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『鰯雲』(1958年9月2日・東宝・成瀬巳喜男)

7月20日(水)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男監督特集。成瀬初のカラー、東宝スコープ大作『鰯雲』(1958年9月2日・東宝)をスクリーン投影。VHS録画を再生。

ポスター

淡島千景、司葉子、新珠三千代、木村功、小林桂樹、太刀川寛、水野久美、加東大介、そして中村鴈治郎(大映)のスターを揃えたキャスティングは華やか。しかしテーマは、神奈川県厚木市の農村を舞台に、戦後13年、農地改革後も残る、昔ながらの「本家と分家」「嫁取り」「子供の独立」「嫁姑の確執」など、さまざまなエピソードが綴られる。農村文学の雄・和田傳の原作を、これも成瀬映画は初めての橋本忍が脚色。キャメラ・玉井正夫、美術・中古智、音楽・斉藤一郎、といつもの成瀬組のスタッフがサポート。

八重(淡島千景)は、豪農の本家の妹として農家に嫁いだが夫は戦死。戦後、息子(久保賢・のちの山内賢)を育てながら、姑・ヒデ(飯田蝶子)のイジメにも耐えながら逞しく生きてきた。助学校出のインテリで、戦後のリベラルな空気のなか、農家の嫁でも女性としての自己主張をすべきと考えている。

そこで東洋新聞・横浜支局・厚木通信部の記者・大川(木村功)の取材を受けて、自由に語る。そんな八重に惹かれる大川は、妻子がありながらも、八重と不倫の関係となる。大川と付き合うことで、女性としての潤いを取り戻して、どんどん美しく、イキイキしてくる八重を、淡島千景が好演している。

一方、八重の兄・和助(中村鴈治郎)は、同じ村に住む、親子九人の大所帯。かつては十町歩からの大地主だったが、戦後の農地改革で、一町八反しか残っていない。しかし本家としての意地もある。そんな和助は、嫁の働きが悪いと、親に何度も結婚させらて、その傲慢な態度とは裏腹の気弱な男だった。

その和助の長男・初治(小林桂樹)の嫁探しを頼まれていた八重は、大川に紹介された、少し離れた村(神奈川県厚木市の半原)の娘・みち子(司葉子)のことを調べるために、山奥の村へ。この夜、八重と大川は初めて結ばれるが、さすが成瀬、艶っぽいというか、農家の嫁と記者の不倫という下世話な感じではなく、これまで通りの「男と女の縁」を巧みに描いている。

さて、みち子の継母・とよ(杉村春子)は、かつて暇を出された和助の最初の妻だった。それもあって、八重はこの話を積極的に進めることに。とよの口から語られる、当時の農家の嫁の悲惨な境遇。嫁をモノとしてしか扱わない舅、姑たちのエゴイズム。それを当然のこととしていたかつての日本の農村。そうした「問題」が随所に浮かんでくる。

その古い体質の象徴としての中村鴈治郎と、新しい戦後女性のあり方を提示する淡島千景。この対比が鮮やかで、ドラマは、和助の子供たち。長男・初治(小林桂樹)、次男・信次(太刀川寛)、三男・順三(大塚国夫)のそれぞれの生き方を通して、古い農家の解体を緩やかに描いていく。

とはいえ、東宝オールスターが演じているので、誰もが都会風の言葉を喋り、身綺麗にしている。和助の妹・やすえ(賀原夏子)は分家・大次郎(織田政夫)に嫁ぎ、高校生の娘・浜子(水野久美)は大学進学を考えている。しかし和助は猛反対。「分家の娘に学問などいるものか」と。実は自分の子供たちよりも学歴があっては示しがつかないという理由なのだが。

登場人物たちが出かける厚木の街。銀行勤めの信次(太刀川洋一)と従兄妹・浜子(水野久美)が映画館に行く途中にある「おかしの千石屋」は、現在でも厚木市中町で「菓子問屋千石」として営業している。その「千石屋」の店先に、フェデリコ・フェリーニ監督『カビリアの夜』(1957年・日本公開11月9日)。映画館のメインの手描き看板には、ビリー・ワイルダー監督『翼よ!あれが巴里の灯だ』(1957年・日本公開8月15日)スタンリー・キューブリック監督『現金に身体を張れ』(1956年・日本公開1957年12月10日)上映中。次週上映の立て看板はワイルダーの『昼下りの情事』(1957年・日本公開8月15日)

さて、和助は、その浜子を三男・順三と結婚させて、分家の土地を得ようと画策。しかし浜子は、商業学校を出て地元の銀行に勤めている次男・信次に好意を寄せていて、二人は付き合うことに。また、長男・初治の婚礼費用が足りないので、分家から借金をしようとしたり、和助の時代錯誤は甚だしい。

といった「現代・農家事情」を描いているので、今回は、いつものような「男と女の腐れ縁」「ダメ男」は登場しない。あくまでも華やかな東宝オールスター映画となっている。

ワンシーンながら、青年部の若者役で若き日の毒蝮三太夫=石井伊吉が出演。小林桂樹と絡むシーンがある。この共演が縁で、マムシさんが結婚するときに、小林桂樹夫妻が仲人をつとめた。

厚木、登戸を中心にロケーション。風光明媚、ローカリズム溢れる風景が東宝スコープいっぱいに拡がる。世田谷区砧の東宝撮影所からアクセスも便利なエリアでもある。八重が耕運機で畑を耕すシーン、雄大な風景のなか、背景には神奈川県丹沢の大山が見える。後半、免許取り立ての千枝(新珠三千代)が運転するクルマで、大川と八重が送ってきてもらうのが、小田急線の厚木駅。国鉄相模線と高架の小田急線の連絡階段は、当時は屋根がなく、剥き出しになっている。その次のシーン、東京本社に転勤が決まった大川記者と、別れたくない八重は、多摩川のボート乗り場で口論をする。このボート乗り場は、小田急線登戸駅近くにある。


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