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”The Girl Can't Help It”『女はそれを我慢できない』(1956年・FOX・フランク・タシュリン)

6月20日(月)の娯楽映画研究所シアターは、ハリウッドのシネ・ミュージカル史縦断研究、完璧なミュージカル・コメディの傑作『女はそれを我慢できない』(1956年12月1日米公開・FOX・フランク・タシュリン)をDVDからスクリーン投影。ここのところエルヴィス・プレスリー関連映像を観ていたこともあり、ロック・カルチャー胎動期の貴重な記録でもある本作を久々に。これは面白い。僕が考える「完璧な映画」の一本である。日本では1957(昭和32)年6月26日に公開された。

オリジナルポスター

ロック・ミュージカルである前に、コメディとして、これほど面白い設定はない。ギャングの親分・エドモンド・オブライエンが、自分の愛人・ジェーーン・マンスフィールドを歌手として売り出してトップスターにして欲しいと、落ち目のプロデューサー・トム・イーウェルに、半ば強引に命じる。その彼女は、とびきり美人でナイスバディ、誰もが振り返るほど。だけど歌は全くだめ、発声練習をすると「ミ」の音で、あまりにも声がひどいので電球の球が割れてしまう(笑)

それでも親分は、自分が監獄で作った「ロック」ならば、絶対ヒットすると、その"Rock Around the Rockpile"「石運びロック」をレコーディングさせる。金に糸目はつけないので、アレンジと演奏はレイ・アンソニー楽団!

この「親分のわがままで愛人をスターにする」というプロットは、わが小林信彦先生の「唐獅子株式会社」シリーズにも大きな影響を与えているが、大元はガースン・ケニンのブロードウェイ舞台”Born Yesterday”とその映画化『ボーン・イエスタディ』(1950年・コロムビア・ジョージ・キューカー)をツイストしたリメイクである。『ボーン・イエスタディ』は、クズ鉄王(ブロデリック・クロフォード)が、元女優の愛人(ジュディ・ホリデー)をビジネス・パートナーにしているが、あまりにも無教養なのでボロが出ては困ると、ジャーナリスト(ウィリアム・ホールデン)にその教育を依頼。やがて知性的となった彼女は、ボスの不正に気づいて・・・。といったストーリー。いずれも『マイ・フェア・レディ』の元になったジョージ・バーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」のバリエーションだが、これが面白い。

監督、脚本はフランク・タシュリン。ハリウッドで漫画映画のアニメーター、ギャグマンからキャリアをスタートさせ、マルクス兄弟、ルシル・ボール、レッド・スケルトンのために映画脚本やギャグライターとして活躍してきた才人。随所に「映画ならではのギャグ」や「漫画映画的ヴィジュアルギャグ」を効果的にインサート。例えば、ジェーン・マンスフィールドのナイスバディと色気に、牛乳配達の牛乳が沸騰したり、すれ違った男のメガネが割れたり。前述のヒドイ歌声に電球が割れたりと、まるで「ルーニー・チューン」のような視覚的ギャグが随所に。

ビル・ヘイリーと彼のコメッツの「ロック・アラウンド・ザ・クロック」が巻き起こしたロックンロール旋風をいち早く取り入れた音楽映画でもある。音楽担当はジャズピアニストで俳優のボビー・トゥループ。1941年に作曲した”Daddy"は、サミー・ケイ楽団が吹き込んでビルボードで8週間1位を獲得。ソングライターとして注目を集め、戦後はナット・キング・コールの「ルート66」が爆発的にヒット。そのトゥループが作詞・作曲した主題歌”The Girl Can't Help It”「女はそれを我慢できない」を歌うは、若き日のリトル・リチャード! バズ・ラーマン監督『エルヴィス』(2022年・ワーナー)にちょうどこの頃のリトル・リチャードが「エルヴィスに次ぐ才能」ということで、マへリア・ジャクソンとセッションする場面があるが、まさに『女はそれを我慢できない』の頃である。

この映画、とにかくナンバーが多い。リトル・リチャード、ニノ・テンポ、ジョニー・オレン、エディ・フォンティン、チャックルズ、アビー・リンカーン、ジュリー・ロンドン、ジーン・ヴィンセント、エディ・コクラン、ザ・トレ二アーズ、ファッツ・ドミノ、プラターズ、そしてレイ・アンソニー楽団と錚々たるロックスター、ジャズシンガー、オーケストラが次々と登場、ナンバーだけで全24曲! これが99分の中に凝縮されている。しかもフランク・タシュリンの演出が凝りに凝っていて、ただステージで演奏だけでなく、ヴィジュアル的にも飽きさせない。1956年の音楽シーンが凝縮されたタイムカプセルのような音楽映画である。

