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『水滸伝』(1942年7月2日・東宝映画・白系・岡田敬)

 戦時下に作られたエノケンの大作映画。昭和15(1940)年の『孫悟空』(山本嘉次郎)の大成功を受けて企画された。映画製作中の昭和17(1942)年6月5日は、太平洋戦争の戦況が一変する「ミッドウェー海戦」が始まり、日本海軍の主力航空母艦四隻が轟沈され、全ての艦載機と搭乗員を多数損失。太平洋戦争における日米間の海空戦力比が逆転、以後戦況は悪化の一途を辿ることに。

 エノケンこと榎本健一としては、この年、長谷川一夫とのミステリー時代劇『待って居た男』(4月23日)に続いての2本目の映画となるが、ミュージカル・コメディとしては久々の大作となった。明の時代に書かれた長編白話小説(口語体文学)「水滸伝」を、エノケン映画らしく自由脚色。エノケンは「水滸伝」のはみ出しキャラクター、梁山泊第二十二位の好漢・黒旋風李逵(こくせんぷう・りき)をコミカルに演じている。「水滸伝」では怪力で武芸に秀でた豪傑で「鉄牛」と呼ばれた快男児。しかし、思い込みが激しくて、先輩たちや師匠に相談もせずに、大胆な単独行動を取ってしまい、それで周りに迷惑をかける。つまり『孫悟空』的な暴れん坊。その李逵を、暖かく見守る梁山泊の面々だが、その血気ゆえに、ついには追放されてしまう。

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 その後悔と反省、成長を描いていくドラマが内務省検閲的にはO Kだったのだろう。脚本は映画評論家で、『風車』(1938年・東宝映画京都)の監督でもある岸松雄。エノケン映画では前年の正月映画『エノケン・虎造の春風千里』(1941年1月4日・石田民三)を山崎謙太、大和田九三と共同執筆している。『孫悟空』同様、随所に、主人公たちの心情を歌い上げる「オペレッタ形式」で、音楽監督・作曲は服部良一。そして宝塚歌劇団第16期生・草笛美子(1940年に退団)が、李逵の憧れの遊芸人で本作のヒロイン・翠蓮にキャスティングされ、美しい歌声と踊りを随所で披露する。また東宝映画のアイドル的存在(まだそういう言葉はなかったが)高峰秀子が、英傑・九紋龍史進(くもんりゅう・ししん・佐伯秀男)の可憐な妹・梨花として、これまた美しい歌声を披露する。

 さらに東宝喜劇ではお馴染みの徳川夢声が、「スターウォーズ」におけるジェダイ・マスターのような役割の人知を超越した老道士・羅真人(らしんじん)を飄々と演じ、クライマックスでフライングしてしまう李逵を叱る。ヨーダのような存在というとわかりやすい。そしてワンシーンながら、われらが「アーちゃん」こと岸井明が、敵側のスポークスマン・チャオチャンチュウとして登場、一曲自慢の喉を披露してくれる。そして、どんなときにも観客が期待している、アノネのオッサンこと高勢實乗が、またまた怪しいキャラクターで登場。最新兵器「石火矢」を発明した発明博士・轟天雷(とどろき・てんらい)を怪演!

 円谷英二の名前はクレジットされていないが、円谷が課長を務めていた「東宝特殊技術課」による特撮シーンがふんだんにある。梁山泊の全景のミニチュアワーク、石火矢実験で爆破される建物、クライマックスの山の爆破シーン、そしてグラスワークによるエキゾチックな中国の奇岩の風景などなど。轟天雷(高勢實乗)による石火矢のデモンストレーションの場面は、アノネのオッサンと東宝特撮の夢のコラボレーション!

