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『縞の背広の親分衆』(1961年・川島雄三)

 昭和36(1961)年1月9日公開、川島雄三としては前年11月19日公開の『赤坂の姉妹より 夜の肌』に続く作品だが、今回は森繁久彌・フランキー堺・淡島千景たちが昔かたぎのやくざの組を守ろうとする、戯作精神あふれるコメディとなっている。

 同日封切りが、日活では赤木圭一郎の『俺の血が騒ぐ』(山崎徳次郎)とSPシリーズ『刑事物語 ジャズは狂っちゃいねえ』(小杉勇)。東映が美空ひばりの『べらんめえ芸者罷り通る』(小石栄一)と市川右太衛門の『鉄火大名』(内出好吉)。大映が勝新太郎の『小次郎燕返し』(田坂勝彦)と長谷川一夫の『晴小袖』(安田公義)。そして新東宝が吉田輝雄の『セクシー地帯』(石井輝男)。松竹が正月から引き続いて『続々番頭はんと丁稚どん』(的井邦男)と、まさに玉石混交、映画黄金時代ならではのプログラムピクチャーが繚乱していた。

 さて『縞の背広の親分衆』は、『赤坂の姉妹 夜の肌』で再び、川島雄三とコンビを組んだ盟友・柳沢類寿が、八住利雄の原作を脚色。東宝カラーでは珍しい「やくざの世界」を、オフビートな笑いと、ウエットな人情話を絡めてテンポ良く展開していく狂騒曲。

 森繁は、渡世の義理である男を刺して、日本から逃亡。南米を転々と渡ってきた昔かたぎのやくざ・森野圭助。タイトルバックに流れるのは、森繁が歌う「べサメムーチョ」。昭和20年代から森繁映画の音楽を手掛け、数多くの森繁ソングの作曲家である松井八郎。浪花節アレンジのラテンソングに「南米帰りのやくざ」のキャラクターを投影。

 新東宝のアチャラカ映画時代から、「おアシの唄」などのナンセンスソングを作曲してきた松井八郎は、ビクターオーケストラ出身のジャズマン。川島映画に限らず「社長」「駅前」シリーズの劇伴奏も数多く手掛けている。

 さて、芝浦埠頭に降り立った、サングラス(当時は黒眼鏡・笑)をかけ、派手なスタイルの圭助はブラジルから15年ぶりに帰ってきた守野圭助は、森の石松が金毘羅代参の帰路、浪花で残した落胤の末裔。「次郎長三国志シリーズ」(1952〜1954年・東宝)で森繁が森の石松を演じていた「楽屋オチ」でもある。

 古巣の「大鳥組」は、親分没後、女房・大鳥しま(淡島千景)が、料亭を営みながら組の看板をなんとか守っていた。長男・良一は大東京道路公団の設計技師で、公団が計画している高速道路の現場担当。この高速道路のルートに、亡き親分が愛娘・万里子(団令子)の出生を祝して建立した、守本尊「お狸不動」があるために「大鳥組」は猛反対。公団はルート変更を検討しているが建設費が嵩むために難航中。

 そこへ「大鳥組」の縄張りを狙っている、風月三治(有島一郎)率いる新興ヤクザ「風月組」が、道路公団総裁・同脇(渥美清)と副総裁・佐山(内海突破)を抱き込んで、なんとか「お狸不動」ルート建設を目論んでいる。

 そうしたなかに、圭助が久しぶりに「大鳥組」に草鞋を脱ぐ。とはいえ、かつての組員は、いまや堅気の仕事をしながら糊口をしのいでいる。弁太(桂小金治)は女房・おりん(藤間紫)の尻に敷かれながら、「天かす丼」専門の大衆食堂の親父をやっているし、スモーキー・ジョーの異名を持つ仙川浄慈(フランキー堺)は、母親・政江(千石規子)に叱咤されながら寺の住職をつとめている。千石規子とフランキーの母子は、『青べか物語』(1962年)でもリフレインされる。

ちなみに「スモーキー・ジョー」はキャブ・キャロウェイの名曲「ミニー・ザ・ムーチャー」に登場するギャングのあだ名で、アメリカでは固有名詞となっている。ラッパーの「スモーキー・ジョー&ザ・キッド」や、ウイスキーの「スモーキー・ジョー」として親しまれている。

