される瞬間のショッキングな連続写真。同じカットを繰り返し見せられる。視聴者も溜まったもんじゃない。金曜夜8時とはいえ、遅い晩御飯を食べている家庭もあったろう。それでもクレームがついたり、問題にならなかったのは、テレビを観る側に「耐性」があって、タフだったのだろう。スライドを操作している男・福富一郎(松宮五郎)が「俺たちのことも覚えているんじゃないでしょうね」。

 「大丈夫よ」と悦子。少女は酒を飲まされ、薬も盛られているのだ。「見るのよ。見るの・・・」。ああ、怖い、今見ても怖い。森岡は一言「怖い人だなぁ、お嬢さんは・・・」と呟く。悦子は夫のためにやっているだけ。「あなたも覚えておいた方がいいわ。お金も地位も、綺麗事じゃ手に入らないわ」。少女の顔には、瞼を閉じないように、テープが貼られている。ああ、かなりキツイ描写! 消防車のサイレンの音が高鳴り・・・

 それがパトカーのサイレンに変わり、パトカーと山さん、ジーパンの覆面車が、現場に到着する。現場の民家では浴衣の女性が胸から血を流して死んでいる。ゴリさん「被害者の夫が姿を消しているんですよ」。夫が犯人という線で捜査が進められていく。この家の娘=先程の少女・京子が、父親が母親を殺すのを目撃したと証言している。

 「私、夢を見たと思っていたんです。でも目が覚めたら、本当にお母さんが死んでいて・・・」。京子は、犯行のあった時、酒に酔っていて、どうやって家に帰ってきたかも覚えてなかった。目が覚めるまで、家に帰ってきたことすら覚えていなかった。「しかし、高校生でしょう?あんたは」とジーパン。「そんなこと関係ないでしょう」。少女は酒もクスリもしょっちゅう飲んでいたと開き直る。両親が喧嘩ばかりして、家に帰ってきても面白くなかったからだと。「何が原因だったんですか?」とジーパン。母親に男がいたけど、父親が殺すなんて、思いもよらなかった。悲しみにくれる京子。

 「確かに見たんですね。殺すところを」と山さん。「見たわ、今でもこの眼に焼き付いているもの」。寝巻き姿の父親が、寝巻きを着ている母親を包丁で刺したのを目撃したと少女。「私、夢を見たんだと思っていたのに・・・怖い夢を・・・それが起きてみたら、本当だったのよ」。キャメラは山さんのアップ。悲しそうな山さんの表情。今回は、先に犯人をバラしてから始まる。推理小説で「倒叙物」と呼ばれるパターン。「刑事コロンボ」のスタイルで物語が始まる。

 少女は叔母・浜代(目黒幸子)に引き取られていく。見送るジーパン、山さんに「どうやって生きていくんでしょうね。これから」「・・・」「辛いでしょうね。父親が母親を殺すなんて。子供にとって、これ以上ショックなことはありませんからね」。終始無言の山さん。何かを思い出しているようだ。

 捜査第一係。長さんが状況説明をしている。被害者は清水美保(石井麗子)、目撃者は娘・清水京子(沢まき子)。凶器の包丁が床下に隠されていた。指紋は美保、京子、夫のタカオのものしか検出されていない。ボスは夫・清水タカオを有力容疑者として全国指名手配にする。一係が動き出そうとした、その時に、殿下がボスと話がしたいという男を連れてくる。男は被害者・清水美保の愛人と自称。福富ビル株式会社代表取締役・福富一郎(松宮五郎)である。

 一郎は捜査協力にあたり、自分のことは報道関係者に伏せて欲しいと申し出る。3〜4年前、保険の外交をしていた美保が訪ねてきたのがきっかけで二人は愛人関係となった。美保の夫には、二人の関係を最近になって知られてしまった。最後に会った時、美保が「あたしたちの関係を主人に悟られてしまった」。夫は相当なヤキモチ焼きだったらしい。淡々と話す福富に、殿下は「そんなご主人がいながら、なぜあなたと付き合っていたのですか?」「さあ」「愛し合っていたのですか?」「愛と言えるかどうか。お互い、大人でしたからね」。こういうセリフに小学生の視聴者はドギマギしたものだ(笑)福富は時々、美保に「小遣い程度」を渡していた。殿下は「美保さんは金のために?」とモラリストぶりを発揮。福富クールに「それが全てではないでしょうけどね」。大人だねぇ。「働きのない亭主を抱えて、苦労していたのは事実でしょうな」。かなりの印象操作で、美保の夫が犯人だと、誰もが思い込んでしまうような証言ばかり。

