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『日本一の断絶男』(1969年11月1日・東宝・須川栄三)

深夜の娯楽映画研究所シアター。東宝クレージー映画全30作(プラスα)連続視聴

25『日本一の断絶男』(1969年11月1日・東宝・須川栄三)

5月5日(木)は、さまざまなコトやモノが大きく変化した”時代の変わり目”でもあった昭和44(1969)年11月、恒例のシルバーウィーク作品として公開された「日本一の男」シリーズ第7作『日本一の断絶男』を、アマプラの東宝チャンネルでスクリーン投影。前作『日本一の裏切り男』に続いて、須川栄三監督が登板。脚本は、大島渚監督の「創造社」に参加、大島作品の脚本を手がけ、テレビでは「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「怪奇大作戦」を手がけていた佐々木守さん。これまた『〜裏切り男』に続いてのクレージー映画への参加。ラジカルさへのストッパー役として「無責任男」の生みの親でもある田波靖男さんがまとめ役となった。

この頃の日本映画は、任侠映画ブーム。東映、大映、日活では毎月任侠映画、やくざ映画を製作。松方弘樹さん『二代目若親分』(11月1日・大映・安田公義)、菅原文太さん『関東テキヤ一家』(11月8日・東映・鈴木則文)、江波杏子さん『女賭博師 花の切り札』(11月15日・大映・井上芳夫)などが封切られていた。松竹では、山田洋次監督&渥美清さんの『続・男はつらいよ』(11月15日)の公開が控えていた。

須川栄三監督から「その頃、東宝ではまだ藤本真澄さんが”やくざ映画なんて”とアレルギーを見せていたから、ならばクレージーで”東宝初のやくざ映画”をやってみよう」とインタビューで伺った。

時はあたかも「断絶時代」。登場人物の誰もが「関係性」を否定して、それぞれが「断絶」している。前作『〜裏切り男』に続く、植木等さん演じる得体の知れない「断絶男」の行状は、かなりラディカル。脈絡がないというか、ストーリー、状況の中を、思いつきで駆け抜けていく。その唐突さは、爽快というより唖然とする。それが須川監督の狙いでもある。「他者とのコミュニケーション」を「断絶」した先にあるものは? である。

スピードポスター

トップシーンは、アポロ33号登場した日本一郎(植木等)がヒューストンからの指令を受ける。この年、7月20日、アメリカのアポロ11号が月面着陸、人類が初めて月面に立った。まさに「世は宇宙時代」だった。僕らもテレビの生中継を食い入るように見つめて、空を見上げていた。クレージー映画の前作『クレージーの大爆発』(4月27日・古澤憲吾)のラスト、クレージーの七人組が、月面着陸して「キンキラキン」を歌って踊った。そのラストを受けて、アポロ後の宇宙から始まる。田波靖男さんは「宇宙から植木を戻す儀式」だったと笑いながら話してくれた。

で、もちろんそれは一郎の夢で、目覚めたのは、大阪の淀川の橋の下のボロ船のなか。空からパンが降ってきたのでこれ幸いと喜ぶ。そこへ、先住者である丸山(なべおさみ)が現れて、猛烈に抗議する。聞けば、学生運動でゲバ棒振り回して退学。就職も出来ないままのアルバイト暮らし。田舎の母親にバレたらどうしよう。ダメダメな若者。「ようし、仕事を紹介してやる」と一郎は、なんと丸山を、大阪万博の工事人夫として売り飛ばしてしまうのだ。

タイトルバックは、建設中の万博のパビリオンが次々と登場する。これだけでも「万博世代」にはたまらない。「人類の進歩と調和」をテーマに、大阪千里丘で昭和45(1970)年に開催される日本万国博覧会は、昭和39(1964)年の東京五輪に続いて、戦後復興から経済成長を果たした「戦後日本の総決算」として、財界、政界が鳴り物入りで大騒ぎ。ぼくたちも「バラ色の未来」の具現化として、幼い頃の「人生最大のイベント」となる。その「夢の万博」突貫工事の人夫たちをトラックに乗せて、手配師・勝(橋本功)が会場に送りこむ。いわば万博の「暗部」「恥部」であるが、そこでロケーションをしているのがすごい。

東宝も渡辺プロダクションも、万博には全面協力していた。なので撮影許可は当然のごとく下りる。植木さんたちが、サントリー館や電力館の建設現場で、パワフルなドタバタを繰り広げるのが楽しい。ここで植木さんが歌うのが「世界の国からこんにちは」(作詞:島田陽子 作曲:中村八大)。三波春夫さん、吉永小百合さん、坂本九さんたちが競作で、この頃、連日、テレビ、ラジオ、街角で流れていた。植木さん、ワンコーラス目は三波春夫さんスタイルで唄い、コーラス部分では坂本九さんの独特の歌い方を真似している。芸が細かい!