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 ストーリーはシンプルで、ダースベイダー的な悪の親玉・高大臣(高堂国典)とその息子・高衛内(如月寛多)たちの圧政に苦しむ領民を救うため、梁山泊の英傑たちが戦いを挑むというもの。そこに、血気盛んな李逵(エノケン)、その親友で梁山泊第二十位の載宗(藤原鶏太・藤原釜足改め)の友情。さらに、李逵は梁山泊第十三位の豪傑・花和尚魯智深(かおしょう・ろたつ・嵯峨善兵)と共に、高衛内(如月寛多)たちと大暴れする。その親友にして、本作のヒーローが、梁山泊第二十三位の九紋龍史進(佐伯秀男)。さらに、李逵が旅の途上で出会う、自分のニセモノ・鄭屠(エノケン三役の一つ)での、ダブルエノケン共演の笑いや、鄭屠の妹(宏川光子)のずる賢いアイデアで、梁山泊がピンチに陥ったりと、波乱万丈の冒険譚が、笑いとともに繰り広げられる。

 ちなみに載宗(藤原鶏太)は、「水滸伝」では「神行法」という最速で走れる道術の使い手。この映画でも胸に「足が速くなるお札」をつけて、韋駄天のごとく走る。駒落としで走る載宗のコミカルな動きに、当時の子供たちは目を見張ったことだろう。

 子供たちにもわかりやすく「御伽噺」のように楽しんでもらうために、トップシーンは、エノケン演じる旅の遊芸人(三役の一つ)が、女の子や子供たちにせがまれて「水滸伝」の話をするところから始まる。戦後、リメイクされた、三木のり平の『孫悟空』(1959年・山本嘉次郎)はこのスタイルを踏襲している。

M1【旅の遊芸人の歌】エノケン・娘たち

♪(エノケン)昔、昔の その昔
ずうっと昔の また昔
天下は朝と 掻き乱れ
どうにもならない 頃のこと 

♪(娘たち)おじさん それから
それから ねえおじさん

♪(エノケン)勝手きままな 王様と
悪い役人 うんといて
民百姓は 大困り
民百姓は 大困り

♪(娘たち)それから おじさん
ねえ おじさん

♪(エノケン)捨てておいては 一大事
民を救うは 我が務め
梁山泊に 集まって
英雄豪傑 きもねる

 ここでカメラはパンをすると「水滸伝」の時代へとバック・トゥしていく。ミニチュアで組まれた街並み、そして「梁山泊」の石碑。歌声は英傑たちの勇ましいものに変わっていく。ここで主題歌「梁山泊の歌」(作詞・サトウチロー 作曲・服部良一)が、英傑たちによって歌われる。

M2【梁山泊の歌】英傑たち

  ♪この槍 
 この盾
 この剣
 梁山泊の 面々よ
 巌も砕く この腕(かいな)

 忠義堂で拝む、梁山泊の英傑たち。「軍歌」と同じ、観客を高揚させる勇ましさ。のちのアニメソングのような作り方。忠義堂では、英傑たちが作戦会議。近頃は高大臣(高堂国典)たちがせめて来ないのは、恐れをなしたとみえ「若い連中もさぞかし退屈しているだろう」と床仁(柳田貞一)。「退屈を通り越して気が立って困る」と上官たち。

 庭先では退屈を持て余した若い英傑たちが、武器を手入れしたり、ため息混じりに過ごしている。その中で、酒を煽っているのが、のちに梁山泊第二十二位となる好漢・黒旋風李逵(こくせんぷう・りき・榎本健一)。仲間達が、李逵にせがむのは、「虎退治」の武勇伝。そこで李逵が、酒をグッと飲み干して、歌い出す。

M3【虎退治の唄】エノケン

♪語れば長―い ことながら
 ちょっくらお聞かせ いたそうか 
 それは去年の それは去年の
 それは去年の ことだった

♪おふくろ背負って 山道を
 えっちらおっちら 登りゆく
 もうじき峠だ 峠でどっこい
 ちょいとここらで ひと休み

 李逵は背負っていたお母さん(もちろん、英百合子!)を竹藪のなか、木の切り株に降ろし「お袋さまには、さぞお疲れのことでございましょうが、村まではもはや、間近でござりますれば、今しばしのご辛抱を」と親孝行なところを見せる。「母に尽くす」ということも国民の大事な使命。「この上の望みは、水を一口、飲ましてくりゃれ」と母の望みを叶えるべく、李逵は谷川へ水を汲みに。そこへ竹藪から、大きな虎が出てきて、お袋さまを襲ってしまう! 李逵が駆けつけるが時すでに遅し!「お袋さまにはひょんな姿におなれなさりましたなぁ」。そこで近づいてきた虎に「お袋さまの仇!」と、李逵は素手で猛獣と格闘。

