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『風流浮世床』(1939年7月22日・東宝映画東京・岡田敬)

 岸井明さんと藤原釜足さんの「じゃがたらコムビ」の江戸っ子・職人、そして徳川夢声さんの大家、人気芸人による落語映画『おほべら棒』(1936年・岡田敬)は、戦後、東宝名物となる「落語長屋」「落語野郎」シリーズのルーツである。それから二年後、再び、その姉妹篇として企画された『風流浮世床』(1939年7月22日・東宝映画東京・岡田敬)は、東宝落語映画のなかでもダントツの面白さ。隠れた(と言っても今まで観てなかったからだけど)傑作である。脚本も岡田敬監督。

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 前作では、吉本興業提携で、講釈師・神田伯竜さん、太神楽・春本助次郎さん、ポリドールの新橋喜代三さんがゲスト出演していたが、今回は「東宝名人会」(1934年8月発足)から人気の噺家・三遊亭金馬さん、蝶花楼馬楽さんを、長屋の住人としてキャスティング。馬楽さんはのちに、八代目・林家正蔵となり、晩年は林家彦六として、僕らの世代でも馴染み。さらには、役者としてもピカイチの春本助次郎さんが今回も、良い意味で横柄な江戸っ子ぶりを全開、藤原釜足さん、岸井明さんの“おほべら棒”ぶりもパワーアップ。極端な「江戸っ子」たちの、勢いある爆笑喜劇が展開されてゆく。

 ちなみに「東宝名人会」は、岸井明さん主演『たそがれの湖』(1937年)の原作者・丸木砂土こと、東京宝塚劇場支配人・秦豊吉さんが昭和9(1934)年8月に東宝創業者・小林一三さんから「名人座設立」を促されて企画。宝塚劇場5階に開場した「東宝小劇場」で定期的に開催。「丸の内で寄席芸が楽しめる」を売りに大盛況となるが、落語家団体が「東宝名人会に出るものは、寄席に出さない」との規約を制定、落語家不足に悩むが、その規約を離脱する噺家も続出したことで、その規約は反故となった。そして1938(昭和13)年9月「東宝小劇場に常設興行場の許可」が降りたことで、常設となり、専属噺家も多数となった。

主な配役は次の通り。

家主徳兵衛・・・徳川夢声
鍛冶屋・・・藤原釜足
でぶ床・・・岸井明
大工・・・・嵯峨善兵
泥棒・・・・柳谷寛
金的・・・・東宝名人会 三遊亭金馬
馬公・・・・東宝名人会 蝶花楼馬楽
めし屋・・・吉本興業 春本助次郎
めし屋の女房・・・清川虹子
仇討の娘・里枝・・・山根壽子
その母・・・・文学座 竹河豊子

 冒頭、真昼間から、金的(三遊亭金馬)と馬公(蝶花楼馬楽)が岡場所に行く前に、長屋のめし屋「三河屋」でちょいと一杯とやろうと入るが、亭主(春本助次郎)も女房(清川虹子)もいない。ならば、頭をさっぱりしてからと隣の「でぶ床」に行くと「ふつかよひでけふはやすみ」と張り紙。誰も彼も勤労意欲ゼロ。でぶ床(岸井明)は家の中で頭に鉢巻をして伸びている。

 その長屋の隣に、最近できた宿屋「茜屋」の主人(新藤英太郎)は「あんな長屋を潰してしまえ」と番頭(冬木京三)に言い放つ。それを聞いて面白くないのは、修繕仕事をしていた長屋の大工・留(嵯峨善兵)。主人が手間賃を床に投げた横柄な態度に怒り心頭、売り言葉に買い言葉で、手間賃を受け取らずに飛び出す。普段おっとりした芝居が多い嵯峨善兵さんの江戸っ子ぶりがなかなか楽しい。嵯峨善兵さんは、昭和3(1929)年、東京左翼劇場に入り新劇畑から、昭和7(1932)年、日活を脱退した伊藤大輔・内田吐夢・田坂具隆監督らが設立した新映画社に参加。ここで岸井明さんと出会う。その後、新興キネマから、昭和10(1935)年にP.C.L.映画製作所に移籍、数々の東宝映画でバイプレイヤーとして活躍。