 そこで、ボスを呼び出すジーパン。夫の清水タカオが新潟の寄居海岸で溺死体で発見されたことを報告する。

 上野駅。山さんが新潟出張してきた長さんをホームで出迎える。長さんによれば、タカオは自殺と断定された。死後7〜8時間で発見された。妻を殺して新潟へ行って自殺したとしても時間的には説明がつく。タカオは生まれ故郷の海に飛び込んだ。それで全ての説明がつく。

 一係。長さんが清水タカオのポケットの遺留品=二人の結婚指輪をボスに見せる。外傷はなかったが、足の指に凍傷の跡があった。新潟県警では、最初山に登って死のうを思ったのでは?との見解。新潟の山はもう雪が降っているから、考えられないことではない。しかし山さん、何もかもスムースに行き過ぎていると気に掛かる。「ボス、私を新潟へ行かせてください」「よし、行ってこい」。山さん、申し訳なさそうに「長さん、すまん」と出ていく。このあたりの仲間関係の呼吸、素晴らしいね。少し憮然とする長さんに、ボスも「すまんな長さん」と声をかける。

 ジーパンが長さんに。今度の事件では、山さんが少しヘンだ。「残された娘さんのことを、すごく心配しているんですね」。京子が預けられている叔母のところへも何度も訪ねて様子を聞いているのだ。娘が可哀想なのは確かだが「山さんが、それほどセンチだとは思いませんでしたね」とジーパン。

 上越本線。山さんが新潟の海に佇んでいる。夜行で席を探す山さん、ふと見やると、父の遺骨を抱いた京子と叔母・浜代(目黒幸子)と偶然再会する。京子は厳しい目で山さんに「まだ何か調べているんですか!」「いや、ちょっと」。京子は父は母を殺して、自殺したのに「まだ何を調べようっていうんですか?」「・・・」「父がまだ他に悪いことでもしたっていうんですか!」。遺骨を抱いたまま、その車両から立ち去る京子。

 デッキで泣いている京子に、山さん「君は強いな」と優しく声をかける。「何がですか?」「こうやってお父さんを迎えにきてあげている」「だって、お父さんですもん」。他にもっと悪いことをしていたとしても「お父さんは、私のお父さんよ」。山さんは優しく続ける。「お父さんが他に悪いことをしていたかどうかを調べているんじゃないんだ。私が納得したいだけだ」。ここで「太陽にほえろ!」のピアノバージョンが静かに流れる。

「君にはつらい質問になると思うが」と前置きをして山さん。福富一郎を知っているか?と京子に訊ねる。「知らないわ」「お母さんの愛人だったという男だ」「・・・」「君の家はお金に困るような状態だった?」。京子は、母が保険の外交員になってから、父は全然働かなくなった。「最近、お母さん、お金の具合はどうだった?」「お母さん、その人からお金を貰っていたっていうの!」。母親は他に男がいたことは本当だけど、お金のためじゃない。いくら困っても「お金のために男の人と付き合うような、そんなお母さんじゃない!」。山さんの目に悲しみが溢れてくる。

 七曲署。ボスが出てくる。山さん、追ってきて「もう少し調べさせて頂けませんでしょうか?」と頼む。理由もなく捜査を続けるわけにはいかないからとボス。「だだ、あの娘の言うことを信じてやりたいんです」「それだけか?」「それだけです」「何かわけがあるのか? 山さん」

 「昔・・・二十数年も前のことです。あの娘と同じような娘がいました。父親が母親を殺したんです。母殺しの父を持った娘から、友達がひとりずつ離れて行きました。私もその一人だったんです・・・。家のものに、その娘と付き合っちゃいけないと言われて、私も、いつともなく、その娘と付き合わなくなりました。世間の目を気にしたんです。本当はその娘が好きだったくせに・・・。しばらくして、その娘は自殺しました・・・。私はせめて、あの娘に何かしてやりたい、私に出来ることなら、どんな小さなことでも・・・」


「山さんがそんなにセンチだったとは思わなかったって、ジーパンが言ってたぞ」とボス。そんな気持ちではなく、山さんは「自分で自分が許せないだけなんです」と正直に話す。ボスは「気の済むようにやれ。会議ではなんとか誤魔化しておく」。いいねぇボス。やっぱり、頼もしきリーダー!

