見出し画像

『野獣の青春』(1963年・鈴木清順)

 “ダイヤモンドライン第五の男”として1961(昭和36)年から、コミック・アクションで独特の持ち味を活かしてきた宍戸錠と、鈴木清順は、この年、昭和38(1963)1月に、そうしたコミック・アクションの新機軸ともなった『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』で快調なコンビぶりを見せた。この『野獣の青春』は、同じく大藪春彦原作、宍戸錠×鈴木清順コンビによるハード・ボイルド、鈴木清順によると、成人映画として撮影開始され、途中で一般映画に変更されたという。

 さて、本作は日活アクションが培って来たプログラムピクチャーの“面白さ”と、この後、まさに爆発していく清順監督の映像的な“遊び”が幸福に融合。宍戸錠はじめ、一癖も二癖もある俳優のディティール豊かな演技もあり、この時期の日活アクションでも群を抜いた面白さに溢れている。

 開巻、モノクロ映像で、刑事とコールガールの心中事件から物語が始まる。そこで花瓶の椿だけがカラーというユニークな演出。黒澤明がモノクロの『椿三十郎』(1962年)で、椿の花をカラーにしようとしていたことを考えると興味深い。ストーリーは東宝で映画化された大藪春彦の『暗黒街の対決』(1960年)などと同様、身分を隠した主人公が敵対する暴力組織のいずれにも取り入って、引っ掻き回していくというもの。黒澤明の『用心棒』(1961年)もこのパターン。敵対する組織や、それぞれのボスのキャラやディティールに凝ることで、面白さが倍加する。

 冒頭、ジョーこと水野錠次(宍戸錠)は、チンピラに喧嘩を吹っかけ、ノシていく。ジョーは、新興暴力組織・野本興業の本拠地のキャバレーで、ホステスを侍らしてお大尽遊び。その様子を「いい客だ」と、店の奥から覗いているのが、野本興業のナンバー2・専務でアル中の小沢惣一(金子信雄)、支配人・久野行男(上野山功一)そして、野本社長の愛人・三浦佐和子(香月美奈子)たち。

店内の壁がマジックミラーになっていて、バックヤードから全体を見渡すことができ、店内の音がスイッチ一つでサイレントとなる。こういう美術設定の面白さ、ディティールの遊びが徹底している。

 で、ジョーだが、もちろん現金など持ち合わせているわけもない。ニコリともしないし、無口だからハード・ボイルドではあるのだが、行動は、まるで植木等の無責任男。事務所に連れられ、ヒドイ目に遭うかと思いきや、ジョーがひと暴れして、野本興業と無事契約、という滑り出しから、実に快調。

 そして、いよいよ野本邸で、ボスの野本(小林昭二)とご対面。猫を抱いているのは「007シリーズ」の悪党・ブロフェルドの影響。この野本は、嫉妬深くサディスティックな性格であることが、次第に判ってくるのだが、その見せ方もうまい。錠との会話で「ハジキなんて頼りない」。その理由は「手応えがないからな」。このナイフは後で、ジョーが爪の間に立てられる拷問シーンで生きてくる。

 野本の弟で、前半ほとんど顔を見せないのが、清順監督のお気に入りだった川地民夫扮する秀夫。人当たりがよくシャイな感じは、青春映画で演じて来た好青年の雰囲気だが、どこか狂気を秘めている。彼には、娼婦の息子というトラウマがあり、そのことを罵られると、常軌を逸した行動に出る。手にしたカミソリで相手の顔をすだれ状に切るから、ニックネームは“すだれの秀”。

 ジョーの弟分となる三波五郎(江角英明)もなかなかの味。ガン・マニアで、女と酒は苦手なのだが、どこか憎めない。そのタガが外れてしまうのが、敵対する三光組幹部の武智茂(郷鍈治)の情婦・桂子(星ナオミ)に一目惚れしてしまうシーン。しかも武智がプラモ・マニアという設定も楽しい。オタクという概念が生まれる遥か昔のことである。

 ジョーと三波が取り立てに向かう途中、日活の映画館の前を通るが、吉永小百合の『雨の中に消えて』と同時上映『どん底だって平っちゃらさ』を上映中。映画館の看板には、裕次郎、旭、そして錠の顔が描かれている。映画にまつわるディティールといえば、野本興業と敵対する三光組の本拠地が映画館というのも興趣がある。三光組会長・小野寺信介(信欣三)は昔気質のヤクザ。事務所がスクリーンの裏側にある。そこで上映されている映画には、二本柳寛、青山恭二、小高雄二、水島道太朗が登場。また中盤では『けものの眠り』(60年)の予告篇が上映され、信欣三の名前が裏返しに映る。こうした楽屋オチが楽しい。

 ロケ地では、中盤、野本興業が神戸の麻薬組織と取引をするのが、「男はつらいよ」シリーズでおなじみの江戸川にある“矢切の渡し”。寅さんが登場する6年前の作品なので、この頃には江戸川堤に桜並木がまだあった事が、画面から伺える。寅さんが懐かしむ「江戸川の桜」がこの映画には映っているのだ。

 清順監督のお気入りは、野本が愛人・三浦佐和子の裏切りを知って怒り狂うシーンだとか。部屋の外が、真っ黄色な砂塵が渦巻く荒野となり、佐和子を鞭で叩き、サディスティックな自分に興奮して、責め立てながら抱く。狂気を前面に出した名場面となった。

 この『野獣の青春』は、清順一流のディティールや、川地民夫、小林昭二といった俳優が演じるユニークなキャラクターだけでなく、二転三転するストーリーも大きな魅力。心中事件で死んだ竹下公一刑事(木島一郎)の妻・くみ子(渡辺美佐子)は、静かに編み物教室を営んでいる主婦なのだが、彼女の持つ秘密が後半の急展開で生きてくる。すだれの秀、くみ子、そしてジョーの三人による、くみ子の家でのクライマックスは、ある意味最大の見せ場となっている。秀が背負っているトラウマ、くみ子の秘密・・・。やはり『野獣の青春』は、めっぽう面白い日活アクションなのだ。

よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。