『釣鐘草』(1940年7月3日・東宝・石田民三)
吉屋信子作、石田民三監督『釣鐘草』(1940年7月3日・東宝)。吉屋信子の「花物語」の一編を八住利雄が脚色。傑作『花つみ日記』(1939年)に続いて、吉屋信子の少女小説を石田民三がみずみずしく映画化。1935(昭和10)年には新興キネマで霧立のぼる主演、川手二郎監督で映画化されている。
石田民三の演出は、微妙な少女の心の動きを、巧みに描いて、何度観ても、胸が締め付けられる。戦前の高峰秀子作品でらベストだろう。酒乱で甲斐性ない父親が、酒場の女と出奔。母・沢村貞子は、女学生の弓子(高峰秀子)と、小学一年生の弟・雄吉(小高たかし)を、妹夫婦に預けて実家へ。頑固な祖父・高堂国典は、母の幸せだけしか考えず、弓子たちは叔父・御橋公夫婦の世話になっている。
成績優秀の弓子は、女学校から女子医専へ進学出来ると、山畑先生(北澤彪)のお墨付きをもらい、叔父夫婦も進学をさせてくれることに。しかし、弟・雄吉は、母恋しさに、なにかにつけて弓子に反発している。ある日、母に縁談が持ち上がり、そのことを知った弓子は傷つく。再婚してしまえば、お母さんは別な子のお母さんになってしまう。
弓子は、母に捨てられてしまう雄吉が不憫で、幼い弟の母親がわりになり、同じ境遇の子供たちのために教師になる決意をする。女学校を諦めて師範学校へ進路を変更。
ここからは、吉屋信子らしい、師範学校の女生徒たちと弓子の物語が展開する。デコちゃんが、とにかく可愛い。P.C.L.時代からユニークなキャラクターを演じてきた林喜美子が、寮の室長・貞子をユーモラスに演じている。松子(三條正子)などお馴染みの女の子たちが、女生徒たちを演じていて、寮生活のシーンも、石田民三の目が行き届いていて、上手いなぁとしみじみ。
雄吉は、日曜ごとに、弓子が街の寮から日曜の度に帰ってくるのを、心待ちにしている。そんな雄吉は、従兄弟たちが叔父に木馬を買って貰ったのが羨ましく思っている。そんな弟のために、弓子は「今度帰ってくるときに、立派な木馬を買ってくる」と約束。しかし、それを買うお金がない。そこで、同級生・里枝(清水美佐子)が、アルバイトを世話してくれる。試験間近にも関わらず弓枝は、夜鍋仕事に精を出す。
弟のために「母親代わりになろう」と、弓子はかなりムリをしている。本当は母親が恋しい。再婚して他家に嫁ぐ母親に対する複雑な感情。十六歳の高峰秀子の表情、佇まい、そのどれもが素晴らしい。
タイトルの「釣鐘草」は、弓子と雄吉が大好きな花。今はバラバラになってしまった家族写真のアルバムに、弓子が押し花にした「釣鐘草」が挟まっている。それを「僕に頂戴」と雄吉。それはダメと、姉弟ゲンカとなるが、弓子が師範学校の寮に入る時に、雄吉がこっそり自分のものにする。主題歌「釣鐘草」は、この映画のために飯田信夫が作曲したオリジナル。高峰秀子と小高たかしが、劇中に口ずさむ。
釣鐘草の咲く丘に
寂しく今日も日が暮れて
ホロホロホロと鳴く声は
親なし鳥の母恋い
切なく、美しい曲である。
弓子は木馬を買うために、里枝が世話してくれた、古文書の転記の仕事を懸命に続けている。そこへ雄吉が病気になったと従兄からハガキが届く。雄吉が楽しみにしている木馬を買ってやりたい。いじらしい気持ち。
ある日、英語の授業中、雄吉が危篤との電報が届く。里枝は父に頼んで前借りしたアルバイト代の十円を弓子に渡し、弓子は街の玩具屋で、一番立派な木馬を買って、家路を急ぐ。このクライマックスは、あまりにも切ない。雄吉は、今際の際まで姉ちゃんの「釣鐘草」の押し花を大切を握っていた…
ラストに主題歌「釣鐘草」が流れるが、石田民三の抒情が溢れて、本当に素晴らしい。涙なくしては観られない傑作である。
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