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『とめてくれるなおっ母さん』(1969年6月7日・松竹大船・田向正健)

 ラピュタ阿佐ヶ谷「蔵出し!松竹レアもの祭」。7月18日(日)の佐藤蛾次郎さんとトークを前に、田向正健監督、衝撃のデビュー作『とめてくれるなおっ母さん』(1969年6月7日・松竹大船)をピカピカ、まっさらなプリントで上映!

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 ちょうど一年前、山田洋次監督の『吹けば飛ぶよな男だが』(1968年6月15日)のチンピラ役に抜擢され、1968年10月にスタートしたフジテレビ「男はつらいよ」の第11話から、寅さんの異父弟・川島雄二郎を演じた蛾次郎さん。

 奄美大島で、寅さんがハブに咬まれて「死ぬ」という衝撃の最終回の直後に、蛾次郎さんにとって初主演作『とめてくれるなおっ母さん』が作られた。それを念頭において観ると、テレビ版と8月27日公開の第一作『男はつらいよ』の間に、本作が作られた意味は大きい。

 田向正健監督は、中村登監督に師事してきた大船育ちだが、本作のカット割や、めまぐるしいインサートを見ると、脱大船スタイルへの意気込みが伺える。斎藤高順さんの音楽も軽快! 共同脚本は前田陽一監督映画の名伯楽となる南部英夫さん。

 映画のタイトルは東大駒場祭の橋本治さんキャッチコピーのポスター「とめてくれるなおっかさん せなかのいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」をもじったもの。

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 70年安保闘争、ベトナム戦争激化の時代。この年、正月、松竹の城戸四郎社長が「今年は喜劇映画でいく。どんどん企画を出せ」と訓話。そうしたなか、期待の新人・田向正健監督デビュー作として鳴り物入りで作られた。

 港町横浜、ヤクザの組員になりたいチンピラ3人組、佐藤蛾次郎さん、大野しげひささん、大橋壮多さんは、マリファナ密売、クルマの窃盗、コールガールのチラシ配りでシノギを作っている。兄貴分・財津一郎さんに面倒を見て貰っている。ある日、待望の組員になるが、敵対する組織の室田日出男さんを狙うように命じられる。

 財津一郎さん、由利徹さん、伴淳三郎さん、晴乃タック(高松しげお)、南道郎さん、柳家金語楼さんとオールスター喜劇人が次々と登場。出てくるだけで、笑わせてくれる。さらに「寅さん」ファンには、松竹のバイプレイヤー”お掃除芸能史"の大杉侃二郎さんが、3人組の住んでるペントハウスの向かいのオヤジで良い味を出している。

 もちろん喜劇映画だから、細かいギャグやくすぐりの連続で前半が進行していく。組の幹部が捕まり、財津一郎さんもブタ箱へ。後のことは頼むと、親分・大坂志郎さんに頼まれて大張り切りの三人は、財津一郎さんの子供・本田学くんと乳飲み子の女の子を預かり悪戦苦闘。

 あ、ここで『赤ちゃん泥棒』(1987年)、『スリーメン&ベビー』(同年)のようになるのかと思っていると(実際、そのパターンになるのだが)。後半、蛾次郎さんの故郷・北海道に舞台を移してからの展開は、まるで日活ニューアクション、1960年代末のアウトロー映画のようなシチュエーションになっていく。

 閉塞された若者が、最初は組織に隷属することになんの疑問も持っていないが、やがて兄貴分や親分、組織に裏切られ、自分を取り戻すために、アウトローとして闘い続ける。日活ニューアクションでお馴染みの展開となる。時代の気分もあるだろうが、カルメン・マキさんの「時には母のない子のように」が流れ、蛾次郎さんが妹・早瀬久美さん、母・宝生あや子さんのために立ち上がる、ある意味衝撃のクライマックスに、驚愕!

 あ、これは「ちょこちょいトリオ」(喜劇人協会代表・柳家金語楼さん命名)売り出しのズッコケ喜劇の顔をした、アウトロー映画なんだ!?

 長谷部安春監督の『縄張はもらった』(1968年)やこの年に封切られた『野獣を消せ』と同時代のプログラムピクチャーであることを実感。前半の狂騒曲から、後半の北海道でのあっと驚く反撃のアクション(と、言い切ってしまおう・笑)。加藤正幸さんのキャメラは、ロングショットを多用して、時折『拳銃は俺のパスポート』(1967年・日活・野村孝)のようなショットで主人公たちを捉える。笑いはなりを潜めて、さまざまの落とし前をつけるための戦いに、ニューアクションを感じてしまうのだ。

 田向監督が向いていた方向が、大船的人情喜劇ではなく、断絶の時代、先の見通せない、若者がアウトローとなる物語だったということに、嬉しい興奮を覚えた。寅さんもアウトロー、蛾次郎さんもアウトロー。ニューシネマの主人公よろしく、描かれているのが1969年。

 蛾次郎さんが、翌年、日活の澤田幸弘監督に呼ばれて、原田芳雄さんの『反逆のメロディー』(1970年)に出演、「寅さん」の源ちゃんと平行して、原田芳雄さん、松田優作さんとアウトロー映画で共演していくのも、納得できる。

 そして、子役の本田学くんがいい。前半は悪ガキの極みなのだが、ラストシーンに輝く。まるで山田洋次監督の『遙かなる山の呼び声』(1981年)の吉岡秀隆くんみたい。というか、このラストは12年後の『遙かなる山の呼び声』を予見したかのよう! 

 とにかく、初見の方には驚きの連続の、まさにレアもの祭にふさわしい幻の『とめてくれるなおっ母さん』であります!

 7月18日、ラピュタ阿佐ヶ谷で、寅さん一家のアウトロー、蛾次郎さんの「不良話」をタップリと伺います!

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。