『エノケンの吾妻錦繪 江戸っ子三太』(1936年・岡田敬)


 粋で鯔背な江戸っ子気質に憧れるエノケンの火消し見習いが、大騒動を繰り広げる喜劇。原作と脚色はエノケン映画のメイン監督山本嘉次郎だが、監督はこの頃『あきれた連中』『これは失礼』など横山エンタツ、花菱アチャコの漫才映画を撮っていた岡田敬が抜てきされている。今回上映されるのは、戦後短縮版として上映された再編集バージョンだが、オリジナルが73分のため8分程度の欠落がある。しかし『ちゃっきり金太』や『法界坊』の短縮版のように物語を成立させるためにギャグをカットしたものと違い、この『江戸っ子三太』はオリジナルの面白さをそのまま残している。

 というのも、この映画にはストーリーらしいストーリーがないからだろう。三太の所属するほ組の頭・新蔵(柳田貞一)が、松井軍兵衛(中村是好)とのトラブルで亡くなる。組を出て侠客を目指す三太が、ひょんなことから頭の仇を討つことになる。という展開だが、それとて、中盤以降になってからで、この映画全編にわたって、ギャグと歌で構成されているのである。

 オープニング、エノケンが唄いながら登場人物を手際良く紹介。これは後の山本作品『ちゃっきり金太』の、のぞきからくりの口上に通じる。そしてタイトル開け、いきなり国定忠治スタイルのエノケンが「赤城の山も今宵限り〜」と気持ちよさそうにキメる。と、それは銭湯に入っている三太の妄想で、そのまま湯船の中で「虎造節」となる。「虎造節」はエノケンの十八番で、戦後三木鶏郎と組んで発表したレコードアルバムの中でも唄っている。そこで三太、江戸っ子の面目躍如とばかりに、熱さを我慢してノビてしまう。湯に行ったまま還って来ない三太を心配する、清吉(二村定一)とお初(山懸直代)。すると戸板で運ばれてくる三太。

 江戸っ子を気取って、やせ我慢するが、それが裏目に出て、結局ノビてしまう。これがルーティーンとして、劇中繰り返される。反復のギャグの面白さ。

  ナンバーの豊富さもこの作品の魅力の一つ。恋するお初に、良いところを見せようと語る武勇伝は、たちまち妄想シーンとなり、後にレコード発売される「僕の一生」の歌となる。この曲のメロディは、「ハニーサックルローズ」などで知られるジャズピアニスト、ファッツ・ウォラー作曲の「浮気はやめた」。時代劇とジャズソングの取り合わせのモダンな感覚。
 そして公開当時にレコード発売された「江戸っ子三太」と「強がり三太」のオリジナル曲。特に後者は、前半、火事のシーンで支度をするが頭に「布団でも敷いておけ」と留守番を命じられる部分でオチだけ唄われているが、映画の場面はレコードの歌詞と同じ展開。まるまる唄うのではなく、シチュエーションのオチとしてワンフレーズ唄われているのである。

 ともあれ、ギャグと歌で物語を成立させるという山本=岡田の狙いは作品を御覧の通り。エノケン映画の最良の一つである。

製作=P.C.L.映画製作所 配給=東宝映画
1936.12.31 日本劇場 /8巻 1,989m 73分 (65分)白黒 /同時上演「第十二回ステージショウ 踊る日劇」(益田隆作・演出)

<スタッフ>
監督:岡田敬 /脚色:山本嘉次郎 /原作 :山本嘉次郎 /撮影 :吉野馨治 /音楽 :栗原重一 /装置 :久保一雄 /録音 :山口淳 /編集:岩下広一/振付:西川扇五郎/殺陣:近藤登

<配役>
三太 :榎本健一/清吉 :二村定一/新蔵 :柳田貞一/松井軍兵衛 :中村是好/団子坂の仙兵衛 :如月寛多/看板娘のお紺:宏川光子/羽織衆のお蔦 :中野かほる/ほ組のお初:山懸直代 /同じく勘太郎 :どんぐり坊や

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