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『お嬢さん』(1961年2月15日・大映東京・弓削太郎)

 若尾文子さん主演、弓削太郎監督『お嬢さん』(1961年2月15日・大映東京)。三島由紀夫が「若い女性」(1960年1月〜12月号)の連載小説「お嬢さん」は、ドライな女子大生の「お嬢さん」が、派手な女性遍歴の若者に惹かれて結婚。自由主義だったはずなのに、次第に夫が浮気しているのではないかと疑心暗鬼になり苦悩する。結局は平凡な「奥さん」に成長していく物語を、メタフィクションや「お嬢さん」の懐疑心から、果てしない妄想が展開されるなど実験的な小説。

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 三島由紀夫としては、昭和31(1956)年に発表した「永すぎた春」「その先の人生」を書きたいと、連載に先立って書いている。

【その趣旨からいふと、今度の小説のはうが、映画的ハッピイ・エンドの先を書くといふ点で、徹底してゐる筈だ。一人の青年を、はじめから自分の結婚の相手として考へ、結婚して、さアそれから、といふ小説だからだ。現代人の、結婚といふものに対する妙な考へ、イヤに実際的かと思ふとイヤにロマンチックな考へ、さういふものがいかに人生から復讐されなければならないか、といふテーマは、いはば、現代人の結婚観の諷刺ともいへるだらう。この女主人公は、ずいぶん変つてゐるか、変つてゐるのは彼女一人だけではないのである。】

 この「映画的ハッピィ・エンドの先を書く」小説を、脚色したのは「警視庁物語」シリーズの長谷川公之さん。現代女性のドライな感覚を前半で描き、後半、結婚してからは、普通の奥さんのように夫の浮気を心配する。若尾文子さんの変わり様を、原作のテイストを活かしながら、自由脚色。

 増村保造、市川崑監督に師事した弓削太郎監督の演出は、原作にあったメタフィクションや妄想部分を、グラフィックなイラストの書き割り、効果的な照明、フォーカスなど巧みに映画的に描写。テンポもメリハリもよく、結果的に文芸作品というより明朗な女性映画、コメディとなっている。

 主題歌「お嬢さん」は、作詞・三島由紀夫、作曲・飯田三郎。劇中、若尾文子さんと野添ひとみさんが、大学の帰りに行くジャズ喫茶で、中原美紗緒さんが歌うシーンがある。ここで野添ひとみさんがシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」の宿題をやっている。こんな騒々しいところでよくできるわね、と若尾文子さんがツッコむ。二人の会話が微妙に噛み合わなくなって、野添さんはロミオのセリフをジュリエットのものと勘違い。それに突っ込む若尾さん。このシーンは、原作にあるヒロインの妄想により、人物同志の関係性が鏡像のように入れ替わる展開を予兆している。

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 藤沢かすみ(若尾文子)は、父・一太郎(清水将夫)の部下で、プレイボーイの沢井景一(川口浩)に興味を持って近づく。次第に惹かれあう二人かすみと景一がランデブーした帰り、かすみの母への言い訳のアリバイ作りのために、景一が映画館に入りプログラムを購入。チエ子(野添ひとみ)と観ていたことにすればいいと。その映画館は、京橋にあったテアトル東京。上映しているポスターは『避暑地の出来事』(1959年)だが、邦題が違っている「愛の〜」と切り貼りしてある。その二人をじっと見つめているのが、景一と訳ありの女性だった。

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 実は、景一は銀座の洋品店に勤める・浅子(仁木多鶴子)から「別れたら死ぬ」と脅されていると告白。テアトル東京の地下に併設されていたテアトル銀座の階段の前に立っていたのは浅子だった。事情を聞いたかすみは、ならば、早く結婚して、諦めさせれば、と軽い気持ちで結婚をすることに・・・

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 この結婚を申し込むシーン。結婚を急ぐ景一が、かすみの父と母・かより(三宅邦子)に「『永すぎた春』というわけに行きませんからね」と言うのがおかしい。

 ところが、気になるのは浅子のこと。新婚旅行先で女性の自殺騒動があり、浅子かと一瞬ドキマギしたり。そこに景一のかつての女・紅子(中川弘子)が現れたりする。ある日、新婚家庭に浅子が現れて、恨みがましい態度をする。その時のかすみの対応を「豪気だな」と景一は惚れ惚れする。

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 そこまではドライな現代女性・かすみのキャラクターが爽快。しかし、日が経つに連れて、啓一が浮気をしているのではないかと、かすみの果てしない妄想が始まって・・・

 とにかく若尾文子さんが綺麗。いつもそうなのだが、時代の先端をいく女性!という感じがする。ヒロインの大学の同級生で東銀座の料亭の娘・花村チエ子(野添ひとみ)は、恋に恋する女の子で、景一の同僚・牧周太郎(田宮二郎)と付き合い始めるが、周太郎はバーの女給と長年同棲していて・・・ 若尾文子さんと野添ひとみさん。この二人が美しく可愛い。女性雑誌や週刊誌の記事を鵜呑みにしているチエ子のキャラもなかなか可愛い。

 かつて夫と同じ会社に勤めていて、今は兄嫁となった秋子に、東宝の中田康子さん。堂々たる風格は、さすが永田ラッパの彼女。この後、大映入りを果たす。かすみは、その秋子と夫の浮気まで疑い始めてしまう。

色々あっての大団円。鮮やかなオチも楽しい。かすみの母・かよりには、安定の三宅邦子さん。テンポ良し、女優よし、シナリオよし。大映女性映画のレベルの高さを改めて実感!

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