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『春の目ざめ』(1947年11月25日・東宝・成瀬巳喜男)

 成瀬巳喜男研究で、8月27日(土)『春の目ざめ』(1947年11月25日・東宝)をスクリーン投影。昭和22(1947)年、成瀬としては『四つの恋の物語』第2話「別れも楽し」(同年)に続いて撮った青春映画。未ソフト化なのでテレビ放映のVHS録画をスクリーン投影。地方の小都市を舞台に、戦後の自由な空気を謳歌する若者たちと、戦前からの古いモラルに縛られる大人たちの拮抗を描く。『青い山脈』(1949年・今井正)のプロトタイプともとれる。ちょうどこの作品が公開されたのは、石坂洋次郎が朝日新聞で「青い山脈」連載(1947年6月9日〜10月4日)終了1ヶ月後の1947年11月2日。なので設定や雰囲気はよく似ている。

 ヒロインは、一見リベラルだが保守的な家庭で育った中学生・広部久美子(久我美子)は女学校の三年生。同級生の待合の娘・竹村花恵(木匠くみ子)、町井京子(国井綾子)の仲良し三人が、思春期の身体の悩み、異性への目覚めなどと向き合いながらの日々を明朗に描いている。久我美子、木匠くみ子(木島久美子改め)、國井綾子の三人とも第1期東宝ニューフェース。

 久美子の父・宗治(石黒達也)は堅実なサラリーマン、母・まさ(村瀬幸子)は優しい理想的な母親だが、こと性の問題には保守的。女中が出入りの闇屋の男と付き合っていることが近所の噂となり、彼女に暇を出してしまうが、その理由を娘には話さない。「どうして赤ちゃんができるの?」という素朴な疑問には「結婚したらわかる」と話題を逸らせてしまう。僕らの世代でもそういう親はいたが、戦後のリベラルなムードのなかでは「旧態依然」の象徴として描かれる。

 一方、宗治の囲碁仲間で、町医者の小倉憲造(志村喬)と妻・けい(英百合子)は進歩的な夫婦。その息子で高校生の浩司(杉浩之)は、久美子の幼馴染で二人はオープンに付き合っている。適齢期の姉・和子(壬生亨子)が嫁入りするので心穏やかではない。姉のセックスが気になり、あっけらかんとしている姉に対して、自分の気持ちの整理がつかない。後半、久美子への思慕を募らせる浩司に、父・憲造は性科学の本を渡して「よく読んでおきなさい」と、年頃の男の子に寛大な理解を見せる。浩司を演じている杉浩之は、喜劇俳優・杉狂児の次男で、杉義一の弟で、杉幸彦の兄。なかなか端正な顔立ちである。

 また、花恵の母・竹村たま(飯田蝶子)は女手一つで、長男・国男(近藤宏)と花恵を育ているが、屈託がまったくない。待合の女将で、芸妓たちに三味線の稽古をつけている。娘たちの自由恋愛にも理解がある。国男を演じている近藤宏は、後年、日活アクションの悪役として活躍するバイプレイヤーとなるが、昭和19年、日大芸術学部在学中に東宝に入社。専属俳優として、昭和28年に退社するまで、成瀬映画にもしばしば出演している。

 さて、仲良し三人組の久美子、花恵、今日子は、花恵の兄で高校生の国男、久美子の幼馴染で医者の息子の浩司、そしてバンカラの伸吉(星野和正)たちとグループ交際をしている。花恵の家で勉強をしたり、他愛ない交際だが、ある日曜日、一緒に出かけたハイキングで撮った、久美子と浩司の2ショット写真が、学校の先生にバレて大問題となる。

 身体検査のシーンで、計測する生徒役で杉葉子さんがワンシーン出演。これまた予見の作品である。クライマックスは、久美子がなんとキスをしてしまい思い悩む。同級生・明子(花房一美)の妊娠など、八住利雄と成瀬巳喜男監督によるシナリオは、『青い山脈』よりもセンセーショナルな内容(ってほどじゃないけど)となっている。

 映画の舞台は明確にされていないが、撮影は長野県松本市でロケーション。浩司の姉・和子の嫁入り行列を、久美子と妹が見送るシーンは、女鳥羽川の中の橋で撮影。クサクサした国男たち高校生三人組が、河原でキャッチボールをして、花恵と京子が水遊びをする川は奈良井川。その時に、明子が恋人と何か話をしている橋は、奈良井川にかかる松島橋。


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