 エノケンとぬいぐるみの虎の対決だが、このシーン、白い土煙が、竹藪の中を舞い上がり、キャメラは、格闘に合わせて移動。のちの『フランケンシュタイン対地底怪獣』(1965年・本多猪四郎)のような迫力がある。なるべく虎の姿を見せず、しかしエノケンがどんな風に戦っているのか、ウルトラマンのように跨ったり、ついにはヘッドロックをして仕留め、自慢の斧で、斬首する。当時の子供たちには、十分怖かったと思う。コントのような虎だけど、演出の力を感じる。で最後は虎の首を、ゴルフみたいにナイスショット!で飛ばす。

♪どうだ聞いたか てなもんじゃ
 あっさり 俺の腕前は 
 てなてなもんじゃ てなもんじゃ
 ねぇ!(ジャーン)

 お袋さまを亡くしているのに、武勇伝としてしまうのもすごいが、エノケンの体技と、歌声の良さが味わえる。そんな李逵に「これからすぐに高大臣の城下へ行ってくれないか」と呉用(小杉義男)が命を下す。「じゃ、いよいよやっつけるんですか?チキショウ、シメたぞ」と大喜びの李逵に「ただ敵を偵察してくればいいんだ」と呉用は念を押す。さらに条件を出す。「お前は気のいい男だが、酒を飲んだら事を壊す。当分酒がやめられるかどうか?」「もう、それは役目の済むまでは絶対に酒なんざ」とあくまでも軽い李逵。

 こうして高大臣の城下に潜入した李逵。早速高大臣の横暴に、庶民が苦しんでいるのを知り、立ち上がろうとすると「邪はそれ正に適せずじゃ、焦るな李逵」と梁山泊第四位の公孫勝一清道人(汐見洋)に止められる。オビ=ワン・ケノービのような役割で、梁山泊のリーダー的存在。道術の仙人・羅真人(徳川夢声)の弟子で、法術使いでもある。一清道人というと、今川泰宏監督のアニメ「ジャイアントロボTHE ANIMATION-地球が静止する日」(1992年)にも登場、ちなみに同アニメには李逵も「黒旋風の鉄牛」というキャラとして登場している。

 城下に李逵がたどり着くと、美しい歌声の翠蓮(草笛美子)が、踊り手たちを従えて歌っている。

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M4【楽しやこの宵】草笛美子

♪花見のことさえ 嬉しきこの日
 朝日もあちこち 浮かれて灯る
 ちょいと歌おうか ひと節を
 歌え 歌え 
 楽しやこの宵 楽しやこの宵
 祭りを 祭りを
 夜の花か ちょうちん ロンロン
 開くよ 開くよ

 そこへ高大臣の息子・高衛内(如月寛多)が翠蓮に懸想して、部下の王泗(中村是好)に指示をしてモノにしようとする。街では、李逵が、厳しい坊主・花和尚魯智深(嵯峨善兵)と出会って仲良くなる。この出会いのシーンも唄で描かれる。名前を聞かれた李逵が唄い出す。

M5【黒旋風李逵の唄】エノケン

♪耳の穴をば かっぽじり
 聞いて抜かすな その腰を
 聞いて潰すな その肝を
 そっくり返るな 驚くな

♪かくいう拙者 我こそは
 以前は田舎の お役人
 酒とお節介が たまにキズ
 それゆえ浪人 いたしたが
 大きなオノを 
 ビュンビュンビュン ブルー

♪谷の河瀬の 水ぐるま
 子供の喜ぶ 風ぐるま
 回して 正義の味方する
 色が黒いが 暴れたら
 嵐の風か つむじ風
 世間のシト(人)が 誰も言う
 黒旋風の李逵さまだ〜

M6【花和尚魯智深の唄】嵯峨善兵

♪聞いて驚く 俺じゃない
 こっちは元は 連隊長
 それから次には 大僧正
 愛嬌たっぷり 丸坊主
 三百金の 鉄棒を
 木柄(こがら)の如くに 振り回し
 諸国を巡って 邪を倒す
 花和尚魯智深(かおしょう・ろちしん) 
    この俺だ

M7【黒旋風李逵の唄】エノケン

♪笑わしやがる この坊主
こっちは身体は 小さくとも
度胸は山より でっかいぞ〜
おまけに丈夫な 心臓だ〜
ピチピチあふれる 力こぶ〜
モリモリいつでも 盛り上がり
いざと言うときゃ 役に立つ
そこが値打ちの 俺さまだ〜

