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「エノケン MEETS  トリロー」榎本健一と三木鶏郎


 2003年10月リリースCD「エノケン・ミーツ・トリロー」(東芝EMI)ライナーノーツ原稿より

 2004年に生誕百年を迎える昭和の喜劇王・エノケンこと榎本健一(1904〜1970)。戦前,戦中を通じて舞台、映画で文字どおり大活躍をしてきたエノケンは、喜劇だけでなく、戦前から自らジャズバンドを所有するほど、音楽にこだわり続けた偉大なシンガーでもある。

 同じく2004年、生誕九十年を迎える三木鶏郎は(1914〜1994)、戦後間もない1946(昭和21)年、卓抜した風刺精神と抜群の音楽的センスで、NHKラジオ「歌の新聞」に登場。洗練されたメロディと、アメリカナイズされたテンポ,そして痛烈な皮肉とユーモアあふれるコント。1947(昭和22)年にスタートした音楽バラエティ「日曜娯楽版」では、音楽・構成・出演をこなすマルチタレントぶりを発揮,数多くのヒット曲を世に送り出していた。

 一方,エノケンも1946(昭和21)年。東宝より独立して榎本健一劇団を設立。1947(昭和22)年には、ライバルにして盟友の古川ロッパ一座との合同公演を果たすなど、戦後も精力的に活躍。ブギの女王・笠置シヅ子との共演など、常に新しい音楽に敏感だったエノケンは、「日曜娯楽版」のファンでもあり、三木が成功させていた風刺劇を、自らの舞台に取り入れようと試みた。

 それが1949(昭和24)年10月の日劇公演「エノケンの無茶坊弁慶」(全十一景)だった。作・音楽はもちろん三木鶏郎。「武器ウギ」などのトリメロは、それまでのエノケンのコミックソングのスタイルを守りながら、三木らしい風刺精神にあふれていた。これがエノケンとトリローの出会いだった。

 しかし1950(昭和25)年にはエノケンの左足に突発性脱疽が発病、劇場システムの変貌もあって榎本健一劇団は解散。さしもの喜劇王にも陰りが見え始めてきたのものこの頃であった。しかし、エノケンと三木鶏郎との出会いは、まさに天の配剤ともいうべき組み合わせで、1951(昭和26)年1月1日放送のNHKラジオ「ピアノ物語」(作・飯沢匡)で、三木は再びエノケンと組む。ロッパも共演したこのドラマでは、二人の喜劇王が戦前を懐かしみながら歌うメドレー「プカドンドン」(CD「エノケンの大全集 完結編」収録)を歌うシーンがハイライトだった。

 やがて1952(昭和27)年10月、エノケンの脱疽が再発。右足の親指を切断するという不幸な事態に。エノケンは活躍の場を舞台からラジオに移し,1953(昭和28)年7月、エノケンがラジオドラマの音楽に三木を指名したのが、KRラジオ「河童の園」だった。CD「エノケンの大全集」のライナーに三木氏自身がその時のエピソードを書かれている。

 続く10月開始のラジオ「泣くな兵六」も三木が主題歌と音楽を担当し、翌1954(昭和29)年1月1日オンエアの「泣くな兵六 元旦版 エノケンの再軍備」は、三木ならではの風刺が利いた作品で、エノケンは柳家金語楼、古川ロッパ共演で映画化も考えていたという。

 そして同年1月26日には、佐々木紅華作,三木鶏郎音楽のオペレッタ「嘘」が放映され、エノケン完全復活を印象づけることとなる。手術以来,エノケンが久々に映画界に復帰することになり、三木鶏郎に音楽を依頼したのが『落語長屋は花ざかり』だった。完成作が公開された昭和29年3月は、三木鶏郎にとって大事件が起こった時でもある。

 話はさかのぼる。1952(昭和27)年6月に「日曜娯楽版」は「ユーモア劇場」としてリニューアルされ、その人気はますます高まって行った。しかし、それがかえって政府にマークされることになり、昭和29年3月NHKが風刺番組の当分中止を決定し、「ユーモア劇場」のコントをやめて音楽番組として放送した。

 「ユーモア劇場」は社会的影響力の大きい番組だったので、騒ぎを逃れるため「雲がくれ」をした三木鶏郎だったが、新聞社会面トップの「トリロー雲がくれ」の報道に驚いて、隠れていた伊豆の旅館からエノケン宅に現れた。その際、三木はエノケンに、新作映画の打ち合わせをしていたことにして欲しいと頼んだという。ところがエノケンはその「新作映画」について打ち合わせがしたくて、三木を探していたという。

 それがシリーズ第2作『夏祭り落語長屋』のことだった。「雲がくれ事件」後には、エノケンも「ユーモア劇場 第90回ローマの興亡」(4月11日放送)にゲスト出演し「これが自由というものか」を披露,その後も出演し「ピンポンパン」や「旅のゆくては」「お風呂は」などのトリメロを歌い、番組の人気はさらに上昇していたという。しかし、結局「ユーモア劇場」は6月に打ち切られることとなる。その顛末については「三木鶏郎回想禄」(平凡社)に詳しい。

 エノケンにとっても三木にとっても様々なトラブルが見舞った時期であったが、二人のコラボレーションが最も充実していたのが、この頃でもある。

 このCDは、DISC1を「MOVIE DAYS」、DISC2を「RADIO&TV DAYS」というコンセプトで榎本健一と三木鶏郎のコラボレーションを作品別に集成。映画編に収録した作品は、昭和29年春から翌昭和30年春までの、ちょうど一年間に作られたもの。「落語長屋シリーズ」3本と、姉妹編的な『お笑い捕物帖 八ッあん初手柄』、そして戦前のエノケン映画を思わせる『初笑い底抜け旅日記』と、舞台の当たり狂言の一つ「リリオム」を映画化した『天国と地獄』。6本の作品の楽曲を集めている。

 DISC2は、民放ラジオの「河童の園」「泣くな兵六」「困った連中」、古川ロッパ発案によるラジオ「落語長屋」、テレビ草創期のオペレッタ「嘘」のリハーサル光景、そして13年ぶりのリメイクとなるテレビ「エノケン無茶坊弁慶」などの貴重な録音で構成した。

 いずれも、三木鶏郎企画研究所に収蔵されている貴重なコレクションと、榎本健一宅に保存されていた6ミリのオープンリールテープを音源とさせていただいたため、音質的には良好といえないものも多いが、二人の偉大なアーティストの足跡を辿る上では重要な作品であることは間違いない。

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