ヒロインは、丸山の故郷の幼馴染・ミミ子(緑魔子)。なべおさみさんとは、前年に山田洋次監督『吹けば飛ぶよな男だが』(1968年6月15日・松竹)でコンビを組んでいる。フリーで各社の「先鋭的な」作品に連続出演しており、この年、大映では江戸川乱歩原作『盲獣』(1月25日)、東宝では西村潔監督(この年の正月映画『クレージーのぶちゃむくれ大発見』のチーフ助監督)のデビュー作『死ぬにはまだ早い』(6月14日)に出演。松竹では『男はつらいよ』第1作の併映『喜劇 深夜族』(8月27日・渡辺祐介)にも顔を見せていた。

これまでのクレージー映画のヒロインとは、全くタイプの違う、緑魔子さんの起用も、須川監督が協力にプッシュしたという。「明るく楽しい東宝映画」からかけ離れた1969年のオフビートな笑い。紺ストライプのスーツ姿の日本一郎は、とにかく正体不明、目的不明。他人のことなど、一切考えもしない。というより、誰もが自分の思惑だけで生きていて、みんなドロップアウトして「断絶」している。

やがて一郎と丸山は東京へ。もちろん新幹線の切符などは持っていない。一郎は丸山の切符と自分の名刺をすり替えて、素知らぬ顔。新幹線の車掌役でワンシーン、小松政夫さんが登場する。一郎が東京に着いたタイミングで、いよいよ主題歌「静かな午后のひととき」(作詞:佐々木守 作曲:宮川泰)。植木さんのスキャットによる「おしゃれ歌謡」スタイルのイカす曲。とにかく歌詞がラジカル。『日本一の断絶男』のコンセプトが、この唄に凝縮されている。その歌詞をそのままヴィジュアルにする須川演出!

白い素敵なスポーツカーがあったよ(あったよ)
俺は突然 頭にきたよ 
ガラス叩き割り ガソリン抜いて 
クルマひっくり返して 火をつけた
アアアア

白いパンタロンのお嬢さんがいたよ(いたよ)
俺は突然 頭にきたよ
髪の毛じょりじょり 手足をしばり
天井からさかさに ぶらさげた
アアアア

で、当時の作詞メモが残されていて、録音されなかった「幻の三番」の歌詞がさらに過激である。

白いピアノのある マンションがあったよ(あったよ)
俺は突然頭にきたよ
ライフルつかんで 狙いも決めず
あたりかまわず射ちまくった
静かな午后のひとときだった

もうクレージーソングの極北である。「無責任一代男」から7年、時代の感覚はここまで来ていた。「寸又峡事件」「永山則夫事件」(1968年)などの事件が相次ぎ、翌年には「瀬戸内シージャック事件」(1970年)が発生。そうした時代の「気分」がこの歌の「得体の知れない加害者心理」になっている。つまりクレージー映画も、時代の先端を求めていくうちに、ここまで来たか!である。まぁ、これが1969年という年なのだけど。

半裁ポスター

一郎は、公衆便所まで追いかけてきた丸山が「広告代理店勤務」志望であることを思い出して、目の前にあった「八百広告」に潜り込む。大手広告代理店「伝広社」に吸収合併の危機にあり、ちょうど社長(飯田蝶子!)社員たちに訓示をしていた。このどさくさに乗じて一郎は、広告マンになってしまう。

ここからは、いつもの「日本一の男」パターン。作り手が意識しているのは「断絶」なので徹底的に行動がドライである。泉谷課長(人見清)に「君の所属は?」と聞かれた一郎「所属は無所属」と開き直る。で、スラスラ と自分の名前と思いつきで役職をメモ書きして、事務員・久美子(高橋厚子)に渡して「君、夕方までに名刺を印刷して」これで就職はOK!(笑)


合併先の広告会社「伝広社」の山崎部長(藤岡琢也)のC調ぶりが実に良い。森繁二世を意識していただけあって、軽みとリアクションがいい。バーで緑魔子さんが「恋の奴隷」を歌っていると、途中で本物の奥村チヨさんがやってくるというギャグも、渡辺プロ映画ならではの贅沢さ。

人見きよしさんは、テレビコメディ「スチャラカ社員」(朝日放送)のキャライメージそのまま。合併で課長から係長に降格されて、の窓際族(という言葉はまだないけど)となる。前作『裏切り男』がラジカル過ぎたので、時代を切り取った佐々木守さんの脚本を、クレージー映画の生みの親・田波靖男さんが軌道修正。