 完全にエノケン・オペレッタのスタイルで、それが楽しい。二人はすぐに意気投合。「面白そうなやつだ、近づきの印にいっぱいやろうじゃないか」と魯智深に誘われるままに、李逵、すぐにご酩酊(笑)その酒家の別な部屋では、好色な高衛内(如月寛多)が、翠蓮(草笛美子)を口説いている。嫌がって逃げる翠蓮「どうぞ、どうぞ離してください」。その騒ぎを聞きつけた李逵がひと暴れ、高衛内の手下を倒してしまう。その酒家に、たまたま居合わせた九紋龍史進(佐伯秀男)が、翠蓮を助けて自分の屋敷で匿うこととなった。

 酒の勢いで、李逵が出過ぎた真似をして、偵察すべき敵の配下を殺してしまったことに、魯智深は憤慨。直ちに李逵の乱行が、梁山泊に伝わってしまうと脅かされる。それでは困る李逵、なんとか治るようにせねばと、魯智深は昔馴染みの九紋龍史進にとりなしてもらおうと、翌日、史進の屋敷を尋ねることに。

 一夜明けて、史進と翠蓮は良い仲に、それを史進の妹・梨花(高峰秀子)も快く思っている。とまあ、こんな風に、役者が揃ってくる。史進は李逵に下手な小細工をせずに、一刻もはやく梁山泊に帰ることを進める。「なあ和尚、俺はおっちょこちょいだったなぁ」と猛反省する李逵。そこへ妙なる音楽が流れてくる。庭で、睡蓮の花を愛ながら翠蓮が歌を歌い出す。李逵は、昨夜、翠蓮に一目惚れしていたのだ。

M8【翠蓮の歌】(作詞・サトウハチロー 作曲・服部良一)草笛美子 1942年7月発売

♪咲けよ 咲け咲け
 情けの縁に 白く睡蓮
 咲けよ 咲け
 のぞみ微かな 朝の虹
 消えちゃいけない 今しばし

史進も李逵も、その美しい歌声に惚れ惚れする。

♪咲けよ 咲け咲け
 真心色に 紅く牡丹よ
 咲けよ 咲け
 吹くはそよ風 朝の風
 せめて心に 今しばし

 そこで、李逵は昨日、拾った花簪を翠蓮にプレゼントする。喜んで「落としたものと諦めていましたのに、拾ってくださったのね、ありがとう」と翠蓮。そこで、李逵は翠蓮の心は自分ではなく、史進に向けられていることを知り大失恋。そんな李逵に梨花は心惹かれ始めていた。夜の草原を逍遙する李逵は、失恋の歌を唄う。

♪いと寂しい
 花簪の 揺れる音
 悲しく 今も胸を打つ
 いと寂しい
 黄昏時の 夕靄に
 悲しく 消えしわが想い

 突然「なんだこのやろ!」とエノケンの声がする(笑)「めそめそした唄なんか歌いやがって、男らしくない」と一喝する。「俺は豪傑だ、豪傑だが、時にはちょっと感傷的な気持ちになることもある」と李逵。「飛んだ豪傑だ!おい、ぐずぐず言わずに身ぐるみ脱いでおいていけ!」と髭面のこの男、山賊・鄭屠(エノケン)である。しかもあろうことか「何を隠そうこの俺は、梁山泊の豪傑・黒扇風李逵なるぞ!」とニセモノだったのだ。エノケンの二役は『エノケンの近藤勇』(1935年・山本嘉次郎)や『エノケンのどんぐり頓兵衛』(1936年・同)など、エノケン映画ではお馴染み。ここでも二重露光によるツーショットで、本物とニセモノの李逵の対峙シーンと相成る。

 その後、なぜか「親孝行」と言うキーワードで意気投合、李逵はニセモノ・鄭屠の家で。お母さん(川田晶子)の手料理と御酒でまたまたご酩酊。ここでも「♪虎退治の唄」を披露する。歌っているうちに寝てしまうが。そこで鄭屠に財布を奪われるが、帰ってきた妹(宏川光子)に「そんなケチなもの狙わないで、縛ってお上に突き出したらいいわ」と話がまとまる。