特に凝っているのが、ジュリー・ロンドンの名曲「クライ・ミー・ア・リバー」のシーン。落ち目の音楽プロデューサー、トム・ミラー(トム・イーウェル)は、かつて婚約をしていた恋人を無理やり歌手に仕立ててスターに、しかし彼女は彼のもとを去っていった。その別れた彼女が、なんとジュリー・ロンドン!という設定で、酒に溺れたトムが、自宅でLP「彼女の名はジュリー」をかけると、部屋のあちこちに幻想のジュリーが現れて「クライ・ミー・ア・リバー」を唄う。ショットごとに、ジュリーの衣装が代わり、トーチソングの名曲を延々と唄う。トムの屈託、トラウマの原因なのだが、とにかくジュリー・ロンドンが素晴らしい。

また、親分マーティ・”ファッツ”・マードック(エドモンド・オブ・ライエン)が獄中で作詞・作曲した"Rock Around the Rockpile"「石運びロック」が大ヒットして、レイ・アンソニー楽団とジェリー・ジョーダン(ジェーン・マンスフィールド)がステージに立つ。ジェリーは音痴(という設定のため)「石運びロック」でもサビの部分の絶叫しか吹き込んでないのだが、これが大受けしてビッグヒットとなる。ちょうど、マードックはジュークボックスの利権を、ライバルのボス・ウィラー(バリー・ゴードン)から奪ったので、ウィラーたちがマードックの生命を狙っていて。

さあ、どうしようというときに、トムが「舞台の上なら安全だ!」と、マードックを舞台に上げる。"Rock Around the Rockpile"のソングライターがステージに立ったので、観客たちは大喜び!レイ・アンソニー楽団の演奏で、嬉々として"Rock Around the Rockpile"を唄う親分! コメディとして最高のシチュエーションだが、これと同じ手を『クレージーだよ奇想天外』(1967年・東宝・坪島孝)で、植木等さんと谷啓さんが「それはないでショ」シーンで再現している。ギャングに追われた植木&谷さんが、テレビ局の生放送でチャップリン風の扮装をして「ザ・凸凹ブラザース」として唄うのである。坪島孝監督に伺ったら『女はそれを我慢できない』が面白くって、いつかやろうと思っていたと。瀬川昌治監督も「フランク・タシュリンは面白いね、ずいぶんと参考にした」と話してくれた。本作のラスト、サゲの部分はまさに瀬川喜劇を思わせる面白さ!である。

とにかく、このクライマックスの"Rock Around the Rockpile"は最高! しかも銃口を向けていたウィラーが、マードック暗殺をやめて「素晴らしい!奴と契約しよう!」と歌手としてのマードックを認めてしまうのである。これぞフランク・タシュリン!

それから、語り草となっているのが、本作のオープニング。モノクロスタンダード画面に、トム・イーウェルが現れて「これは音楽と芸術についての映画です」と前説を始めるうちに、スタンダードの両サイドが広がり、モノクロがカラーになる。シネマスコープ初期ならではのギャグである。このギャグは、のちにテレビ「てなもんや三度笠」の三作目の映画化『てなもんや東海道』(1966年・宝塚・松林宗恵)でも、白黒テレビの画面が、カラー、スコープに拡大されるというトップシーンのギャグでリフレインされている。ことほど作用に、日本映画の喜劇作家に大きな影響を与えている。『てなもんや〜』はおそらく、作者である澤田隆治さん、香川登志緒さんのアイデアだろう。

サイド・キャラクターも面白い。マードックの子分で、これまでも「危ない橋」を渡ってきたモーシー(ヘンリー・ジョーンズ)は親分の指令はなんでもこなす優秀なギャング。普段は凄みを利かせているのだが、マードックの理不尽に振り回されているジェリーには同情的。彼女がトム・ミラーに恋してしまい、嫉妬に狂ったマードックが、ジェリーの家の電話の盗聴をモーシーに命ずる。案の定、シカゴ出張していたトムからの電話がかかってきて、トム恋しさに、ジェリーが泣き出してしまう。それを盗聴していたモーシーももらい泣き、そこである小細工をすることに。これも気が利いている。