 誰もいない、いても寝ている、白昼の長屋。空き家の床の穴から泥棒(柳谷寛)がぬっと顔を出す。落語の「穴どろ」のキャラクターを自由脚色した、この柳谷寛さんが最高におかしい。大工の留公の台所で、鯵の干物と納豆を盗み、お次は鍛冶屋・竹公(藤原釜足)が昼寝している座敷にそうっと忍び込む。薄目を開けて、様子を伺っていた竹公、大声を出して泥棒を驚かせる。泥棒、咄嗟に「綾小路ベロ三郎さんのお宅を探している」と適当に誤魔化そうとするが、乱暴者の竹公のペースに巻き込まれる。

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「金なんてものはねえよ、勝手に探せ! 探して出てきたら、半分よこせ」と開き直る竹公。ほうほうの体で出て行こうとする泥棒に、あろうことか「三貫貸してくれよ、貸さねえのか」と凄んで、泥棒から借金をする始末。このあと泥棒は、めし屋「三河屋」に入るが、ちょうど夫婦が大喧嘩を始めて、隠れていた納戸から出てきて仲裁に入る。お人好しの泥棒を柳谷寛さんがユーモラスに好演している。柳谷寛さんは、岸井明さんも1ヶ月在籍していた日本映画俳優学校卒業後、P.C.L.映画製作所に入所して、数々の東宝映画に出演。バイプレイヤーとして活躍しているが、本作は代表作の一つだろう。

 この泥棒が、強引な鍛冶屋・竹公(藤原釜足)がいうがまま、住み込みに弟子にさせられる。竹公は、下働きの労働力と、泥棒の財布が目当てなのだが、この泥棒、朝から酒を買ってこいと言われて、ポケットマネーで買ってくるほどのお人好し。大工もいい加減な男で、空き部屋の根太板をぶっこぬいて、薪にして朝飯の支度を始める。

 この長屋の男たちの溜まり場が、でぶ床。落語の「浮世床」よろしく、長屋の連中のさまざまな思惑が飛び交って、みんな身勝手なのがおかしい。竹公に連れて来られた泥棒「頭と髭、やってくれ」。するとでぶ床「頭と髭、どこへやるんだい?」と突っ込む。「じゃ頭、誂えてくれ」。でぶ床「人間の頭を誂えるなんて器用なことは出来ないね」とああ言えばこう言うである。

 荒っぽい金的(三遊亭金馬)と、粗忽な馬公(蝶花楼馬楽)も名コンビ。二人が始める「洒落将棋」。一手ごとに洒落を言うルールで、馬公は金的の洒落をおうむ返しするばかり。この「洒落将棋」は、エピソード集ともいうべき「浮世床」のなかでも面白いネタで、最後は金的が馬公の飛車、玉を懐に隠しているのも、馬公は気づかない。種明かしをされても、馬公、まだ駒を進めようとする。そこで金的「まだやるのかい?」。ともかく馬楽さんのボケぶりが凄まじい。

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 そのでぶ床で持ちきりなのが、宿屋「茜屋」の主人の悪い評判。「今度、あの宿屋ぶっ壊してやるか?」と物騒な話になる。そこへ、宿屋の客A(大倉文雄)と客B(島津勝次)が、「髪、やってくれ」と入ってくる。飛んで火にいる夏の虫とばかりに、金的は宿屋の客に「怪談話」をでっち上げて脅かす。恐れ慄いた客は宿に飛んで帰って、他の客に幽霊が出る、祟りだと噂話を広めて、あっという間に客は全員立ってしまい、ゼロになる。