 夜、福富一郎宅の前で待ち構えている山さん。美保のことを聞きたいとの山さんに、女房子供に聞かせるような話じゃないから、ここではまずいと福富。「美保さんとはどこで会っておられましたか?」福富はお互いに家庭のある身だから、都内にマンションを買って逢瀬をしていたと。マンションの管理人などで、福富と美保を覚えている人はいるか?と山さんは、斬り込む。「あなたと美保さんが付き合っていたことを証明する何かありませんか?手紙とか」。まさに、刑事コロンボだね!「記念品を残すほど、子供じゃありませんからね」「11月1日の夜はどこにいらっしゃいましたか?」「あなた方が参考までに、という時は曲者だからな」。刑事コロンボと犯人のやりとり、かなり意識している。福富はその日、産業省次官・森岡慎一郎(家弓家正)と会っていたという。森岡は選挙に出るという噂があるエリート次官だった。

 森岡慎一郎の豪邸。お手伝いさんが。福富一郎のアリバイを証明する。8時頃に来て、2時過ぎに帰ったと証言。福富の車があったからずっといたとお手伝いさん。そこへ森岡夫人・森岡悦子(稲垣光穂子)が、着物姿でそそとした態度で出てくる。冒頭の悪女ぶりとは大きな違い。山さん、こいつだよ、こいつが犯人だよ。と小学四年生の僕はテレビの前で、思っていた(笑)「はっきりおっしゃってください。いま、主人は大切な時なんですから。警察沙汰になるような人を家に近づけるわけにはいかないの」。山さんは福富の関係者に話を聞いていると、あくまでも穏やかな態度。「福富もいい加減で、女遊びはやめなくっちゃ」と微笑む悦子。絶大の自信があるようだ。

 犯行の夜の福富のアリバイを訊ねる山さん。「ええ、久しぶりに来たもんですから」と深夜2時までいたことを認める悦子。「福富はね、私の死んだ父の書生だったんです」「ご主人は?」「9時ごろに帰って、それからずっと一緒でしたわ」。

 森岡宅。慎一郎が悦子に「刑事が来たそうだな」「つまらないことよ」「なんなんだ?」。福富の関係した女が、事件にあったらしいと、あくまでも伝聞で話す悦子。話を逸らそうとする妻に「悦子、美保を殺そうとしたのはお前じゃないのか?」。家弓家正さん、流石に声がいい。フランク・シナトラがそこにいるみたい! 顔は違うけど(笑)

「私と美保のことは、お前も気づいていたはずだ」
「知りませんわ、私、美保さんなんて」
「嘘だ!」

 今、そんなことを考えている場合じゃないと悦子。「私、あなたに一つだけお願いがあるの? 11月1日、美保さんの殺された日よ。福富はこの家に、夜の8時から2時過ぎまでずうっといたわ。あなたは9時に帰ってきて、それから三人ずうっと一緒だった・・・」「しかし、私が帰った時は、福富はいなかった」「いたのよ」ときっぱり。ああ、怖い、怖い。「私はいつも、あなたのためを思っているのよ。あなたはいずれ、日本の最高の地位につくべき人なのよ。忘れましょう、あんな女のことは」

「大丈夫よ。あんな刑事に尻尾を掴まれるようなヘマはやらないわ」

 山さん、清水家へ。解体業者が家をバラバラにしている。不動産屋(山田禅二)が「私のところが一応引き取ったんですがね。人殺しがあった家を誰かに売るのは、どうも気持ちのいいもんじゃない」から更地にして売るつもりなのだ。山田禅二さんも日活バイプレイヤーで、裕次郎映画でもこうしたオヤジ役を演じていた。山さんが部屋を見渡していると、作業員が埃だらけの手紙の束を見つけた。

 一係。手紙を手にしたボス「濱野ってのは被害者の旧姓だな、山さん」。差出人は森岡慎一郎。「福富のアリバイを証明しているのが、この森岡夫妻なんですね」と山さん。手紙の内容は二人が高校生の時のラブレターだった。美保は二十数年間、誰にも知られないように、森岡からのラブレターを大事にしていたのだ。「被害者の付き合っていた男は、ひょっとして森岡慎一郎だとは考えられませんか?ボス」と山さん。20年前のラブレターを大事に持ち続けていた美保が、金だけのために夫を裏切るとは考えられない。山さん、その気持ちがわかるからね。森岡夫人の父親の書生だった福富が身代わりだとしても納得ができる。単なる痴情のもつれによる殺人ではなく、政界を揺るがす大スキャンダルに発展しかねない大事件だったのだ。

