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『けんかえれじい』(1966年・鈴木清順)

 鈴木清順監督。日活映画で異彩を放ち、数々の伝説的な作品を残したカルト監督である。宍戸錠の狂気を引き出した『野獣の青春』(1963年)や、小林旭のポップでキッチュな仁侠映画『関東無宿』(1963年)、『花と怒濤』(1964年)など、映画的技巧を凝らし、独自の美学によって構築された映画世界は、海外でも高く評価されている。

 特にこれら昭和30年代末から「作品が難解」とされ解雇騒動にまで至った伝説の傑作『殺しの烙印』(1967年)までの諸作は、時が経つにつれその輝きを増している。『ピストルオペラ』(平成13年)でも健在ぶりを見せてくれた。

 この『けんかえれじい』は昭和41年。渡哲也の『東京流れ者』と『殺しの烙印』の間に作られた快作である。主演の高橋英樹は、小林旭の『高原児』(1961年)の端役でデビューし、『激流に生きる男』(1962年)で日活男性スターとして本格的に売り出された。ちょうどこの頃は「男の紋章シリーズ」など仁侠映画で活躍。その硬派なイメージに、戦前の旧制中学のバンカラ気風を取り入れたのが「けんかシリーズ」第一弾として企画された『けんかえれじい』である。

 時は昭和10年。岡山県の旧制中学に通う南部麒六(高橋英樹)の喧嘩に明け暮れる毎日を、鈴木清順らしい映画的アイデアを盛り込んで豪快に描いている。タイトルバックの暗雲、轟々と流れる激流。そして流れる主題歌「けんかえれじい」の数え歌で綴られる喧嘩のセオリーから、バンカラムードあふれる快調なすべり出しである。当時22歳。若き日の高橋英樹の清々しさと、少しとぼけた感じが、いかにも旧制中学の匂いを出している。男子たる者、女子と口を利いたらいけない。という硬派のオキテと、性へのめざめに苦悩する麒六をユーモラスに演じている。

 そしてヒロインは、当時人気絶頂の清純派アイドル浅野順子が演じる、道子。麒六は彼女の家に下宿するという栄誉を甘受しながら、だからこそ苦しむ。悩み多き学生である。性への衝動を喧嘩で発散させよという、その道の大先輩スッポン(川津祐介)との特訓シーンがまたいい。喧嘩の奥義を教わった麒六のユーモラスな訓練は、道子から見たら滑稽そのもの。二人がカソリック(なんとスッポンも!)というのも、戦前のまだリベラルな空気が残る時代を感じさせる。

 さまざまな手を凝らした喧嘩のテクニックは、映画評論家の石上三登志氏や森卓也氏などもアイデアを提供。鳩が豆鉄砲ではないが、スッポン考案の豆飛ばしはなかなか効果的だ。前半、オスムス団とスッポンたちが対決することになるシーン。物見櫓の上から敵の情勢を伺う麒六は、まるで『用心棒』(1961年)の三船敏郎のようだ。そうした遊びが楽しい。また麒六に最大の理解をしめす父親・恩田清二郎もユニークだ。特に、麒六が放校されるきっかけとなる軍事教練の教官・近藤大尉(佐野浅夫)やわからずやの教員たちと、父親の対比が印象的だ。

 後半、ピュアな麒六が「白虎隊」気質が残る会津に転校してからは、脚本の新藤兼人と鈴木清順の諧謔精神があふれ出す。浜村純の教師・アヒル先生をバカにし、おっかない加藤武のマンモス先生にはひれ伏す生徒たちを「卑怯」と言ってのける麒六は爽快である。「昭和白虎隊」を名乗る会津中学の連中に対してもしかり。これは戦争を引き起こした、かつての日本人の体質に対する痛烈な皮肉でもある。そんな麒六を見守る喜多方中学校長(玉川伊佐男)のキャラクターも痛快である。

 クライマックス、麒六の喜多方中学グループと、昭和白虎隊との対決シーン。それまで、映画に登場したあらゆる喧嘩テクニックがスクリーンに炸裂する。メタメタにされながらも悲壮感がないのは、学生たちの喧嘩だからだろう。

 麒六の仲間の金田(野呂圭介)に俳句の手ほどきをするミルクホールの女給・松尾嘉代の気怠さ。そして麒六がその視線に射すくめられるなぞの男。このシークエンスによって『けんかえれじい』は古き良き旧制中学の青春賛歌から、学徒出陣の世代である鈴木清順たちが体験した「戦争」という問題をクロースアップさせてくる。

 道子が別れを告げにやってくる最後のシークエンス。初恋との決別。そして、雪の中を歩く道子の行く手を阻む軍靴の響きは、あまりにも重い。2.26事件をきっかけに大きく戦争へと傾いていく時代。駅舎で新聞を見た麒六は、件のミルクホールの男の正体を知って、さらなる衝動にかられる。東京へと向かう麒六の姿は、当時の日本の若者の姿であり、彼らを扇動していったあの「男」は、あの時代の日本であるという直喩が強烈だ。

 鈴木隆の原作は、麒六が軍隊に入ってからの続編もあり、鈴木清順も『続・けんかえれじい』のシナリオ(具流八郎名義)を完成させていたが残念ながら実現を見ていない。

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