 この森繁・フランキー・小金治のトリオが、風月組と出し抜き合いしながら渡世の義理を守り抜こうと奮闘努力するが、川島喜劇らしく、次から次へと素っ頓狂な登場人物が出たり入ったり、珍妙なエピソードが重ねられて、賑やかなことこの上ない。

 柳沢類寿と川島雄三らしい戯作に溢れているが、圭助が「道路公団」を「道路公園」と読み間違えてしまうのは、ブラジル帰りで久しぶりの日本語、というギャグ。賭博の現行犯で圭助が入る留置所も、「皆様の民主警察」のパロディでタバコもテレビもOKで、釈放前には「散髪をしていってください」と係官。60年安保の翌年ということを考えると皮肉たっぷりである。

 で、圭助を見受けしたのが、かつての愛人で今は「月賦の象デパート」の社長夫人となっている坪内美詠子。劇中流れる、松井八郎作曲の「象デパート」のコマーシャルソングがおかしい。で、口八丁の圭助はデパートのクレーム係を仰せ使って、顧客対応をするスケッチが延々続く。本筋と関係ないが、こうしたコントのようなシーンが、柳沢&川島コンビの戯作の楽しさでもある。

さて、団令子が演じる「大鳥組」の娘・万里子は、親分存命中に「自分の道を行く」と家出。花屋「マリー」を経営しながら、銀座に縄張りを作ろうと目論んでいる。彼女の子分が、当時の若者風俗である「ビート族」の「ビートガール」スタイルで、メル子(松岡圭子、現・松岡計井子)、ギン子(山川智子)、ペギ(千直子)の三人がドゥワップをコーラスしながら闊歩するのがおかしい。彼女たちはコーラスグループ「スリーバブルス」の三人。「ミツワ石鹸」のCMソング「ワ、ワ、ワー 輪が三つ」を歌っているのは彼女たち。一方、スモーキー・ジョーの子分となる、春雄(大辻三郎)、次郎(武田 昭二)、和吉(愛川欽也)もチンピラ予備軍の三人組。若き日の愛川欽也の姿が見られる。

  フランキーが、この三人を鍛えるために、トレーニングウエアにホイッスルで、東京タワー界隈をランニングするシーンは、スラップスティック演出が楽しい。芝公園から、芝大神宮、『日本一の男の中の男』(1967年・古澤憲吾)で、植木等が朝練をした神社の階段も登場。都営地下鉄・芝大門の階段など、当時の東京風景が楽しめる。

 また、昭和20年代、浅草フランス座でストリップの幕間のコントで売り出し、肺結核から復帰して2年目の渥美清が、道路公団のフィクサー役を怪演。日劇ミュージックホールから日劇の大舞台に進出して、テレビ草創期に売れっ子タレントとなった頃。この年、NHK「夢であいましょう」「若い季節」のレギュラーとなり「丈夫で長持ち」のキャッチフレーズで一世を風靡することになる渥美清が、やたらと目立つのは、生来の「出たがり」ゆえ。
大先輩の内海突破、有島一郎と軽演劇のコメディアンたちとの共演に、渥美の「上昇志向」が垣間見える。

 有島一郎のバカ息子・シゲルを演じたジェリー藤尾も、かなり騒々しいが、ジェリー・ルイスを意識したグーフ芸で人気だった時代と納得できる。こうしたにコメディアン勢に負けていないのが、バイプレイヤーたちの怪演。ルテナンの金(西村晃)にサージャントの銀(堺三千夫)、フィクサーの尾形(沢村いき雄)たち。出番は少ないが、ここまでやるか、のカリカチュアぶりが楽しい。

まさにオールスターによる狂騒曲。人によっては好き嫌いがあると思うが、佐藤一郎と金原文雄プロデューサーは、森繁・フランキー・淡島千景のトリオによる喜劇が好評ということもあり、カラフルなオールスター喜劇路線ということで、この年、『駅前旅館』から三年ぶりとなる『喜劇駅前団地』(久松静児)を製作。東京映画のドル箱シリーズとなっていく。

 このあたりの東京映画、東宝時代の川島雄三作品。ソフトパッケージ化がされていないのでHD画質での配信やディスク化をして欲しいものだ。

主題歌収録CD(佐藤利明プロデュース)




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