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 『青い山脈』(1949年・今井正)の大成功により、東宝から独立して、藤本プロダクションを設立した藤本真澄は、次々と石坂洋次郎原作映画を手掛けていく。映画により石坂小説はさらに売れ、新聞や雑誌の連載は、映画化を前提にしたものが多くなってきた。藤本真澄も石坂洋次郎も「持ちつ持たれつ」で、それぞれが時代を作っていくことになる。のちの角川映画の出版と映画のメディアミックスの原点がここになる。映画ビジネスにより、出版ビジネスが潤うというスタイルに、さらに拍車がかかってくる。

 藤本真澄は『青い山脈』に続いて、石坂洋次郎原作で『石中先生行状記』(1950年・新東宝・成瀬巳喜男)、『山の彼方に』二部作(1950年・新東宝・千葉泰樹)、『若い娘たち』(1951年・東宝・千葉泰樹)、『戦後派お化け大会』(1951年・新東宝・佐伯清)とコンスタントに映画化を続けてきた。

 同時に、『ホープさん サラリーマン虎の巻』(1951年・東宝・山本嘉次郎)を皮切りに源氏鶏太のサラリーマン小説を続々映画化。昭和20年代後半から、石坂洋次郎と源氏鶏太原作作品を中心に、娯楽映画の黄金時代を築いていく。いずれも「戦後の新しいモラル」をテーマにした「ユーモア小説」だが、同時に藤本は、戦前から連綿と続く、松竹大船調への憧れもあり、敬愛する松竹の城戸四郎プロデューサーの映画作りを常にイメージしていた。

 というわけで、藤本がプロデュースする作品は、ホームドラマにせよ、サラリーマン映画にせよ、戦前松竹映画で成功したスタイルの作品がその根底にある。石坂洋次郎原作の映画化でも、戦前からの松竹映画のスターをずらりと揃えて、華やかなオールスター映画となっている。

 さて、東宝創立20周年となる昭和27(1952)年は、サンフランシスコ講和条約の発効により、連合軍による占領が解かれ、本当の意味での自由な空気が日本中に溢れていた。その1月27日に公開された『青春会議』は、石坂洋次郎が小説新潮で発表した「楽しきわが家」を、長谷川公之が脚色。杉江敏男が演出した。

 長谷川公之は、千葉大医学部卒業後、軽視調鑑識課法医学教室勤務後、昭和25(1950)年に新東宝『君と行くアメリカ航路』(島耕二)で脚本家デビュー。のちに東映「警視庁物語」シリーズを手がけることになるが、そのキャリアと緻密な構成力を高く評価した藤本真澄に重用され、戦前松竹サラリーマン映画のリメイク『若人の歌』(1951年・東宝・千葉泰樹)のシナリオを井手俊郎と共同執筆。これが東宝サラリーマン映画の実質的な第1作となった。

 杉江敏男は、早大卒業後、昭和12(1937)年にP.C.L.に入社。製作主任(戦前東宝での助監督表記)として山本嘉次郎、豊田四郎、島津保次郎、成瀬巳喜男に師事。黒澤明のデビュー作『姿三四郎』の製作助手も務めた。昭和25(1950)年、オリジナル脚本の『東京の門』(主演・越路吹雪)で監督デビュー。いわば東宝娯楽映画のホープとして、藤本プロ製作の『その人の名は云えない』(1951年)、『哀愁の夜』(1951年)と、二本の井上靖原作映画を手掛け、藤本のお気に入りだった。

 というわけで『青春会議』は、藤本にとっては「若手の秘蔵っ子」による「安定の石坂洋次郎作品」であり、キャストも藤本の「松竹好み」が随所に感じられる。ヒロイン、杉葉子のパパとママは、山村聰と三宅邦子。翌年の小津安二郎の『東京物語』(1953年)の長男・平山周吉夫妻である。さらに、ニューフェイス・岡田茉莉子の母・杉村春子の仕事は美容院経営。これも『東京物語』の長女・志げと同じ。遅れてきた映画ファンとしては、小津映画よりも先に、小津映画的キャスティングをしている!と思ってしまう。

 依田春樹(山村聰)と宗子(三宅邦子)夫妻は、長女・久美子(杉葉子)は現代的な女の子、年の離れた長男・春雄(萩原正恒)と次女・恵子(緑川紀子)と、何不自由ない暮らしをしている。依田家があるのは大田区田園調布。

 成人直近の長女と、小学生の弟と妹。長谷川町子の新聞連載漫画「サザエさん」と同じ家族構成である。この頃、歳の離れた姉弟が多かった。戦前に生まれた長男・長女と、戦後生まれの次男・次女。ごく普通の庶民にも戦争の影があった。なので、今の目で見ると不思議なことかもしれないが、当時はごく普通のこと。

 トップシーン。電柱に「家庭教師致します 当方西城大学経済学部学生 世田谷区奥沢六丁目 石井方 村瀬正吉」「下宿を求む 当方西城大学文学部学生 目黒区自由が丘2丁目 伊東大悟」と1枚のビラに二つ書かれた貼り紙をしているのは、新人・小泉博演じる、家庭教師先を探している大学生・村瀬正吾。もう一人の下宿を探している大学生・伊藤大悟には『青い山脈』のガンちゃん・伊豆筆。