しかし須川栄三監督は「緑魔子が面白くて」と脱クレージー映画を目指してドライな演出。どんな状況でも植木さんのキャラが立っているので、見ていて楽しいのなんの。
一郎が高級マンションにタダで住んでしまうエピソードもすごい。管理人(熊倉一雄)に「暴力学生にひどい目にあって、露頭に迷っている」と新聞に投書させて、同情カンパを集めて、一儲けする「美談詐欺」で敷金礼金全部賄ってしまう。


確かに『日本一のゴマすり男』などを観てから『日本一の断絶男』を観るとかなりの「違和感」があると思うが、この「違和感」こそが1969年という時代の空気であり、この作品の魅力である。東映やくざ映画全盛、学生運動の時代と考えるとこの作品のベクトルが理解できるはず。

バーの女給をやめたミミ子が、ひょんなことから任侠映画スターになってからは、撮影所ネタになり、それまで「カラーにそぐわない」と作らなかった東宝映画初の任侠シーンとなる。手持ちキャメラの賭場シーン。緑魔子さんの壺振りシーン。隣に座っている中島春雄さんの眼力! 須川監督の悪ノリ演出が楽しい。
この一連の任侠映画パロディ。なぜか撮影現場に現れた一郎とミミ子が「壺振り勝負」をしてしまう矛盾などは、気にしない。気にしない。

テンポも演出も良くて、緑魔子さんの背中の刺青が緋牡丹ならぬ「アポロラーメン」というオチ。「アポロ食品」の清水重役(千秋実)が、ミミ子の第ファンで、重役に取り入った一郎が「アポロ食品」へ転職してしまう。この変わり身の早さは、『ニッポン無責任時代』(1962年)の平均のリフレイン。

また、松本めぐみさんも「アポロ食品」の事務員役で登場。とにかくかわいい。さらに、当時流行した「合宿セミナー」ビジネスに手を染める断絶男。
竹刀を持って重役陣をしごいて、大儲けするセミナー屋が「ウルトラマン」のイデ隊員=二瓶正也とケロニア=桐野洋雄というのも特撮ファンにはたまらない。そこに目をつけた一郎が、丸山にに脱サラを強要する。


セミナーで賭場を開いて、本物のやくざの代貸・藤井(藤木悠)の怒りを買うも、一郎の度胸に惚れた親分・土井(ハナ肇)の北斗組に草鞋を脱ぐ。ここから本格的にやくざ映画のパロディとなる。高度経済成長のニッポンを元気にした「無責任男」の世界とは、軽やかに断絶してゆく。ある時代の終わりを体感することができる。
この後半の展開が、次の古澤憲吾監督のシリーズ復帰作『日本一のヤクザ男』(1970年)に繋がるのだけど、断絶男は、一宿一般の恩義を忘れて、なんだかんだと理由をつけて、殴り込みから遁走する。

ハナ肇さんの「俺さま芝居」がやくざ映画ムードを高めてくれて、それゆえ楽しいパロディに。
で、やくざの出入りの舞台は、深川ロケ。どこまでも本寸法のやくざ映画の撮り方で、断絶男の行状が描かれるが、喜劇映画としてはなかなかレベルが高い。で、一郎が警察(二見忠男)を連れて、凶器準備集合罪で一斉検挙、という時に、ヤクザと癒着している国会議員・大須賀栄三(富田仲次郎)の一喝で、その検挙がパーとなる。「突然、頭にきた」日本一郎が、おもちゃと思っていたマシンガンをぶっ放すと、なんと本物!そこで「破防法を適用だ!」と大須賀先生。いつの世も政治家は変わらないって話でもある。

植木等、なべおさみ、谷啓

クレージーのメンバーももちろん出演している。後半で谷啓さんが戦時中の「風船爆弾」をもとにコンニャクで気球を作る発明家小山として登場。やくざの出入りから逃げてきた植木さんが気球に乗って歌う「どうも、どうも」(作詞:植木等、田波靖男 作曲:宮川泰)は、曲ができておらず、現場で即興で植木さんが作って唄ったと、ご本人から伺った。

ラスト近く、安田伸さんが山師・山村役で登場して、彼が探していた石油を一郎が掘り当ててしまう。で「日本一石油」の社長に収まった一郎だったが・・・

ともかくラディカル。ともかく過激。それがこの作品の身上でもある。宇宙→万博→広告代理店→やくざ映画→やくざの出入り→石油王という「どうかしている」展開だし(笑)


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