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『兵隊やくざ 脱獄』(1966年7月3日・大映京都・森一生)

 昭和41(1966)年7月第二週の日本映画各社の封切りは次の通り。松竹は7月9日に宍戸錠&吉田輝雄の『大悪党作戦』(井上梅次)。東映は7月9日に鶴田浩二の『博徒七人』(小沢茂弘)。日活は7月9日に石原裕次郎の『夜のバラを消せ』(石原プロ・舛田利雄)&渡哲也と宍戸錠の『骨まで愛して』(斎藤武市)。東宝は三船敏郎の『怒濤一万浬』(三船プロ・福田純)と男性向けのアクション映画が並んでいる。
 
 ちょうどこの頃、ザ・ビートルズが来日。6月30日から7月2日にかけて、東京・日本武道館で日本公演を開催。その熱狂ぶりが連日、新聞やテレビ、ラジオで報道された。若者たちはエレキに夢中になり、大人たちは眉を顰めた。加山雄三や橋幸夫が女の子たちの黄色い歓声を浴びていた。

 また、テレビではこの年1月にスタートしたT B S=円谷プロ「ウルトラQ」が空前の特撮怪獣ブームを巻き起こし、大映では4月に『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(大映東京・田中重雄)と『大魔神』(大映京都・安田公義)を二本立て公開。7月4日からはフジテレビ=ピープロ「マグマ大使」が放映開始、7月17日からはT B S=円谷プロ「ウルトラマン」の放送が控えていた。子供たちの間では、特撮、怪獣ブームが席巻し、若者の間ではビートルズによるエレキブームが巻き起こって、それぞれのジェネレーションでのブームが多様化していた。

 そうしたなか日本映画では、テレビでは観られない映画スターの痛快アクションが男性観客層狙いで競って製作されていた。映画界もターゲットを絞って、確実に収益があげられるプログラムピクチャーを切磋琢磨しながら企画していた。東宝の三船敏郎、日活の石原裕次郎、東映の鶴田浩二、松竹は日活の宍戸錠と新東宝出身の吉田輝雄、そして大映は勝新太郎の『兵隊やくざ 脱獄』(1966年7月3日・大映京都・森一生)と、田宮二郎の『貴様と俺』(大映東京・弓削太郎)がラインナップされていた。

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 この年、勝新太郎は『新・兵隊やくざ』(1月3日・大映東京)、『泥棒番付』(2月26日・大映京都)、『悪名桜』(3月12日・大映京都)、『座頭市の歌が聞こえる』(5月3日・大映京都)、『酔いどれ博士』(6月4日・大映京都)と、ほぼ毎月1作ずつ、しかもシリーズもの中心に主演していた。なかでも前年にスタートした「兵隊やくざ」シリーズは、日中戦争の中国大陸を舞台にしながら戦争映画ではなく、軍隊に対して徹底的に反抗するアウトローの痛快アクションコメディとして、幅広い観客層に受けていた。

 有馬頼義の原作「貴三郎一代」を、プログラムピクチャーのベテラン脚本家・舟橋和郎が自由脚色。作品を重ねるごとに映画独自の「兵隊やくざ」ワールドが構築されていた。監督は、「座頭市」「悪名」など勝新のシリーズを手がけてきたベテラン・森一生がシリーズ初参加。音楽もこれが初参加の塚原哲夫。とはいえ、他のシリーズと違い「兵隊やくざ」は、これまで、必ず前作のクライマックスの再現から、アバンタイトル、タイトルバックが展開される。

 浪花節語り出身のやくざ・大宮一等兵(勝新)と、大学出のインテリ古参兵・有田上等兵(田村高廣)は、毎回、軍隊生活に嫌気が差して、部隊で大暴れして、大脱走を謀って大成功となる。映画のラストでは脱走は成功するのだが、次作のトップシーンでは、結局、捕まってしまい、また軍隊に逆戻り。これが繰り返されてきた。シリーズものではお馴染みの「パターン」であるが、昭和18(1943)年の春に始まった物語が、今回は敗戦直前、昭和20(1945)年8月9日ソ連の参戦がクライマックスとなる。大東亜戦争と呼ばれた第二次世界大戦末期、大宮一等兵と有田上等兵は、敵とは戦わず「日本陸軍の組織的な問題」に立ち向かい、理不尽な上官たちに徹底抗戦して、脱走を繰り返していた。それがシリーズの魅力でもある。