また、マードックが自宅で観ている映画はベティ・グレイブル主演のFOXミュージカル”Wabash Avenue''(1950年)。1940年代から1950年代にかけてのFOXのセックスシンボルだったベティ・グレイブルが”I Wish I Could Shimmy Like My Sister Kate”を唄うミュージカル・ナンバーを、酒を飲みながら眺めているマードック。ジェーン・マンスフィールドは、グレイブル、マリリン・モンローに続くブロンド・ビューティなので、親分の好みの変遷がわかるシーンになっている。

ともあれ、ファーストシーンからエンドマークまで、何もかも面白い。フランク・フランク・タシュリンの演出、ジェーン・マンスフィールドの色気と可愛さ! そしてエドモンド・オブライエンの親分のおかしさ! それを彩っていく、リトル・リチャードはじめとする草創期のロック・スターのサウンド! まさに完璧な映画! 完璧なコメディ! 完璧なクラシック・ムービー! 

アルバムジャケット

【ナンバー】

♪The Girl Can't Help It

作詞・作曲:ボビー・トゥループ
パフォーマンス:リトル・リチャード

♪Rock Around The Rock Pile

作詞・作曲:ボビー・トゥループ
パフォーマンス:レイ・アンソニー楽団、エドモンド・オブライエン、ジェーン・マンスフィールド・パーク(サイレン・スクリーム)

♪Cry Me a River

作詞・作曲:アーサー・ハミルトン
パフォーマンス:ジュリー・ロンドン

♪Be-Bop-a-Lula

作詞・作曲:ジーン・ヴィンセント、テックス・ディヴィス
パフォーマンス:ジーン・ヴィンセントと彼のバンド

♪You'll Never, Never Know

作詞・作曲:ジーン・ミルズ、ポール・ロビ、トニー・ウィリアムズ
パフォーマンス:ザ・プラターズ

♪She's Got It

作詞・作曲:リトル・リチャード、ジョン・マラスカルコ
パフォーマンス:リトル・リチャード、ザ・アップセッターズ

♪You Got It Made

作詞・作曲:ボビー・トゥループ

♪Cool It Baby

作詞・作曲:キャロル・コーツ、ライオネル・ニューマン
パフォーマンス:エディ・フォンテーン(ジャングル・ルームで)

♪Tempo's Tempo

作詞・作曲:ニノ・テンポ
パフォーマンス:ニノ・テンポ(オープニング・シーン)

♪Rockin' Is Our Business aka "Rockin' Is Our Bizness"

作詞・作曲:クロード・トレニア、クリフ・トレニア
パフォーマンス:ザ・トレニアーズ

♪Blue Monday

作詞・作曲:デヴィッド・バーソロミュー、ファッツ・ドミノ
パフォーマンス:ファッツ・ドミノ

♪Big Band Boogie

作曲・パフォーマンス:レイ・アンソニー

♪I Wish I Could Shimmy Like My Sister Kate

作詞・作曲: A.J. ピロン
パフォーマンス:ベティ・グレイブル(映画Wabash Avenue (1950)より)

♪Spread the Word

作詞・作曲:ボブ・ラッセル
パフォーマンス:アビー・リンカーン(レイト・プレース・クラブで)

♪Twenty Flight Rock

作詞・作曲:ネッド・フェアチャイルド
パフォーマンス:エディ・コクラン(テレビ)

♪Plaisir d'Amour

作曲:ジョアン・マティーニ
演奏(プロローグのBGM)

♪Cinnamon Sinner

作詞・作曲:リンカーン・チェイス
パフォーマンス:ザ・チックルズ

♪Ev'rytime

作詞・作曲:メル・レヴェン、トニー・ラベロ
パフォーマンス:ジェーン・マンスフィールド(吹替:アイリーン・ウィルソン)、レイ・アンソニー楽団

♪My Idea of Love

パフォーマンス:ジョニー・オレンとザ・ジョーカーズ

♪I Ain't Gonna Cry No More

パフォーマンス:ジョニー・オレンとザ・ジョーカーズ

♪Ready Teddy

作詞・作曲:ロバート・パンプス・ブラックウェル、ジョー・マラスカルコ
パフォーマンス:リトル・リチャードとザ・アップセッターズ

♪Something's Gotta Give

作詞・作曲:ジョニー・マーサー

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。