 真面目な好青年・小泉博と、バンカラ学生・伊豆筆。のちの『大学の人気者』や『大学の若大将』など、藤本が好んで作ったカレッジ・コメディの原点でもある。

 やんちゃざかりの長男と次女のために、家庭教師を探していた依田家。さっそく、村瀬(小泉博)を採用。こうして村瀬が依田家を訪ね、久美子と村瀬との関係が始まる。

 一方、村瀬の親友・伊東大悟(伊豆筆)が見つけた下宿先は、小さな美容室の二階。その家はオーナー高木民代(杉村春子)と快活な娘・貞子(岡田茉莉子)の二人暮らし。ある時、村瀬と久美子、伊東と貞子の四人が、スケートリンクでダブルデートをして、仲良くなる。そこで貞子は久美子に、不思議な親近感を覚える。

 この映画を観ていると、あれ、どこかで観た話だなと感じる。のちの石原裕次郎と北原三枝の『陽のあたる坂道』(1958年)とこの『青春会議』はよく似た物語なのだ。

 春樹と宗子をパパ、ママと呼び、いつも明るく元気な久美子だが、優しいママが実母ではなく、実はパパの先妻の子であること、その母は三つの時に亡くなっていることを、村瀬に告白する。ところが、弟・春雄が両親の会話を聞いて、本当のお母さんが生きていることを作文に書いたことで、久美子は衝撃を受ける。

久美子「私のお母さんは、どこにいるんです?」
春樹「そう遠くないところにいる。村瀬くんの友達が下宿している美容院の・・・」
久美子「・・・」
春樹「もう18年ほどになるが、お前に対する責任は十分感じてたんだ。私も、お前のお母さんも・・・」
久美子「お母さんに責任なんか無いはずです」
春樹「そうかも知れん。いずれわかることだ」
久美子「何がわかるんでしょう?」
春樹「私たちの離婚の理由だよ」
久美子「どんな理由があるんです?」
春樹「私の口からは言いたくない。お前が民代に会って、直接聞いたらいい」
久美子「聞かなくたって、わかります。男の人は勝手過ぎるんだわ。私今まで、ずいぶんパパに感謝してました。尊敬もしてたわ。でも、もう感謝できない。尊敬なんかできない」
宗子「いいえ、それは間違っててよ」
久美子「どうして間違いなんでしょう」
宗子「あなたのお父様、良い方よ。立派な方よ」
久美子「ママに・・・あなたにとってはね」
宗子「いいえ、久美ちゃんにとっても、あなたのお母様にとっても。そりゃ人間ですもの、誤解されることだってあるでしょう。パパはあまり細かい事に気を使ったりなさらないのよ。でも、それは端からそう見えるだけであって、本当はずいぶん色々と考えてくださるのよ。12年も経って、私はこの頃、ようやく分かってきたのよ。こんな事言っちゃなんだけど、あなたのお母様には、パパの良さが十分にお分かりにならなかったんじゃないかしら」
久美子「それはあなたの理屈だわ。お母さん一人を悪者にする」
春樹「久美子!何を言うんだ」
久美子「あなた方二人でお母さんを苦しめて、不幸にしている。可哀想です。可哀想です!」

 パパとママを激しく糾弾する久美子。後半、セリフの区切りごとに、杉葉子の顔が次々アップになる。ヒッチコックを敬愛する杉江敏男らしい、斬新なカットの積み重ねで、久美子のパッションを表現している。

 石坂洋次郎文学では定番の「出生の秘密」がここで顕在化してくる。しかも、久美子の実母は、美容院の高木民代であることがわかる。なぜパパは、実母と別れてママと一緒になったのか? 苦悩する久美子。ここから石坂文学らしい展開で、久美子のために、宗子が先妻である民代を尋ねて「あなたの納得する方法で、久美子と接してください」と頼むのである。初対面の先妻と後妻は、一人の男性を愛したということで、不思議な連帯感がある。三宅邦子と杉村春子の芝居がいい。

 そして、家を飛び出した久美子が民代を訪ねてくるクライマックス。一度は宗子のために、赤の他人のふりをする民代。それでも納得がいかない久美子は、閉店した美容室を訪ねて「セットをして」と頼む。ここでの二人の会話は、恩讐を乗り越えた母娘の情愛溢れる名場面である。

屈託を乗り越えて、現実を受け止め、明日に向かって歩んでいく。石坂洋次郎映画で、この後、繰り返されるヒロインの生き方は、この映画から始まっている。

タイトルの「青春会議」に相応しく、最後に、春樹・宗子、伊東・貞子、そして村瀬が依田家の応接間に集まり、久美子を交えて、お互いの気持ちを話す。わだかまりが一気に溶け、久美子と貞子は姉妹の名乗りをあげる。「過去」を乗り越えた久美子の「明日」を受け止めてくれる村瀬の存在。これから二人の交際が始まる。

 なんだか日活青春映画、石原裕次郎や吉永小百合の映画を観ているような気分になるが、この『青春会議』がその原点でもある。特に物語の構造は、杉葉子を裕次郎に、岡田茉莉子を川地民夫に、杉村春子を山根寿子に置き換えると『陽のあたる坂道』と同じである。

川地民夫の役名は高木民子、杉村春子の高木民代と重なる。

また、最後に、伊東が立ち上がり、哲学の一節を引用する。『青い山脈』のP T A会議のガンちゃんのセリフのリフレイン、という楽屋オチもある。藤本真澄は、この年、東宝創立20周年記念作品『丘は花ざかり』を、さらなるオールスターキャストでプロデュースすることとなる。



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