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 今回のタイトルは「脱獄」だけに、大宮&有田は、憲兵隊に捕まり、これまでの罪状により銃殺刑は免れないので、なんと陸軍刑務所から脱獄を試みる。シリーズでの脱走がエスカレートしてなので、作品を重ねて、ますますパワーアップしていく感じがしていい。前作『新・兵隊やくざ』(田中徳三)で、憲兵隊に捕まった大宮と有田は、そこで大暴れして、サイドカーを奪取して、まんまと脱走に成功する。しかし、今回の冒頭でガソリン切れで、あえなく憲兵隊に捕まり、奉天の陸軍刑務所に入獄されることに。

 認識番号30番となった有田と、31番の大宮は、それぞれ別の房に入れられる。看守の椎名伍長(五味龍太郎)は鬼のような男で、大宮を執拗にいじめ抜く。大宮の同房には窃盗の罪で投獄されている26番=沢村上等兵(田中邦衛)がいて、椎名に取り入り、何かにつけて要領がいい。反抗的態度で、一食分が抜かれた大宮にも、自分の飯をそっと分けてくれる優しさもある。沢村上等兵は、何がなんでも恋女房の待つ内地に生きて帰りたいので、そのためには嫌な看守にも平身低頭だった。

 しかし大宮はこの監獄が耐えられず、有田に「ねえ、脱獄しましょうよ」と持ちかけて、脱獄計画を企てる。深夜、房の水道管を壊して、大騒動を巻き起こし、そのどさくさに看守の鍵を奪って、看守を牢屋に閉じ込めて、有田共に、下士官に化けて、堂々と正門から逃げ出すことに成功。しかし満鉄の線路で汽車を待っているところで会えなく捕まり、銃殺刑は免れない絶体絶命のピンチに。

 ところが法務官・永井中尉(中谷一郎)が、有田の大学時代の親友だったために、永井の計らいで二人は銃殺刑を免れて、ソ満国境の守備隊に送られることになった。時は昭和20(1945)年の夏、日本の敗色が濃厚になり、交戦はしていないとはいえ、ソ連とは一触即発の危険な状態が続いていた。

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 この移送途中に、大宮と有田は、軍属のすけべ親父に追いかけられて困っている料亭「花月」の珠子(小川真由美)を助ける。今回のヒロインは、文学座のトップ女優・小川真由美。この年、勝新とは『座頭市の歌が聞こえる』(5月3日・田中徳三)で共演、続いて市川雷蔵のシリーズ第1作『陸軍中野学校』(6月4日・増村保造)でヒロインを務めていた。適度な色気と、コミカルな演技、悲しみや喜び、怒りを全身で表現できる女優でもあり「カツライス」映画の新たな風となっていた。

 大宮にとっては、北の果て、ソ満国境の苛烈な守備隊でも、この珠子がいるだけで天国だった。一方の有田は、シニカルで皮肉っぽくなっている。四年に及ぶ軍隊生活と、大義名分だけで勝ち目のない戦いを続けていることに嫌気が指していたのだろう。さて、前半の悪役は、陸軍刑務所の椎名伍長(五味龍太郎)だったが、後半のワルは、守備隊を仕切っている佐々木軍曹(草薙幸二郎)。私利私欲の塊で「花月」の珠子にご執心で、大宮と有田が珠子と懇意なのが面白くなく、二人を目の敵にしている。

