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『東京ラプソディ』(1936年・P.C.L.・伏水修)

 戦前の音楽映画の最高作『東京ラプソディ』(1936年・P.C.L.・伏水修)をスクリーン投影。門田ゆたか作詞、古賀政男作曲による主題歌は、この映画より7年前、1929(昭和4)年、「東京行進曲」(西条八十作詞、中山晋平作曲)を進化させたもの。東京のシティソングの系譜は、都市の発展とともに、さらに深化してゆく。

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 藤山一郎は、ビクターからテイチクに移籍、その第1作となった。当時のジャズ流行歌の基本のフォックストロットのリズムで、軽快に、銀座〜神田〜浅草〜新宿と、昭和モダン都市東京の現在をセレブレーション!

 古賀政男と藤山一郎は「酒は泪か溜息か」「丘を越えて」「影を慕いて」と、昭和の初めから、流行歌の時代を築いてきた名コンビ。テイチクに移籍した古賀政男を追って、藤山一郎もテイチクと契約。心機一転、藤山一郎と古賀政男コンビの、新たなるスタートをアピールすべく、テイチクとPCLが提携して作られたのが、映画「東京ラプソディ」だった。

 演出を任されたのが、PCLきってのモダニスト、伏水修。音楽演出もさることながら、モダン都市・東京風景を、まるでニューヨークのように晴れがましく捉え、テンポの良いモンタージュで、時代の空気をフィルムに収め、PCLのモダンなカラーを牽引していくことになる。1910年生まれだから、この時、わずか26歳。

 監督デビューは、この年、1936(昭和11)年、吉本興業との提携作・エンタツ・アチャコの「あきれた連中」(1月5日)、古川ロッパ一座と提携した「唄ふ弥次喜多」(3月26日・岡田敬と共同監督)、ビクターとの提携による岸井明のジャズ映画「唄の世の中」(8月11日)の三作を手がけ、いずれも大成功。エンタツ・アチャコ映画、ロッパ映画、岸井明と藤原釜足の音楽喜劇、いずれも、PCL→東宝の娯楽映画のドル箱となっていく。

  若くして夭折した伏水修監督については、作品以外はほとんど資料が残っていない。筆者が30年ほど前に、谷口千吉監督にインタビューした時に、伏水監督について伺った。「彼は音楽が好きで、とてもセンスの良い男だった。早くに亡くなったのが残念」と話をしてくれた。その伏水修監督の才気を堪能できる代表作がこの『東京ラプソディ』だろう。主題歌に折り込まれた東京風景をフィルムに記録し、ハリウッド・ミュージカルを意識した音楽演出で、藤山一郎の歌う挿入歌「恋の饗宴」「東京娘」「青春の謝肉祭」、そして主題歌「東京ラプソディ」を、観客に強烈に印象付ける。

 タイトルバックは、P.C.L.映画の定番でもあった、登場人物とキャストを映像で紹介。しかもそれぞれが「東京ラプソディ」をワンフレーズずつ歌う。主題歌はクライマックスまで登場しないので、これが観客の期待を高めてくれる。まずイントロでキャストクレジット。この頃は一枚で、メインスタッフを紹介するのみだった。

脚色…永見隆二
撮影…三村明
録音…金山欣二郎
装置…戸塚正夫
編集…岩下廣一
音楽監督…古賀政男
演奏… PCL管絃楽團 テイチク管絃楽團
主題歌 テイチク
「東京ラプソディ」作詞・門田ゆたか 作曲・古賀政男 
テイチクレコード…五〇三三八
「青春の謝肉祭」作詞・野村俊夫 作曲・島田磐也 古賀政男
「別れの唄」作詞・山川アサオ 作曲・古賀政男
テイチクレコード…五〇五八六

出演者
若原…藤山一郎 
♪花咲き花散る宵も 銀座の柳の下で〜
ハト子…椿澄枝 
♪待つは君ひとり 君ひとり〜
マキ…星玲子 日活専属 
♪逢えばゆく ティールーム〜
船橋…井染四郎 日活専属 
♪楽し都 恋の都〜
蝶々…宮野照子 
♪夢のパラダイスよ 花の東京〜
(男女コーラス)
♪楽し都 恋の都 夢のパラダイスよ 花の東京〜
晴美…伊達里子 
別井…御橋公
千葉早智子 竹久千恵子 堤眞佐子 神田千鶴子 山縣直代 梅園龍子 藤原釜足 岸井明

