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『韋駄天街道』(1944年1月14日・東宝・萩原遼)

 昭和19(1944)年、正月第二弾として白系で公開された、エノケン=榎本健一と長谷川一夫のコンビ作。幕末の木曽街道を舞台に、雲助が横行するなか、確実に、廉価で手紙を届けるシステムを作った、大店を飛び出してきた若旦那・長谷川一夫と、気の良い籠掻き・エノケンの娯楽時代劇。脚本は三村伸太郎。戦時下とはいえ、時局迎合のお説教くささはなく、エノケンのおかしさと、長谷川一夫のカッコ良さを楽しむことができる。

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「不便な飛脚制度が新しい郵便制度へと移り変わって行く・・・徳川末期、木曽街道のとある宿場を背景に、額に汗して各々自己の職場に献身することの喜びを、巧みに当時の庶民生活に織り交ぜて興味本位に描いた、野心的な大衆娯楽篇である」東宝宣伝部作成チラシより

 監督の萩原遼は、20歳で京都御室のマキノプロダクションに入社。昭和9(1934)年、日活京都撮影所に写り、そこで山中貞雄、八尋不二、三村伸太郎、藤井滋司、滝沢英輔、稲垣浩、鈴木桃作らの脚本集団「鳴滝組」に最年少で参加。三村脚本、山中貞雄監督『丹下左膳余話 百萬両の壺』(1935年・日活)にはチーフ助監督としてついた。山中と稲垣浩の共同監督『関の弥太っぺ』(同)に脚本・梶原金八のメンバーの一人として参加。若い頃から滅法面白い娯楽時代劇を手がけてきた。東宝に来たのは昭和12(1937)年、東宝京都で『日本一の殿様』を演出。日活時代から馴染みの“アノネのオッサン”こと高勢實乘をフィーチャーしての娯楽時代劇だった。

 師匠・山中貞雄の追悼で、山中原案「三條木屋町」を、梶原金八として脚色、演出した『その前夜』(1939年・東宝京都)は、『人情紙風船』(1937年)のキャストが集結した追善映画となった。戦時下でも、長谷川一夫と山田五十鈴コンビに、エンタツ・アチャコを絡めた職人もの『名人長次彫』(1943年7月15日)で高い評価を受けて、続いて手がけたのが本作。

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 エノケンと長谷川一夫は、M G Mのミステリー・コメディ『影なき男』(1934年)を翻案した『待って居た男』(1942年7月23日・マキノ正博)でコンビを組んでいた。いずれも東宝の看板スター。この二人の共演は、戦時下の映画ファンのお楽しみでもあった。本作では、エノケン映画に長谷川一夫が登場! という作り方で、長谷川一夫も軽妙な芝居を見せてくれる。

 雲助がはびこる、幕末の木曽街道。馬子の勘三(岸井明)が「帰り馬」だからと、江戸の大店の番頭・清兵衛(横山運平)に「馬に乗らないか」と勧めるも逃げられてしまう。清兵衛は、店を飛び出した若旦那・長太郎(長谷川一夫)を探していたのだ。

 一方、長太郎が街道を歩いていると、駕籠掻き・猪助(榎本健一)が大いにクサっている。客から酒手を余計に貰おうとした相棒と大喧嘩して、猪助は相棒に逃げられてしまったのだ。仕方ないから猪助は、自分より大きな客を背負って運ぼうとするが、長太郎が快く相方を引き受け、えっほ、えっほと籠を担ぐ。しかし、長太郎は初めてなので、ヘトヘトに・

こうして、江戸の大店を飛び出した若旦那・長太郎(長谷川一夫)と気の良い籠かき・猪助(エノケン)がコンビを組むことに。悪徳親分・勝田弥兵衛(小島洋々)に対抗。誠意を持った商売をする。しかし、既得権が侵されてはたまらない、と、長太郎と猪助はことごとく邪魔される。ここで長谷川一夫の颯爽の立ち回りに、エノケンのコミカルなリアクションが楽しめる。長太郎、滅法腕っ節が強く、とにかくカッコいい。

 猪助は孤児の庄坊(澤井けんじ)を我が子として育てていて、飲み屋のおくに(山根寿子)が何かにつけて二人の面倒を見ている。おくには「お屋敷に奉公している」と、故郷の母と妹に嘘をついていて、母からの手紙を、旅先で長太郎が頼まれ、届ける。その返事を長太郎が代筆してあげる。長太郎は、飛脚が運ぶ手紙をもっと、手軽に、安く、確実に届けるネットワークができないものかと考えていて…

 その働きに目をつけた、公儀・前島來輔(清水将夫)が「交通循環は、人に流れる血のようなもの」と協力を仰いで… 前島來輔とは一円切手の「前島密」のこと。越後の出身で、蘭学、英語を学び、慶応元年には薩摩藩の洋学校「開成所」で蘭学教師となる。ちなみにこの「開成所」は東京帝国大学の前身。明治2(1869)年に、明治政府の招聘で、大蔵省勤務、そして翌年5月に駅逓権正兼任となり、太政官に郵便制度創設を建議して、明治4(1871)年に、イギリスでの郵便制度視察から帰国して、郵便制度創設に尽力した。

 この前島密が、長太郎に目をつけて、というのが、この映画の時局迎合部分である。兵隊の応召には郵便が欠かせない。そのシステム成立に大きく関わったのが長谷川一夫とエノケンである。という部分が国策に適っているわけだ。駕籠かきの長谷川一夫とエノケンが、日本初の郵便業務を担う「郵便はじめて物語」なのだが、国策映画というよりは、良く出来たエノケン人情時代劇となっている。東宝宣伝部作成の宣材・葉書には「兵隊さんに慰問文を送りませう」とある。

 岸井明が、お人好しの馬子・勘三。気が小さいがお人好しという、いつものキャラクターをのほほんと演じている。中村是好が、その馬を盗む悪党・仙五郎。横山運平さんが、江戸の大店の大番頭・清兵衛を好演。

 クライマックスの夏祭りのシーンが、なかなか味わい深く、エノケンの溌剌とした動き、長谷川一夫の男前ぶりが堪能できる。萩原遼監督の丁寧な演出で、戦時下の映画であることを忘れてしまうほど、娯楽映画としてよく出来ている。

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