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『エノケンの誉れの土俵入』(1940年・中川信夫)

 また中川信夫は昭和15(1940)年の『エノケンの誉れの土俵入』のメガホンもとっている。小柄なエノケンが力士になって活躍するという発想は、極めて喜劇的であるが、およそ一時間の上映時間でエノケンが力士になるのはクライマックスの15分。映画は田舎一の力持ちだったエノケンが、勧進相撲で庄屋の息子に勝ってしまったために、故郷を去り、江戸で力士になるまでのプロセスを、三分の二の時間を費やして、さまざまなギャグを積み重ねて描いている。

 ヒロインの御舟京子は、現在でも活躍中の加藤治子。17歳のヒロインぶりが初々しい。その彼女に見送られて故郷の村を出る場面。甘く別れの歌を歌うエノケンたちを暴漢が取り囲む。次のカットでは、エノケンに手をふるヒロインの背後に、息も絶え絶えの暴漢たちが倒れている。エノケンの強さは勧進相撲で見せているので、大胆にも格闘シーンを省略。まるでアニメのような演出には、アニメーター出身の市川崑が貢献しているかもしれない。

 この映画のエノケン。とにかく大飯食らい。無一文で川に身投げをしたエノケンを助けた夫婦が、あまりの大食漢にあきれ果て、しまいに夫婦喧嘩をしてしまう。中村是好の親分が、助けたものの破産寸前まで飯を食われてしまうので大弱りする。自殺未遂を助けられて、結局また飛び込む羽目になる反復のギャグ。この呼吸。当時の日本映画には見られないナンセンスな感覚にあふれている。

 江戸に着いて、ようやく力士になろうとするのも飯がふんだんに食べられるからというドライな理由というのもいい。回向院での本場所のクライマックスには、エノケンの抜群の動きが堪能できる。


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