 クレジットの背景は、数寄屋橋方向、マツダビルディングの上から撮影した外濠川。今では高速道路が通っている。左手に洋画ロードショー館の邦楽座の円形の建物、新有楽橋を渡る人々。右手には読売新聞社の建物が見える。タイトルバックが終わり、鐘の音とともに、画面はそのまま銀座四丁目の方角へゆっくりとパンする。四丁目の交差点には1932(昭和7)年竣工の服部時計店、その向かいは1930(昭和5)年開業の三越銀座店、その奥には歌舞伎座の屋根も見える。マツダビルからの眺め、これぞ戦前の銀座!である。

 そのまま「青春の謝肉祭(カーニバル)」のイントロとなり、銀座の若原クリーニング店の屋上で、若旦那・若原一郎(藤山一郎)が歌い出す。タイトルの「東京ラプソディ」から「青春の謝肉祭」へ!流麗な音楽演出。これが伏水修の味わい。これぞP.C.L.音楽映画。しかも、銀座ロケーションから、若原クリーニング店のある銀座の通りは、P.C.L.写真科学研究所のオープンセット。物干し台で、一郎が歌っていると、通りの向かいの花屋の前に、いつも店を出している靴磨きの少年・俊坊(大村千吉)が声をかけてくる。

 一郎は、花屋の軒先に店を出しているタバコ屋に勤めているハト子(椿澄枝)と恋仲で、昨夜も、店が終わってから遅くまで話し込んでいた。なので、ハト子は寝坊したのだろう。まだ出勤していない。ヒロイン不在のままの「青春の謝肉祭」で、ハト子のことが、観客にも気になる。

 続いては、ハト子のアパート。寝坊して慌てて、お櫃のご飯をアルマイトの弁当箱に詰めているハト子。布団でまだ寝ているのはルームメイトのマキ(星玲子)。銀座のダンスホールのダンサーである。清純派のハト子と対照的なモダンガールのマキは、寝床でタバコに火をつけて目覚める。

 外景ショットでニコライ堂。そして鐘が鳴る。二人はお茶の水に住んでいるのである。慌てて出かけるハト子にマキは、若原クリーニング店に出したドレスの催促を頼む。こうして登場人物の1日が始まる。ハト子の住んでいるのはモダンな作りの「KUDAN APARTMENT」。駆け出したハト子が渡るのは、国鉄お茶の水駅前、お茶の水から湯島に架かる聖橋。サラリーマンや大学生たちが、急ぎ足で歩いている。

 この聖橋は、新海誠監督『すずめの戸締まり』(2022年・東宝)でヒロイン・すずめ(声・ 原菜乃華)が、映画の中盤でダイブする橋でもある。今では新海誠映画の聖地となっているが、86年前は『東京ラプソディ』のハト子が慌てて駆け抜けた。これもまた「映画時層探検」の楽しみである。

聖橋から御茶ノ水駅をのぞむ

 オープニングが1番の「銀座」、続いて2番の「神田」と主題歌で描かれた土地が登場する。では3番「浅草」と4番「新宿」は?となるが、ちゃんとダンスホールでジャズを演奏する3番「ジャズ」サックスプレイヤー・船橋(井染四郎)と、その恋人で4番「ダンサー」のマキが物語を進めていく。ちゃんと歌詞に倣っての構成となっている。

 さて、ハト子はお茶の水から有楽町へ。聖橋の次のカットは、有楽町駅の銀座口から出てくるショットとなる。出勤したハト子に一郎が声をかける。クリーニング屋の店員たち(柳谷寛、星ひかる)も、若旦那とハト子の恋を応援している。

 颯爽とモーターバイクに乗り、銀座を走る一郎。新橋方向、マキと船橋が勤めるダンスホールへ、例のドレスを届けにいく。一郎と船橋は親友で、その恋人のマキともども、音楽の世界に夢を抱いている「仲間」である。この三人にハト子を加えた「仲良し四人組」の物語でもある。

 この頃のダンスホールは1曲一枚のチケット制で、男性客が、好みのダンサーを指名して踊る。その都度、客はダンサーにチケットを渡す。それがダンサーの収入源である。アメリカでは10セントダンスと呼ばれていたスタイルで、ドリス・デイがルース・エッティングを演じた音楽伝記映画『情欲の悪魔』(1955年・MGM)で歌う”TEN CENTS A DANCE”はこのシステムに倣ったもの。東京では1曲一枚のチケットが、昼は10銭、夜は20銭位が相場だった。20銭のチケットだとダンサーの取り分は4割の8銭。月収で80円から100円ぐらいだったようだ。