 その宿屋に逗留しているのが、亡き父の仇討ちのために江戸表へと来た里枝・里枝(山根壽子)と、旅の途中で目を患ってしまった母(竹河豊子)。脛に傷を持つ宿屋の主人(新藤英太郎)は自分が仇だと言うことがわかり、彼女たちの仇討ち免状と有り金を、浅草の掏摸(大崎時一郎)に命じて、浅草寺の境内で盗ませてしまう。で、一文なしとなった母娘を、非情にも宿から追い出す。

 見てみぬふりができない長屋の連中。母娘の面倒を見ようと、空き部屋をあっという間に綺麗に改装。大工の腕の見せ所、家財道具一式も、皆が持ち寄って、あとは住むだけにしてしまう。もちろん大家には内緒。勝手に改装して、勝手に店子にしてしまおうと言う算段。この乱暴さがおかしい。しかも「(大家が)家賃取ろうなんて抜かしやがったら、この長屋燃やしちまう!」と竹公。土台、みんな三年も五年も「家賃なんてものは」払っていないことを誇りにしている。このあたり、極端な江戸っ子の論理をどんどん拡大して、ナンセンスの域にエスカレートしているのがいい。

 で、肝心の布団がない。どうしようかとあぐねていると、泥棒がスッと布団を被って帰ってくる。聞けば、宿屋の庭に干してあったから。それも上出来だと、皆が喜ぶ、この「おほべら棒」な倫理観! 大家には一言も相談しないまま、母娘は長屋の住人となる。その普請に驚く大家に、泥棒する言い訳が奮っている。「(溜まった)店賃のお詫びに普請をした」と(笑)

 その夜、仇討ちをどうサポートするかの相談で「でぶ床」に集まった長屋の衆。酒が飲みたいと言うことになるが、誰も金を持っていないし、妙案と言うことで番茶を徳利に入れて酒を飲んでいるフリ。そこへ大家が現れて、母子の件は事後承諾となる。じゃあ、自分の分、皆で飲む分を買っておいでとなる。三遊亭金馬師匠も得意としたお馴染み「寄合酒」のヴィジュアル化である。ここまで散々、乱暴な江戸っ子ロジックを展開してきたので、全員、キャラが立っているのでおかしい。

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 娘の仇は、元武士の東條作兵衛で、遣い込みを暴こうとした父を亡きものにしたことを聞いて、宿屋「茜屋」の主人に間違いない。仇討ち免状を掏摸に盗ませた。その掏摸は、目の上にホクロがある。それを聞いた泥棒、そっと長屋を出て、浅草の飲み屋へ。その掏摸「ほくろの吉」を、言葉巧みに誘い出して長屋へ連れてくる。

 泥棒、長屋の連中を極悪チームだと吹き込んで「あそこにいるのが大親分だ」と大家を紹介。面白がった竹公「俺はムジナの竹だ」。でぶ床「トラフグの六」と悪党面して凄む。で、結局、みんなで吉を締め上げて、茜屋の主人を仇と断定。

 クライマックスは、長屋連中が、茜屋に乗り込んで、大暴れ。宿をぶっ壊しまくる。それがどんどんエスカレートしていくアナーキーさ。落語映画と言うより、アナーキーなナンセンス・コメディに昇華していくのが素晴らしい。とにかくみんなワルノリしまくる。容赦ない感じが素晴らしい。

 で、里枝と母は無事本懐を遂げてめでたし、めでたし。里枝に恋をしていたでぶ床は失恋の悲しみで寝込んでしまう。またまた、だらけきった日常に戻る長屋。めし屋の夫婦は喧嘩しているし、でぶ床は「きがむかないからけふはやすむ」と張り紙して休業、竹公は泥棒をこき使い、大工はまたしても空き部屋の壁を剥がして薪にする。アナーキーでナンセンス。国威発揚、戦時協力の時代に入るも、この落語映画の世界は自由の風が吹いている。これは楽しかった!

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