「思いが通じたのかもしれんな、山さん」とボス。

 ゴルフ場で、森岡慎一郎に「あなたの手紙ですね」と確認をする山さんとジーパン。「最近、清水美保さんにお会いになったことはありませんか?」「ないね、どんな顔の娘だったかも、よく憶えていないんだ」。ジーパン「被害者はたった一通の手紙を二十数年間、持ち続けていたんだ。もし、お会いになっていたら、そう仰ってください。それが被害者のためじゃないですか」。完全に否定する森岡。そこへ悦子がやってくる。「あなた、どうなさったの?」「どうやら、私が疑われているらしいよ」「あなたがた、森岡に傷をつけようと、故意にそんなことをしているのね」と悦子。さらに、お金が欲しいなら、そう言ってくれればいい、とまで嘯く。ジーパン、怒り心頭。しかし山さん、それを抑える。

 七曲署・屋上。ボスは署長から「どこから金もらって、選挙妨害をしているんだ」とドヤされたと。山さんも、森岡夫人に同じことを言われたと笑う。署長からはこれ以上捜査を続けるなら、はっきりとした証拠を掴めと言われた。「とにかく相手は、いずれ総理大臣になるかもしれん、大人物なんだそうだな」とボス。

 夏木マリさんの「絹の靴下」が流れる雑踏。「トルコエビス」の前でしゃがむ京子。山さんは当日の京子の行動をもう一度洗っているのだ。寄って、この場所にしゃがみこんでいたと京子。その後、どうしたのか? 京子を乗せたというタクシーも出てこない。「思い出してくれよ。頼む」「・・・」「どんな小さなことでもいいんだ」。懸命に思い出そうとしても、母が刺殺される瞬間のイメージがフラッシュバックする。京子はつらい。「わからない」と混乱している。赤提灯で京子とおでんを食べる山さん。「美味しいか?」「うん」。にっこり笑う京子。

 七曲署・屋上。長さんが「被害者の夫の凍傷のことなんだけどねぇ」と山さんに話す。福富一郎は製氷会社も経営していることが判明した。「人間は死んだ瞬間に急速に冷凍すれば、死亡時間が誤魔化せるということもあり得るそうだ」。清水タカオは殺された後、製氷車で新潟に運ばれた可能性がある。そうであれば、誰一人目撃者がいないことも説明がつくのだ。長さんが製氷会社に確認したところ、時間外に誰かがクルマを使ったら、ガソリンの量ですぐにわかるのだが、そんなクルマは一台もなかった。「ということは、冷凍車を動かした男が、減っただけのガソリンをまた入れて、クルマを元に戻して置いたのかもしれん」。製氷会社から新潟の寄居海岸までのルートにあるガソリンスタンドを、ゴリさんとジーパンがしらみ潰しに当たっている。長さんはもっと早く気づいて調べるべきだったかもと後悔している。しかし「私も気づかなかったよそこまでは」と長さんに深く感謝をする。前半のシーンに対応する、二人の誤解が溶ける良い場面。

 一係。ジーパンが、11月1日の夜に、新潟県道十日街のガソリンスタンドで、冷凍車が給油をしていたことを突き止めた! さらに運転手の人相と年恰好が、福富一郎と一致したのだ。「トラックの運転手のくせに、あんまり上品な皮の手袋をしているので、スタンドの従業員が不思議に思ったそうです」。そこで殿下「しかし、殺されて運ばれているとしたら、娘さんが目撃しているのは、どういうことになるんですかね?」と疑問を呈する。「まさか娘が両親のことで、そんな嘘をついているとは思えんし」

「夢だったのかもしれん」とボスがつぶやく。

 再び、山さんは京子と一緒に「トルコエビス」の前へ。「意識不明になるまで酔っ払ったことは、何度かあったのかね?」「しょっちゅうだったわ」少し考えて京子は「そういえばあの日、起きた時に、なんだか眼が痛かったわ」。眼が引き攣ったみたいで・・・でも、なぜかはわからない。思い出すのは父が母を殺そうとしていることだけ。「それだけしか思い出せない」。京子の辛さが痛いほどわかる山さん「もうやめよう・・・」「え?」

「私は、君に辛い思いをさせているだけかもしれない」
「いいのよ、刑事さん。どんなに辛くったって、私は平気。だって、刑事さん、私の言ったことを信じてくれたんだもん」

 京子は協力を続けることを山さんに告げる。そこへサイレンを鳴らして消防自動車が走ってくる。その音で、京子のあの夜の記憶が蘇ってくる。「音がしたわ、消防車のサイレン」が夢の中であの音がしていたという。山さん、気づいた!

