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『ガラスの鍵』(1942年・パラマウント・スチュアート・ヘイスラー)

 ダシール・ハメットが「血の収穫」「マルタの鷹」に続いて発表したハードボイルド小説「ガラスの鍵」の二度目の映画化。主人公・エド・ボーモン(アラン・ラッド)は、私立探偵ではなく暗黒街に生きる賭博師。その兄弟分である顔役ポール・マドヴィック(ブライアン・ドンレヴィ)が、知事選に出馬したラルフ・ヘンリー(モロニ・ウィルソン)に肩入れ、支援をして政治の世界に色気を出している。しかも、ヘンリーの娘・ジャネット(ヴェロニカ・レイク)に夢中になっている。

 ドラマはこの三人の微妙な「三角関係」を描きつつ、ジャネットの兄で賭博に溺れているテイラー(リチャード・デニング)が不審死。その殺人を巡って、ポールの宿敵・ニック(ジョセフ・カレラ)たちが、ポールを陥れるためにスキャンダルを仕組む。殺人者の汚名を着せられ窮地に陥ったポールのために、エドは犯人探しを始めるが…

 ダシール・ハメットの渇いた文体を、スチュワート・ヘイスラーが、巧みにしかも観客にわかりやすく伝えてくれる。ブライアン・ドンレヴィが演じるポールは、顔役だがどこか憎めず、しかも仁義を守るために筋を通そうとする。ポールの妹・オパール(ボニータ・グランヴィル)が殺されたテイラーに夢中で、彼女は兄が犯人だと信じて疑わない。この「兄と妹」の関係を敵側が利用して…

 『拳銃売ります』(1941年)でハードボイルドの世界に生きるタフガイを好演したアラン・ラッドが、今回もまたボコボコに殴られ、敵に監禁されても立ち上がる不屈の男・エド・ボーモンをクールに演じている。小柄だけど、そのタフガイぶりはなかなかかっこいい。『青い戦慄』(1946年)で、ラッドの親友を演じていたウィリアム・ベンディックス演じる敵の用心棒・ジェフが、凄まじいパンチを食らわせ、立ち上がれなくなる。しかし隙を見て、ネッドはマットレスに火を付け、火事騒ぎをおこしてビルの窓から落下。階下で食事をしている一家のテーブルにドサっと落ちてくる。その俯瞰ショットがいい。びっくりする家族。それでも屈しないエド。

ブライアン・ドンレヴィ、アラン・ラッド、ヴェロニカ・レイク

 ポールに求愛され、父の「選挙が終わったら」との婚約を承諾するジャネット。彼女はお人好しのポールより、クールなエドに惹かれている。エドもジャネットに好意を寄せているが、親友の愛する女には手を出さない。みたいな微妙なバランスのなか、事件がどんどん複雑になっていく。果たしてテイラーを殺したのは誰か? ヴェロニカ・レイクが演じるジャネットも、ただのお嬢さんではなく、兄を憎み、父を愛し、ポールの愛を利用して、真実を隠している。「犯罪的美女=ファムファタール」として、映画のムードを高めてくれる。

 事件が解決しいろんな意味でハッピーエンドとなるが、その鮮やかなラストは、ハードボイルドなのに心が温まる。ヒーローとヒロインに花を持たせるにも、ハリウッドの娯楽映画の「粋」が溢れていて、実に後口がいい。 

 この1942年版は、日本未公開でWOWOWで放映され、のちにDVD化されている。Amazonプライムビデオで配信されているのは、ジュネス企画の素材。『拳銃買います』『ガラスの鍵』『青い戦慄』と、アラン・ラッドとヴェロニカ・レイクの共演作を立て続けに観れるのはありがたい。ちなみに初作『ガラスの鍵』(1935年・フランク・タトル)では、エドをジョージ・ラフト、ポールをエドワード・アーノルド、ジャネットをクレア・トッドが演じている。

  また国際推理作家協会北欧支部・スカンジナヴィア推理作家協会が北欧五カ国(アイスランド、スエーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェー)の優秀な推理小説に送る文学賞に、ダシール・ハメットの原作を冠した「ガラスの鍵賞」が創設されている。映画化もされたスェーデンのスティーグ・ラーソンの「ドラゴン・タトゥーの女」は2006年に「ガラスの鍵賞」を受賞している。

 


 

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