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燃えるような恋がしたい〜『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』(1980年・松竹・山田洋次)

文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ

2023年9月23日(土)「土曜は寅さん!4Kでらっくす」(BS テレ東)で第二十五 作『寅次郎ハイビスカスの花』放映! 拙著「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)から、放映作品を抜粋してご紹介します。(期間限定)

 第十一作『寅次郎忘れな草』で、北海道は網走で出会った、二人の渡り鳥は、時には寄り添い、時にはケンカしながら、ゆっくりと物語を紡いできました。第十五作『寅次郎相合い傘』では、寅さんは、他のマドンナには絶対見せないような甘えをリリーには見せたり。観客は、この二人にうまくいって欲しい、そう思ってきました。もちろんさくらや博もです。

 だから第十五作で、さくらはリリーに「お兄ちゃんのお嫁さんになって欲しい」と冗談みたいな話と前置きをして、ストレートに持ちかけます。しかし、それでうまくいけば、男と女のドラマは生まれません。音楽や小説、映画の役割はなくなります。

 リリーはさくらの提案を受け入れますが、寅さんはテレて、結局、その話はそれでおしまい。なんとも勿体ないとは、映画を観ているわれわれの気持ちであります。でも、だからこそ、寅さんとリリーの物語は第二十五作『寅次郎ハイビスカスの花』へと続いてゆくのです。

 リリーは第十一作『寅次郎忘れな草』で、深夜に酔って「とらや」を訪ねて、寅さんを旅に誘います。寅さんを自分と同じ放浪者として心を寄せているリリーでしたが、柴又での寅さんは、おばちゃんに気づかい、さくらたちの優しさに包まれている定住者だったのです。決して、寅さんはそんなつもりではなかったと思いますが、この時、「ここは堅気の家だから」とやんわりリリーを嗜めます。でも、何もかも嫌になっていたリリーは、その時の自分の感情の高まり、持って行き場のない気持ちを「寅さんなら受け入れてくれる」と思っていただけに、寅さんの態度にカチンと来てしまいます。

 リリーは「燃えるような恋がしたい」と、はじめてとらやに泊まった晩につぶやきました。そのパッションを寅さんが受け止められるかどうか、それに応えることができるかどうか、男と女が複雑なのは、そこだったりするのです。

 そして歳月は流れ、『寅次郎ハイビスカスの花』となります。リリーは旅先の沖縄で喀血して入院。心細くなって、寅さんに手紙を出します。それを知った寅さんは、取るものもとりあえず、沖縄へと、大嫌いな飛行機に乗って、文字通り飛んで行きます。病室での再会。「寅さん来てくれたの」「私、うれしい」と気弱になっていたリリーは本当に嬉しそうです。映画を観ていて幸福だなぁ、と思うのはこういう瞬間です。

 これまでの二人のこと、さくらの思い、そして観客であるわれわれの想いが、このシーンを優しく温かい時間にしてくれるのです。

 やがてリリーは退院。療養をすることになります。沖縄の暑い日差しのなか、二人は部屋を借りて、一つ屋根の下で食卓を囲むのです。リリーと寅さんが同棲! 孤独な渡り鳥として、お互いにシンパシーを感じながら、特別な存在として意識していた二人が、放浪者であることをしばし止めて、沖縄で定住者となるなんて! これまでの「男はつらいよ」ではなかったことです。
 二人のことをよく知る観客にとって、これほど嬉しい展開はありません。しかし、二人とも情熱家。感情を表に出してしまいます。果たして、その暮らしは… というのが映画の中盤のお楽しみとなってきます。

 このときの浅丘ルリ子さんの表情が、実に可愛らしいです。寅さんは、こういう同棲、といっても寅さんは母屋で、リリーは離れのプラトニックですが、初めての経験でもあり、相手の気持ちを受け止めるどころでなく、いつもの照れで混ぜっ返してしまいます。そして二人は仲睦まじく、といいたいところですが、お互いが嫉妬したり、結局はケンカとなります。

 寅さんは人を想うこと、見守ることにかけては、本当に誰にも負けません。ところが、相手の気持ちを受け止めるということ、これがなかなかうまく出来ないのです。特に、自分が意識している相手には。その後、リリーは寅さんに言ったことばを気にして、柴又を訪ね、寅さんと再会します。この時の茶の間のシーンも素晴らしいです。このとき寅さんは、第十五作のラストから引きずっていた気持ちを、ぽろっと口にします。

「リリー、オレと所帯持つか… 。」一瞬、茶の間の家族はギョッとします。リリーもキョトンとしてしまいます。寅さんは自分の言葉にハッとします。結局、今回はリリーが「いやねぇ、寅さん、変な冗談を言って」とその場をとりなします。

「私達、夢見てたのよ、きっと。ほら、あんまり暑いからさ」とリリーのことばで、寅さんのプロポーズは「夢」に終わります。

 柴又駅のホーム、別れ際、リリーは「もし旅先で病気になったり、つらい目にあったりしたら、またこの間みたいに来てくれる?」と聞き、寅さんは「ああ、行くよ」と頼もしい返事をします。電車の出発のとき、寅さんはリリーに「幸せになれよ!」と声をかけるのです。

 「幸せになれよ!」これが寅さんなのです。リリーの気持ちを受け止めることは出来なかったけど、リリーの幸せを願うことができるのです。だから、文頭に引用した、実に幸福なラストシーンが待っているのです。このシーンは、この二人の「これから」への希望に溢れています。

この続きは「みんなの寅さん from1969」(アルファベータブックス)でお楽しみください。


寅さんイラスト (24)


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