 一係。「ボス。被害者の娘は、全く別の場所で殺人現場の記憶を叩き込まれていますね。あの日、被害者の家の近所では火事はありませんでした。ところが福留が借りているというマンションの近くでは、スーパーの倉庫が焼けて、数台の消防車が出動しているんですね」。福富のマンションとなると共犯者は? 山さんは続ける「被害者が森岡慎一郎と付き合っているとすれば、選挙に出ようとする森岡の邪魔になると考えたのかもしれません」。可能性は十分あるが、消防車のサイレンだけではどうにもならないとボス。

 森岡邸。悦子は落ち着かない。福富が来ている。「刑事が森岡に付き纏っているわ。大丈夫なんでしょうねぇ」「私は何もボロは出しませんよ、お嬢さん。二十年前の手紙をあの女がしまっていたなんて、考えもしなかったことですからね」「万一の場合は、あなたに全ての責任はとってもらいますよ」と悦子。「あの女を殺そうと言い出したのは、お嬢さんですよ?」「あなたにはそれだけのことはしてある筈よ」。なんて悪女だ!

「私はね、たとえどんなことがあっても、森岡を日本で最高の地位につけてみせる。死んだ私の父が掴もうとして掴めなかったものを、私は森岡の手に掴ませてみせる。そのためだったら私、どんなことでもやるわ」

 福富製氷株式会社で山さん、警備員(加藤茂雄)から「困りますよ。一応、社長の承諾を受けないと」。警備員役の加藤茂雄さんは東宝バイプレイヤーで特撮映画でもお馴染み。「ウルトラマン」などのテレビ映画にも出演していて特撮ファンは出てくるだけで嬉しい俳優さん。サラリーマン映画などでも警備員率が結構高い。「社長の承諾は得てあるよ。もう時期こちらにくる筈だ」と山さん、製氷室を「参考のために」見て回る。

 そこへ慌てて、福富がクルマを飛ばしてくる。「捜査礼状は?」と剣幕の福富に、山さんは「ありません」。ここへ来れば何かがわかると、匿名の電話があったとカマをかかける。「私に電話をしたのはあなたじゃないんですね?」と福富。「いいえ違います。でも、おかげで面白いものを見つけました」と山さんは、ボタンを福富にみせる。「海へ飛び込んだ、清水タカオのボタンと、同じボタンなんですがねぇ」蒼白になる福富。「どうしてこんなところに転がっているんですかねぇ?」。知らないとシラを切る福富に「死体なんかを凍らせるにはいい場所ですね」と山さん、追い討ちをかける。「瞬間的にできるんしょう?」。福富、いたたまれなくなって「出ましょう」と出ていこうとする。

 ところが製氷室のドアを誰かが閉めてしまって出られない。「どうしたんです?」「あなたが閉めさせたのか?」「いいえ」。焦った福富、外へ電話をかけようとするが、電話線は切れている。「あんた誰に呼ばれて、ここへ来たのか?」「わかりませんね。女の声でしたがね」「女?」「このボタンは誰のものなんですか?福富さん」迫る山さん。「どうして死んだ人間と同じボタンが、こんな場所に転がっているんです」。それどころじゃないと福富「数時間もしないうちに、我々は凍死するんだ」とついにゲロってしまう。「あけろ!あけろ!」と必死の福富に、「我々を殺そうとする人間でもいるんですか?」

「福富さん。あんたは一つだけヘマをした。清水タカオを溺れさせた海水ですよ。海水に顔を突っ込んで溺死させるところまで思いついたがね。その海水を新潟の海から運んでこなかった筈だ!東京のそこらへんの海から汲んできた。新潟の海は東京の海とは違うんだ。清水タカオの胃から検出されたのは、新潟の海とは比べ物にならないほど汚染されていた! はるばる東京湾から新潟まで死体が流れていくには、遠すぎるんでね」

 福富そこで、またボロを出す。「その話はあの女にはしたのか?」山さん「あの女?」「われわれを閉じ込めたのはあの女だ!」「誰だ?あの女というのは?」「あの女のために死ぬなって真平だ」「森岡夫人なのか、あの女というのは?」

