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 中学生の頃、テレビの映画劇場で、確か午前中だったと思うが『ガス人間第一号』(60年)を観て、とにかく戦慄した。ガス化した水野(土屋嘉男)に警官隊が拳銃を撃つシーンや、ビルの窓から霧散してしまう大胆不敵さに、ではない。

 「高校へ出て、大学へ行けないものは、何をしたらいいのか? 僕は航空自衛隊を志願したんです。体格で撥ねられて、ジェットに乗る夢はパア。八百屋の店員になるよりはマシだと思って図書館に務めました」と、その来歴を淡々と話す姿にである。その厭世的で冷めた語り口に、人生を投げてしまった男の悲しみを感じた。

 結局、水野は、異端の科学者・佐野久伍博士(村上冬樹)の口車に乗って、自ら人体実験に協力する。「月給二万円で雇うっていうんです。この二万円ってのが曲者なんだ。だって五万、十万と吹っかけられたら、いくらなんでも警戒しますよ」。ガス人間として凶行を続けるが、新聞社に現れて、自らの来歴を話す、透明人間ならぬ「ガス人間の告白」である。

 このペシミズムに、まだ十代になりたての筆者は驚愕した。俳優の演技に惚れ惚れしたのも、多分この時が初めてだったと思う。

 幼い頃から、テレビで観て来た『地球防衛軍』(57年)のミステリアンも、『怪獣大戦争』(65年)のX星人統制官も、顔出しをしていなかったから、誰が演じているなんて思いもしなかったが、中学生の頃に土屋さんが演じていたことを知った。ガス人間・水野のペシミズムも、ミステリアンの非情さも、X星人の無念も、土屋嘉男という俳優が作り出したものだということを知ったのは中学生の頃だった。

 僕たち遅れて来た世代は、東宝特撮映画に限らず、往年の日本映画はテレビの映画劇場か、名画座で待ち構えてキャッチするしかなかった。しかも特撮映画がスクリーンで観られるのは、滅多になく、1978年春の最後となった「東宝チャンピオンまつり」での『地球防衛軍』短縮版で初めて、ミステリアンが土屋嘉男さんであることを確認することができた。

 やがて1979年、有楽町日劇での「ゴジラ映画大全集」池袋文芸地下「スーパーSF特撮映画大会」で、東宝特撮映画をまとめてスクリーンで観る夢がようやく叶った。ゴジラやラドン、モスラといった怪獣だけでなく、バイプレイヤーたちにも目が行くようになり、そこで最も意識したのが土屋嘉男さんだった。『透明人間』(54年)の新聞記者・田島の若狭、『ゴジラの逆襲』(55年)の元日本海軍航空隊で航空自衛隊の田島隊員の精悍さ、『美女と液体人間』(58年)の田口刑事・・・スクリーンで土屋さんの芝居を見続けた。

 高校生になって京橋のフィルムセンターで、初めてスクリーンで観た『七人の侍』(54年)の衝撃も大きかった。女房(島崎雪子)を野武士に拉致され、その悲しみと悔しさを胸に秘めながら感情を押し殺している利吉が、土屋さんの役。このキャラクターの果てに『ガス人間第一号』のペシミズムがあるのか! と、映画青年になりかけの頃、感慨無量だった。

 この土屋さんの“虐げられた者の押し殺す悲しみ”は、黒澤明の『用心棒』(61年)の女房を取られた百姓・小平役でもリフレインされる。のちに知ったことだが、土屋さんが『七人の侍』に出演するきっかけは、俳優座のトイレで黒澤監督に見初められたから、だったという。ある時代のある種の日本人の卑屈さを演じさせたら土屋さんは天下一品だと、この二本が証明してくれる。

 特撮映画以外でもう一つの傑作はミステリ好きの杉江敏男監督の傑作『黒い画集 ある遭難』(61年)で演じた槙田二郎だろう。山で遭難した従兄弟の真相を突き止めた槙田を待ち受ける運命のいたずら。ミステリなので全部は書けないが、ここでも“あ、土屋さんかわいそう”となるような展開が待っている。

 こうして観ていくと、健全なサラリーマンものを除けば、土屋さんの役柄は、どこか癖があり、そして物言えぬ悲しみを胸に秘め、なんとも皮肉な末路を迎えるというものが多い。

 取りも直さずキャスティングする監督たちが、土屋さんの俳優としての表現力や佇まいを意識してのことだろう。こうして性格俳優が育っていったことが、フィルモグラフィーからうかがえる。

 黒澤明監督は“虐げられた者の悲しみ”を土屋さんに託し、本多猪四郎監督は“異形の悲しみ”“人外魔境に転落していく人間の弱さ”を託した。その究極は『ガス人間第一号』の水野であり、『マタンゴ』(63年)のエゴイストの青年実業家・笠井雅文役だった。本多作品の土屋さんは、生身の役者の芝居で、異形の悲しみを表現している。

 開巻早々に亡くなっても、映画全体を支配してしまう、という作品もある。成瀬巳喜男監督の遺作『乱れ雲』(67年)が際立っている。商社マンの三島(加山雄三)が由美子(司葉子)の夫で通産省職員・江田宏(土屋)を、交通事故で死なせてしまう。やがて加害者と被害者の妻が、道ならぬ恋をしてしまうのだが、二人が海外に旅立つことを決意した矢先、悲惨な交通事故現場に遭遇。由美子が思いとどまるという展開に、どこか土屋さんの影がチラつく。怪談映画じゃないのに。こちらの特撮脳の成せる技なのだけど、不倫をする二人にガス人間の嘲笑が聞こえるようで、観ているこっちが戒められてしまう。

 俳優のイメージおそるべし! 考えてみれば、特撮映画における土屋嘉男という俳優は、その存在だけでゴジラなどの怪獣に匹敵する存在に、いつしかなっていった。だからミステリアンにしてもX星人統制官にしても、コスチュームもさることながら、その存在感は、土屋嘉男さんの俳優力あればこそ!なのだ。

2017年、映画秘宝に執筆した原稿を加筆修正しました。



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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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