 マキと同僚(堤眞佐子)が、椅子に座ってお化粧を直しながら待機をしている。同僚を演じているのは、P.C.L.のトップスター・堤眞佐子。マキを演じている星玲子は、宝塚歌劇団出身で引退後、日活でトップスターとなり、音楽映画、ジャズ映画に数多く主演。古賀政男が主題歌「二人は若い」を手がけた『のぞかれた花嫁』(1935年・日活多摩川)のヒロインでもある。古賀政男と日活の関係もあり、また古賀政男シンガーの一人もあった星玲子が、P.C.L.に客演。なので堤眞佐子とデュエット・ダンスを踊るシーンは、二つの映画会社の看板女優の夢の共演でもあった。

 マキの恋人のジャズマン・船橋を演じている井染四郎も、日活のトップスター。僕の高校の大先輩でもある。旧制獨逸学協会中学校(獨協高等学校)卒業後、法政大学を中退。築地小劇場に入るも一年で脱退、自動車会社で働いたのちに、夏川静江に師事して、日活太秦撮影所に入社したのが1929(昭和4)年。大日向伝、小杉勇と同期である。内田吐夢に可愛がられ『ジャン・バルジャン』(1931年・日活太秦)でデビュー。その後、日活多摩川撮影所に移って現代劇のスターとなる。『のぞかれた花嫁』(1935年・日活多摩川)に特別出演。星玲子との共演も多く、日活は二人をユニットでP.C.L.に貸し出した。

その晩、仕事が終わり、一郎はいつものように、ハト子を誘って、物干し台のランデブー。銀座通り、七丁目方向からネオン瞬く情景を捉える。大正14年創業の松坂屋デパートのネオンに、モダン都市の夜をとらえる。イントロに続いて、一郎がアコーディオンを手に唄うは「恋の饗宴」(作詞:島田磐也 作曲:ファン・リョサス)。 

映画公開の翌年。1937(昭和12)年4月にリリースされた。ぐらもくらぶCD、佐藤利明、解説・監修「ザッツ・ニッポン・キネマソング 1931-1940」に収録。

 古賀政男のシティ・ソングの傑作をフィーチャーした、音楽映画『東京ラプソディ』(36年12月1日・伏水修)は、数あるP.C.L.の音楽映画のなかでも群を抜いている。劇中、野村俊夫作詞「青春の謝肉祭」、山川アサヲ作詞「別れの曲」など、古賀メロディが歌われるが、本CDに収録したのは、スペインのバルセロナ生まれのタンゴ作家・ファン・リョッサス作曲によるタンゴ「恋の饗宴」(作詞・島田磬也)。若原クリーニング店の若旦那・若原一郎(藤山一郎)が物干し台で、恋人・ハト子(椿澄枝)にアコーディオンを弾きながら甘く歌う。微笑ましい場面の曲。

「ザッツ・ニッポン・キネマソング 1931-1940」ライナーノーツより

ハト子の気持ち、一郎の気持ち。恋人たちの悩みはつきない。続いて、一郎が歌うのは「東京娘」(作詞・佐藤惣之助 作曲・古賀政男)。主題歌「東京ラプソディ」のカップリング曲である。その歌声が、夜風に乗って、隣の銀座ホテルへ流れてゆく。その一室で、原稿を執筆しているのが女流作家・晴美(伊達里子)。電話で担当者に原稿が遅れる旨を告げていると、部屋に入ってきたのが、金持ちのプロモーター・別井(御橋公)。二人は愛人同士のようである。別井が窓を開けると、一郎の「東京娘」が流れてくる。それを聞いた二人、気まぐれから、一郎を歌手デビューさせようと思いつく。

ホテルに呼び出された一郎とハト子。思わぬ展開に戸惑いながらも、千載一遇のチャンスを一郎は応じることにする。手放しで喜んだハト子だったが、翌朝、それを聞いたマキは、プロの歌手になったら女性関係で悩まされるかも?と、ハト子に釘を刺す。このシーンで、ハト子の部屋に貼ってあるポスターに驚いた。フレッド・アステアとジンジャー・ロジャース主演「有頂天時代」のアメリカ版ポスターである。日本公開が12月30日だから、まだ未公開のアステア作品を先取っていたのだ!