 高大臣一派は、李逵を捉え、さらには史進の屋敷に現れて、魯智深ともども捕まえようとするが、反撃されて、史進と魯智深は仲間達と共に、少華山に立て篭もることとなる。このありの展開は「水滸伝」でもよく知られたエピソードで、エノケンが演じたニセモノ・鄭屠も悪徳商人として翠蓮父娘を恫喝、史進に倒されてしまう。東宝の二枚目スター、佐伯秀男が演じる九紋竜史進が、上半身脱いで剣の鍛錬をするシーンが前半にある。江戸時代、この九紋竜のキャラは、粋な江戸っ子に人気で「武者絵」に描かれ、「九紋竜」と言う四股名の力士もいた。なので、わざわざ刺青のシーンがあるのだ。

 しかし、この一件で、史進は李逵のおっちょこちょいに腹を立てて、李逵は梨花(高峰秀子)にも愛想を尽かされてしまう。一方、高大臣(高堂国典)は、積極的に貿易をして海外から宝や武器を輸入していた。「このたび、隣国第一の富豪が、我によしみを通じて参った。その印として黄金五万貫、金二万疋を東方に送ったと申し出たのじゃ」その警備は万端だったはずだが、少華山に籠った史進たちが急襲。まんまと大金をせしめてしまう。

 続いて高大臣たちは「新たに発明されたる新兵器を持って防御に備えたい」。いよいよアノネのオッサンの登場である。いつもの珍妙な扮装のオッサンが「発明博士・轟天雷」として石火矢のデモンストレーションを披露する。「支度はいいかね。おいおいおい、そんな無茶されたら敵わなんじゃないかね」これだけで場内は大爆笑だったことだろう。前述のように、石火矢のデモンストレーションで城壁のミニチュアが壊される。まさに円谷特撮のミニチュアワークの醍醐味!

M9【月と星】草笛美子

♪昨夜みた星 あの銀の星
 花のかんざしに 似てる星
 月と星とは 話していたら
 胸の扉にゃ 誰も来ない

♪白く流れる あの空の雲
 青く彩る 岡の草
 草に蝶々は 遊びくる
 胸の扉にゃ 誰も来ない

 李逵は、城下で再び遊芸人となって歌っていた翠蓮と再会、彼女のために史進を連れてくると、少華山を訪ねるが、「お節介な癖は相変わらず直らないと見えるな、こっちはまだそんな話どころじゃないんだ。さっさと山を降りてくれ」。まだ史進の許しは出ておらず、追い返されてしまう。その寂しそうな後ろ姿を見送りながら、梨花(高峰秀子)が唄う。

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M10【梨花の唄】高峰秀子

♪いいえ私は 寂しくない
 ちっとも不幸じゃ ありません
 空飛ぶ鳥も 地に咲く花も
 みんな私の お友達
 それゆえ私は 寂しくない

♪いいえ私は 泣きませぬ
 少しも涙は 見せません
 そよ吹く風も 流れる水も
 みんな私の お友達
 それゆえ私は 泣きませぬ

 やがて高大臣の一行が、石火矢で武装をして、少華山の近くを通る。もちろん発明博士・轟天雷も馬上の人。時代劇出身だけあって、オッサンなかなかの馬捌き。いつものように史進たちは大暴れ。一行を襲撃するが、「アノネ、皆のもの、怯むなよ、怯むなよ」と轟天雷が号令!石火矢が次々と放たれて史進が、腕をやられ、劣勢になってしまう。このあたりの戦のシーンは、なかなか迫力がある。チャンバラというより、中国式の剣の戦い。殺陣を担当したのは東宝の近藤豊。

 高大臣の城下では、史進の配下が捉えられ処刑台に送られている。その処刑執行人・チャオチャンチュウに岸井明。このワンシーンだけだが、岸井明はちゃんと一曲、唄ってくれる!

