幸せのかたち 『男はつらいよ 寅次郎の休日』(1990年・松竹・山田洋次)
文・佐藤利明(娯楽映画研究家) イラスト・近藤こうじ
シリーズを観ていくと、そのテーマは「幸せ」であることに気づかされます。寅さんは出会った人の「幸福」のために、欲も得もなく行動します。寅さんの恋愛は、悩みを抱えたマドンナの「幸せ」を考えることであり、彼女が「幸福」になるためなら、それが失恋という結果に終わっても、という人です。
寅さんの「愛」は、自分のためでなく、常に人のために注がれています。そんな寅さんの心根に触れることが、「男はつらいよ」の大きな魅力だと思います。
さて、吉岡秀隆さんの満男と、後藤久美子さんの泉の恋を主軸にすえた「満男シリーズ」第二弾、第四十三作『寅次郎の休日』は、この「幸せ」が大きなテーマです。前作『ぼくの伯父さん』では、満男の葛飾高校の後輩・及川泉の抱えている家庭的な悩み、厳しい現実に、彼女に恋する満男が「自分には何が出来るだろうか」と行動を起こします。それはバイクで彼女に会いに行くという直裁的なことでしたが、それを「青春よ」と応援してくれる寅さんが、二人を協力にサポートしてくれます。
『寅次郎の休日』では、泉が、佐賀の叔母の嫁ぎ先から、名古屋で水商売をしている母・及川礼子(夏木マリ)の元へ戻り、二人暮らしをしています。父・一男(寺尾聡)とはまだ正式に離婚が成立しておらず、泉は父に、母との復縁を頼みに上京。高校生の泉にとっての「幸せ」は、母と父が元の鞘に収まること。その想いを聞いたさくらも、寅さんも、泉のアクションに賛同します。
突然、泉が柴又を訪ねてきても、さくらたちは彼女を快く迎え入れ、諏訪家では楽しい夕餉となります。何かと息子を気づかい、いささか過保護気味のさくらに反発して、大学の側にアパートを借りて一人暮らしをしようとしている満男、それに反対する博とさくら。冒頭で、諏訪家の親子喧嘩が描かれている後だけに、泉を囲む食事のシーンは、微笑ましく、家族の「幸福」を実感させてくれます。
その翌日、満男は大学を休んで、泉とともに、泉の父・一男(寺尾聡)を訪ねて、勤務先の秋葉原の電気店に向かいますが、一男は八月に店を辞めて、恋人の実家である大分県日田市へ引っ越したことが明らかになります。泉の決意は「空振り」となり、満男にもどうすることもできません。
そんな時、久しぶりに寅さんが柴又に帰ってきて、泉を囲むくるまやの茶の間の夕餉は、おいちゃん、おばちゃん、タコ社長も加わり、より楽しいものとなります。前作の泉は、佐賀の伯母さんの家で、気詰まりな暮らしをしていて、その後名古屋に戻っても水商売の母とはすれ違いの日々でした。
この第四十三作からは、泉にとっても、柴又のくるまや、諏訪家は、もう一つの「懐かしい故郷」のような存在となっていきます。
おばちゃんは、泉に「寂しいだろうけど、お母さんと一緒に頑張るんだよ」、タコ社長だって「お父さんのことなんか忘れた方がいいよ」と、それぞれの間尺で、泉にエールを送ります。そして別れ際、寅さんが言います。
「つらいことがあったら、いつでもまた柴又においで。この家でもいいし、さくらの家でもいいし、みんな泉ちゃんが幸せになればいいなと思っているんだから。」
寅さんが泉にかけるこの言葉。「故郷」をテーマにした第六作『純情篇』の最後、柴又駅でのさくらと寅さんの別れの名シーンで、さくらが「つらいことがあったら、いつでも帰っておいでね」とかけた言葉でもあります。寅さんはきっと、このさくらの言葉があるから、旅の暮らしを続けてこれたに違いありません。
「帰れる場所」があり、「思う相手」いることで、寅さんは旅の暮らしを続けて来たのです。そしてこのシーン、この台詞で、家庭的には決して「幸せ」とはいえない泉にとっての、第二の「ふるさと」が誕生したのだと、ぼくは思います。さらに、寅さんは泉に「またどっかで会おうな」「頑張れよ!」と声をかけるのです。そうした声援は、心細い気持ちで上京してきた泉にとって、何よりの励みになったはずです。
翌日、二人は東京ディズニーランドを望む葛西臨海公園で、言葉少なに時間を過ごします。ここに流れる、山本直純さんの「青春のテーマ」のメロディは実に素晴らしいです。若い二人に去来するさまざまな想い、それが音楽に昇華されています。
ディズニーランドのある千葉県浦安は、第五作『望郷篇』で、寅さんが豆腐店「三七十(みなと)屋」の一人娘・節子(長山藍子)に恋をした想い出の場所です。ファンはそんなことにも想いを馳せてしまうのです。
やがて別れの時。東京駅の新幹線ホーム。名古屋へ帰る泉を見送る満男に、泉は博多行きの切符を見せて「やっぱりお父さんに会いたいの。帰ってきてって、無駄でもいいから頼みたいの」と告白。意外な泉のアクションに、狼狽した満男は「お金あるの?」と財布からアルバイトのお金を出して、泉に渡します。さくらが寅さんにするように。やっぱりさくらの息子です。
発車のベルが鳴ります。ドアが閉まろうとした瞬間、満男は思わず新幹線に乗り込みます。驚く泉は、あっけにとられています。少し微笑む満男。そしてゆっくりと流れ出すのが、徳永英明さんの「JUSTICE」です。このシーン、おそらく『男はつらいよ』のなかで、最もエモーショナルで感動的な名場面の一つです。
泉の心細さがわかるけど、どうしていいかわからない満男。寅さんのように明快な言葉も持ち合わせない満男が、とっさにとった行動。それが、この時の泉にとって、どんなに頼もしく、どんなに嬉しかったか。ぼくらは新幹線のデッキで、微笑み合う二人の姿に、徳永英明さんの歌声に、さまざまな想いを重ねて、感動してしまうのです。
この満男の行動は、第一作で博を追いかけて、京成電車に飛び乗ったさくらと同じです。この母にしてこの息子ありです。
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