「もともと言い出したのはあの女なんだ。無理矢理やらされたんだ!あんなトリックを考え出したのもあの女なんだ。選挙に出る時、女のことが出ると困ると言ったのもあの女だ!だから俺は手伝ったんだ! ただ嘘だ。あの女が殺そうとしたのは、ただ清水美保が憎かっただけなんだ!夫に愛される女が憎かっただけなんだ!」

 まるで演劇のセリフのように、福富一郎が全部喋ってしまった。余程、悦子が憎かったんだね。そらそうだ。「俺は死ぬのは嫌だ」と必死にドアを叩く福富に、憐れみを込めて見つめる山さん。よくやくドアが開くと、そこには長さん、ゴリさん、ジーパンが待ち構えていた。任意同行を求められる福富。ゴリさんは物陰に隠しておいたカセットデッキの録音ボタンを止めて「もう一度、ゆっくり聞かせてもらいますよ。今の話」。

「罠にかけたな!」と山さんに飛びつく福富の胸ぐらをつかみ「貴様らも罠にかけた筈だ」と怒りをぶつける山さん。「何も知らない娘を!父親が母親を殺すところを目撃することが、どんなに酷いことか、貴様は考えもしなかった!」

 ジーパン「よくボタンが見つかりましたね」「ああ」と山さん、自分の背広のボタンだったことを示す。「海水の話は本当だったんすか?」「自殺者の遺体をそこまで綿密には調べないだろう?」うなづくジーパン。山さんは続ける。「冷静なら福富も気づいただろう。こんなことは・・・。これ以外に方法はなかった」。山さん、勝負に出たのだ。

 銀座東急ホテル。「村岡慎一郎激励の会」の当日。山さんが会場へ。ホテルマンに「森岡夫人」に会いたいと申し出る山さん。ロビーで参加者と談笑する慎一郎、悦子たち。「奥様、御面会です」。悦子が立ち上がると、目の前に山さんが立っている。

「あなたに用はないわ、お帰んなさい」
「私にはある」

 胸ポケットから悦子の逮捕状を出す山さん。愕然とする悦子。「福富が喋ったのね、(笑って)あの恩知らず」。長さん、ジーパン現れて「御同行願います」。その様子を見ていた真一朗が呆然と立ち上がる。もう何もかもおしまいである。署へ連行される悦子。「パーティが終わったら、参考人として出頭してください」と慎一郎に告げる山さん。

「もう必要はありませんよ。こんなパーティ。全て終わりだ。私が美保と会った時から、全てが終わりかけていたのかもしれません。美保は初恋の思い出を十数年、ずっと持ち続けて来れていました。そして私と会った時、なんの躊躇いもなく、私の胸に飛び込んできてくれた。それまでの私には野心しかなかった。この世の中に、野心以外のものがあることを教えてくれたのは美保でした。それが妻には許せなかったんです。私が、野心以外のものを持つということが・・・野心以外の、例えば、愛のようなものを・・・」。話の途中で、山さん、黙ってホテルを出ていく。

朝、高校に通学する京子。山さんが一緒に歩いている。
「ここでいいわ、色々とありがとう。おじさん」
「君のためだけにしたことじゃないんだ」微笑む山さん。
「係長さんが話てくれたわ、おじさんの初恋が、お母さんの初恋を蘇らせたんだって」

微笑む山さん
「私、お母さん、許してあげる。私にはいいお母さんじゃなかったけど。でもいいの。女同士として許してあげる」
「君にしてあげられることは、もう何もない」
「私、ちゃんと生きていく。生きていけるような気がするの。寂しくなったら、またおじさんに会いにいくね。じゃ」

元気に校舎へかけていく京子。
「おじさんか・・・」満足げな山さん。

七曲署。ボスが出勤してくる。山さんが「ボス」と声をかける。
「おじさんですかね?俺は・・・」
「は?」
「ま、そうでしょうな、お互いに」

笑う山さん。

 このラストシーン。どこかで既視感があると思ったら、第42作『男はつらいよ ぼくの伯父さん』(1989年)で、寅さんが後藤久美子さん演じる泉ちゃんの高校を訪ねて、励ますシーンによく似ている。寅さんは「おじちゃま」と呼ばれてニコニコしていたが、山さんは「おじさん」と言われて嬉しくも照れ臭かったということで・・・


よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。