ハト子の部屋
有頂天時代

一郎のために、晴美と別井は銀座に芸能事務所を開設。その事務所開きの日に、晴美の友人のモガたちが、新聞で、話題の一郎の顔を見にやってくる。晴美はメディア対策も万全で、まだレコーディングしていないのに、一郎と恋人・ハト子の話題を新聞記事に。さて、晴美のお仲間のモガの一人に、PCLのスター梅園龍子もいる。本編では、ワンシーンの特別出演だが、クライマックスのナンバーに再度登場する。

ハト子とマキ、船橋は一郎の門出を祝って、アパートでささやかな宴を用意する。一郎も楽しみにしていたが、レコード会社の面々と、銀座のキャバレー「松美」で、打ち合わせに参加させられる。誰もが一郎の歌で、一儲けを目論んでいる。いつの世も同じ。

深夜になっても一郎は現れず、ハト子の寂しい日々が始まる。一方、一郎はデビュー曲「青春の謝肉祭」を吹き込み、銀座のレコード店の店頭には幟がはためく。インサートされる銀座風景がいい。銀座の柳、銀座松屋本店、数寄屋橋、泰明小学校、朝日新聞社東京本社の空を鳩が飛ぶ。また丸の内の東京海上火災ビル、お濠端の情景も活写される。「青春の謝肉祭」がヒットしていくイメージのモンタージュ。ハリウッドの音楽映画そのままに演出する伏水修のセンス!

銀座松屋本店

続いて、ラジオ局のスタジオで「恋の饗宴」を歌う一郎。歌声は電波に乗って、店番をするハト子にも届く。二人の想い出の曲を複雑な想いで聴くハト子。放送が終わり、ハト子のもとに駆けつけたい一郎。しかしそれも叶わない。

こうして一郎がスターになるにつれ、ハト子とはすれちがいになっていく。マキの懸念通りに、一郎と柳橋の芸者・蝶々(宮野照子)のスキャンダルが新聞のゴシップ欄に。なんのことはない、蝶々と一郎はおさななじみ。病気の父親のため、芸者となった蝶々を、一郎はなんとかバックアップしようとする。しかも借金があり、近く地方へ住み替えることになってる。

蝶々との仲が誤解を呼び、ハト子は悲しい日々。そんなハト子のために、マキと船橋はハト子を伴い、蝶々に直談判に行くが、全ての事情を知った三人は、一郎同様、蝶々を応援することに。同じ頃、一郎は、人気者であることへの疑問を抱いて、晴美に引退を申し出ていた…

といったメロドラマも少々あり、全てが氷解して、一郎は再び歌手活動をすることに。そこで用意された新曲が「東京ラプソディ」。すべてがクライマックスのこのシーンのため、というのがイイ。4分半に及ぶ「東京ラプソディ」のナンバーがとにかく素晴らしい。伏水修のセンスが凝縮された最高のシーンとなっている。

まず銀座の街角で藤山一郎とヒロイン・椿澄枝が1番をデュエット。2番を山縣直代、明治大学生(ニコライ堂の前、聖橋で)、3番を藤原釜足&岸井明、梅園龍子、中川辨公。間奏のピアノを千葉早智子が弾き(幻の4番)「花咲く都」を歌い、星玲子と堤眞佐子がダンスホールで踊りながらデュエット。この歌詞は、5番として用意されたが、最初のレコードではオミットされた「幻の5番」である。

♪花咲く都に 住んで 
変わらぬ誓いを 交わす
変わらぬ東京の 屋根の下
咲く花も 赤いバラ
楽し都 恋の都
夢のパラダイスよ 花の東京

そのまま銀座のダンスホールで、4番(5番)「新宿」を井染四郎が歌って、藤山一郎と椿澄枝が引き継ぎ、公園で竹久千恵子、神田千鶴子らP C Lスターが歌って大団円となる。

 このシークエンスは、ディミアン・チャゼル監督「ラ・ラ・ランド」のオープニング・ナンバー、"Another Day of Sun"と同じアプローチ。歌が伝播して、次々と人々にバトンタッチしていく。伏水修監督は、ルーベン・マムリーアン監督、モーリス・シュバリエとジャネット・マクドナルド主演『今晩愛して頂戴ナ』(1932年・パラマウント)の「ロマンチックじゃない?"Isn't It Romantic?"」(リチャード・ロジャース作曲)の演出を意識している。ディミアン・チャゼル監督もまたしかり。

昭和11年のモダン東京の空気、シティソングの晴がましさ。PCL映画のモダニズムを支えた伏水修監督の才気!映画史に残る音楽映画のエポックである。


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