 草薙幸二郎は、劇団民藝の出身で、数多くの日活アクションで悪役を演じてきたバイプレイヤーだが、大映映画は本作が初の出演。ゲスト・バイプレイヤーとして悪辣な軍人を憎々しげに好演している。この後、市川雷蔵の『若親分を消せ』(1967年・中西忠三)、『眠狂四郎女地獄』(1968年・田中徳三)に出演することになる。生前、この『兵隊やくざ 脱獄』について話を伺ったら「とにかく新鮮だった。大映京都の映画作りは刺激的だった」と話をしてくださった。

 さて、この守備隊には、不起訴処分で現隊復帰になった、刑務所で同房だった沢村上等兵(田中邦衛)もいた。沢村が窃盗で捕まったのは、部隊の物資を横流してからだったが、その金で「翡翠」を購入。いざというとき、それを売って、恋女房の待つ内地に帰るためだった。全ては日本に帰りたい、その一念だった。しかし、佐々木軍曹は、その「翡翠」に目をつけて、ある晩、佐々木を銃殺して奪取してしまう。しかも「逃亡」の汚名を着せて、有田にその埋葬を指示するが、沢村から「翡翠」の話を聞いていた大宮は、佐々木の仕業とピンとくる。

 小川真由美の出番は、それほど多くはないが、沢村が殺された夜、「花月」の珠子の部屋で、有田、大宮と三人でお通夜として酒を酌み交わすシーンがいい。遠くに聞こえる寄った下士官たちの「同期の桜」。虚しくて、悲しくて、辛い三人。北の果てで、愛妻のことを思いながら死んだ沢村への気持ち。ボソッと有田がつぶやく「みんな、こんなところに居たくないんだよ、内地に帰りたいんだよ」と。しかし珠子は「私は帰りたくない」と頑なである。きっと辛いことがあるのだろう。

 大宮は佐々木が首から下げている小袋が「翡翠」だと睨んで、入浴中の佐々木に「娑婆で三助の真似事をしていたんです」と背中を流し、あんまをすることを申し出る。座頭市よろしく佐々木の肩につかまる大宮だが、その手つきは乱暴。肩を揉むのではなく、ぶっ叩くのがおかしい。

 やがて大宮は、佐々木の動かぬ証拠を見つけ、有田の計画で佐々木に「制裁」を加えることにした。その決行の時間が、8月9日午前3時だった。いざ決行、という時に、ソ連が日本軍に発砲、戦闘状態となる。ソ連が連合国に参加して参戦したのである。ソ連が攻めてくると、日本人は皆殺しにされる。民間人たちはパニックとなり、こぞって逃げ出そうと必死に。そうしたなか、佐々木軍曹は逃亡してしまう。

 大宮と有田は、(何かの理由で)内地に帰りたがらない珠子を連れて、満鉄の駅に行くが、すでに線路はソ連軍によって爆破されていて鉄路は断たれていた。陸軍が輸送用のトラックを用意したと聞いて、守備隊本部に殺到する民間人たち。しかし将校の家族と、下士官たちだけが逃げようとしている。怒り心頭の大宮、有田は機関銃を下士官たちに向けて、大宮が階級章を剥奪。二人は民間人をトラックに乗せて、珠子も同乗する。それでも内地に帰ることに抵抗する珠子に、有田は「生きて帰るんだ。生きていれば、また会えるかもしれない」と優しく、力強く言葉をかける。

 トラックが出発。荷台で珠子は、大宮と熱い接吻を交わし「束縛からの自由」を感じる。しかし、有田は機関銃を下士官たちに向け、部隊の入り口に立ったまま。それに気づいた大宮は、珠子の制止もきかずに飛び降りて「上等兵殿!」と、有田の元へ駆け寄る。

 これまで自分たちのため、自分の「自由」のために、軍隊から脱走を続けてきた、大宮と有田だったが、ここで多くの民間人の「逃走」を手助けする。四度目の脱走は、戦禍のなかの同胞のため、というのも爽快である。ソ満国境に、取り残されることはどんなことを意味するか、ぼくらは知っている。しかし「兵隊やくざ」シリーズである。次回への期待が高まったところで「完」となる。


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