M 11【チャオチャンチュウの唄】岸井明

♪高大臣に 刃向かう輩は
如此に なるものぞ
しるべし しるべし
胸に彫りつけ 彫りつけ
彫りつけよ

♪明日正午の 鐘を合図に
盗賊・九紋龍使臣 以下10名を
打首の刑に 処する旨

 九紋龍の使臣たちをなんとか助けたいと、載宗(藤原鶏太)は、修行中の公孫勝一清道人(汐見洋)を訪ねて、協力を仰ぐが、その師匠・羅真人(徳川夢声)が「修行が無駄になると」厳しい判断、断られてしまう。説得され、載宗は諦めるが、そこへ血気盛んな李逵がやってきて直談判。しかし返事は同じ、もう諦めるしかない。しかし諦めきれない李逵は、真夜中、羅真人を襲ってポカリ。倒してしまった(と思い込む)。しかし割れたのは瓢で、その李逵の出過ぎた行為に、羅真人は激怒。最初は、自分も九紋龍の元へ、一清道人に同行するつもりだったが、へそを曲げてしまう。ああ、これで史進たちは、絶体絶命!

 載宗は「羅真人仙人も一清道人も、我らののぞみを入れて、共にきてくれそうとなさったのだ。それをそれを、お前の狭量と乱暴から、お二人をことごとく怒らせてしまったのだ」「今までお前に落ち度があっても、俺はお前を庇っていてさえしたんだ。それだから、それだから、今度という今度は、お前とは義絶する。縁切りだ!」とそっぽを向く。「こうなりゃ、両先生の言われた通り、同志を救うために、俺一人の、熱と力で、できるだけのことをやるんだ。俺は死ぬまでやるぞ、俺は死ぬんだ」。

 李逵「いや、お前は死なせん、死ぬなら俺が死ぬ」と胸を叩いで走り去る。この犠牲的精神、フィクションの世界では感動的だが、このロジックがやがて、戦局悪化のなか「特攻隊」の犠牲的精神へと繋がっていく。このあと、李逵は敵陣に乗り込んで、仲間達の処刑を助けにきた九紋龍史進たちの一斉蜂起と共に、壮絶な戦いを繰り広げられる。身軽なエノケンのアクロバティックなアクションの連続で、ジャッキー・チェンもかくやのアクションは、いつ見ても目を見張る。

 そして高大臣たちの秘密兵器・石火矢の火薬樽に飛びついた李逵が、落下、大爆発してしまう。先程の「犠牲的精神」のヴィジュアル化である。エノケンの「爆弾三勇士」的な犠牲により、高大臣たちを倒す。というクライマックスの描写に、戦時下に作られた「国策映画」であることを改めて感じる。

 瀕死の李逵に、史進の許しが出る。「じゃ、俺は梁山泊に帰れるのか。許してもらえるのか? 梁山泊へ帰れるのか」。梨花「そうよ、あんた梁山泊の勇士よ、豪傑よ」「梨花ちゃん、俺は実は、実は梨花ちゃんが・・・」と愛の告白。うなずく梨花「ええ、私もよ」「俺もこれで心置きなく死ねる」「死ぬなんてお前らいしくない」「いや死ぬよ、絶対に死ぬよ」と息を引き取るかと思ったら「九紋龍の兄貴、睡蓮さんが待っているよ。危なく言い忘れるところだった」とさらにダメ押し。この引っ張るシーンはギャグなのか、悲壮感がある犠牲的なシーンなのか、最後のエノケンの一言が不思議。「これで安心して。やれやれ・・・」と息を引き取るかと思ったら、義絶を宣言した載宗と翠蓮が駆けつけてくる。二人を見て、満足そうな李逵。ここで息を引き取る。

 梁山泊での李逵の葬儀。英傑たちは主題歌「梁山泊の唄」を唄って見送る。梨花も立派な英傑となっている。

M 12【梁山泊の唄】英傑たち・草笛美子

♪反旗は風に 翻り
正義は空に 舞い上がる
この槍 この槍
この盾 この盾
この剣
 

コーラスと共に、キャメラがパン移動。ミニチュアの梁山泊が映される。そしてトップシーンの遊芸人(エノケン)が唄う。

M13【旅の遊芸人の歌】エノケン・娘たち

♪虎は死んで なに残す
虎は死んでも 皮残す
人は死んだら 何残す
人は死んだら 名を残す
梅干し食べたら タネ残す
南京豆なら カラ残す

 こうして、戦時中のエノケン映画としては最初で最後の大作『水滸伝』は98分の物語を閉じる。ラストカットは梁山泊のミニチュアセットをクレーンでズームアウトしていく。

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