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『港の乾杯 勝利をわが手に』(1956年・鈴木清太郎)


 鈴木清順監督は、1948(昭和23)年、鎌倉アカデミア在学中の9月、松竹大船撮影所の助監督試験に合格して映画界入りした。同期には、井上和男、中平康、松山善三らがいる。渋谷実、佐々木康、中村登といった監督に師事した後、『男の哀愁』(1951年)で岩間鶴夫監督と出会い、以後は岩間組の助監督として、松竹大船調のメロドラマの現場で映画修業。1954(昭和29)年、製作再開なったばかりの日活に移籍して、滝沢英輔、佐伯清、山村聰の助監督をつとめた後、野口博志監督に師事。「信用ある日活映画」のキャッチで良質な文芸作を作っていた初期の日活で、『俺の拳銃は素早い』(1954年)や『坊っちゃん記者』(1955年)、『落日の決闘』(1955年)など、野口博志監督の娯楽作品の現場を支えた。

 当時は、本名の鈴木清太郎を名乗り、清順という名は、1958(昭和33)年の『暗黒街の美女』から使われることとなる。さて鈴木清太郎の監督昇進第一作となる『港の乾杯 勝利をわが手に』が封切られたのが、1956(昭和31)年3月21日。このわずか二週間後に、石原裕次郎が『太陽の季節』(1956年・古川卓巳)の撮影のために、日活撮影所を訪れることになる。

 記念すべきデビュー作は、「元気でね、左様なら」「小島通いの郵便船」などのヒット曲を持つ人気歌手の青木光一の流行歌をフィーチャーした歌謡映画。主題歌「港の乾杯」「月のおけさ船」は、いずれも石本美由起作詩、平川英夫作曲による青木のヒット曲。青木光一自身も流しの仙太郎役で出演している。清順映画といえば、最新作の『オペレッタ狸御殿』(2005年)まで、唄がつきもの。そのフィルモグラフィーを見渡しても、「唄」や「音楽」が重要な役割を果たした作品ばかり。デビュー作が歌謡映画とは、当時の日活の事情であり、プログラムピクチャーの現場をこなしてきたから、という理由はあるにせよ、清順監督のその後を予見しているようである。

 宣伝部が作成したプレスシートには、監督の紹介文として《青木光一の登場と相俟って、今度監督に昇進した鈴木清太郎が、はじめてメガホンをとり、話題を呼んでいる。弘前高校(旧制)を卒業後映画界入りをした同監督は、齢三十三才の新鋭で、今後の期待が活躍されている(後略)》とある。脚本は浦山桐郎、助監督は蔵原惟繕。というクレジットに当時の日活の才能の充実ぶりがわかる。歌謡映画だから、歌手とヒット曲をがあればなんでもあり。という条件の自由さが伺えるほど、本作には様々なエレメントに満ちている。

 マドロスの兄・木崎伸吉(三島耕)と競馬の若手騎手の弟・次郎(牧真介)の兄弟愛。港の酒場で繰り広げられる酒宴と、気の良いマドロスたちの歌う主題歌「港の乾杯」の楽しさ。新鋭・佐谷晃能の美術による酒場のセットがアットホームな雰囲気を醸し出す。競馬場で繰り広げられる、金と色をめぐる男と女の欲望。次郎は、美しい年上の女性・青山あさ子(南寿美子)の誘惑に乗って、彼女と一夜を共にし、次第に惹かれて行く。二人がランデブーをするナイトクラブのゴージャスさ。港の酒場と好対照をなす。あさ子は、暗黒街の顔役・大沢(芦田伸介)の情婦という秘密があった。二人の関係を知り、大沢は次郎に八百長を強要するが・・・ 

 大沢が次郎に八百長を強要するシーンの演出は技巧を凝らしている。ナイトクラブのラテンバンドの演奏が盛り上がるなか、大沢がまるで催眠術をかけるように語りかける。まるでメフィストフェレスのような、芦田伸介の不気味さ。バンドと大沢、そして次郎の短いカットが交差する編集は、新人・鈴木清太郎の才気を感じさせる。そういう意味では、八百長競馬のモンタージュや、次郎が大沢にリンチされるシーンのハードな展開などにもご注目。

 マドロスたちのたまり場である酒場には、杉本早苗(天路圭子)という看板娘の明るい笑い声が絶えず、彼女の兄は流しの仙太郎(青木光一)で、その名調子が酒場に流れている。いつも競馬新聞を手に予想しているが、競馬場には行ったことがないトッ爺(菅井一郎)が、ご酩酊で上機嫌。こうしたサブキャラクターの配置が、人情ドラマのアクセントになっている。映画は、この酒場の気の良い連中たちの世界と、大沢の生きる暗黒街の世界を対比させていく。

 主演の三島耕は、松竹で川島雄三監督の『真実一路』(1954年)などに出演していた脇役俳優。田中絹代監督の『月は上りぬ』(1955年)で日活映画に初出演。この次の『太陽の季節』(1956年・古川卓巳)では、長門裕之の兄役に抜擢される。1957年に日活を離れて後は、東宝特撮映画などの名バイプレイヤーとして活躍することになる。弟・次郎役の牧真介は、再開日活の若手スターとして活躍、小林旭の『女を忘れろ』(1959年・舛田利雄)まで日活に在籍するが、その後引退。二人とも裕次郎登場前の日活のスクリーンで活躍した若手男優。

 ともあれ、本作から鈴木清太郎(清順)監督のフィルモグラフィーがスタートする。アクション王国前夜の日活プログラムピクチャー、そして歌謡映画史という観点からも、興味深い一本となっている。

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