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『丘は花ざかり』(1952年・千葉泰樹)

 藤本プロダクションの藤本真澄プロデューサーが、東宝創立20周年作品として、鳴り物入りで製作した『丘は花ざかり』は、石坂洋次郎が朝日新聞に連載した新聞小説の映画化。『青い山脈』の「夢よもう一度」は、常に藤本にとってのテーマだった。昭和27(1952)年11月18日公開。作詞・西条八十、作曲・服部良一、歌・藤山一郎の「青い山脈」トリオによる主題歌「丘は花ざかり」は、明るいメロディ、希望に満ちた歌詞で大ヒットした。

 脚本は「青い山脈」でプロデューサーからシナリオ作家に転じた井手俊郎と水木洋子。監督は千葉泰樹。いずれも藤本真澄好みのキャスティングである。主題歌のメロディや題名から青春映画のイメージがあるが、若い恋人たち、恋愛を知らないまま中年に差しかかっている妻の不倫願望、常に誰かの愛人でいるバーのマダム、妻に先立たれた男やもめの中年男と若い娘の恋・・・など、登場人物たち、様々な世代の「恋愛模様」をポジティブに描いている。

 香月美和子(杉葉子)は、東洋評論社の編集部に就職したばかりのB Gで同僚の野崎正也(池部良)に好意を寄せているが、若い男性は頼りなく、どこか物足りない。むしろ成熟した大人である編集長・野呂良三(山村聰)に惹かれている。野呂は、妻に先立たれ幼子を育てながらの日々。

 美和子の姉・高畠信子(木暮実千代)は、大人しく真面目な勇造(清水将夫)に、少しだけ不満を抱いていて、子供のP T Aで知りあった石山春雄(上原謙)の危険な香りによろめいていく。

 美和子の叔父・木村健吉(志村喬)は仕事も遊びも充実しているシニア。銀座のバーの雇われマダム、白川麻子(高杉早苗)と付き合っているが「清い交際」を守っている。麻子のバーのオーナーは、ドンファンの石山春雄。また、麻子が可愛がっている若いボーイフレンドが野崎正也。誰もが、少しだけ冒険をしながら、一見、平穏な日常を過ごしているが、その均衡が次第に崩れてゆく・・・

 戦後七年、「青い山脈」で解放された「若い男女の自由な恋愛」が、現実や立場、モラルの中で揺れ動く。屈託のない美和子が「理想の男性」を求めて、歳上の野呂に惹かれていく心理は、のちに吉永小百合などの日活青春映画でも繰り返されるテーマでもある。杉葉子は、溌剌とした若さで、そのモヤモヤと向き合い、行動をすることで、自分の気持ちを確かめてゆく。石坂文学の「若い女性」の典型でもある。

 そんな杉葉子の先輩編集者・岩本ひさ子(中北千枝子)はハイミスだが、独身主義をつらぬいている。ある日、残業が終わり、ひさ子に誘われた美和子は、彼女が朝晩通う大衆食堂で、酒をあおるひさ子の姿に、未来の自分を見てゾッとする。仕事か結婚か?

 一方の木暮実千代は、夫にも子供にも恵まれて、何不自由なく主婦をしているが、お見合い結婚のため、戦後の自由な「男女の恋愛」への幻想を抱いて、キザな上原謙にのめり込んでいく。この頃の木暮実千代は、色気ムンムンで、それゆえ危うい。高杉早苗は、サッパリとしたドライな現代女性をキビキビと演じ、本作の女性の中では唯一ブレていない。

 戦前松竹のスター、木暮実千代、高杉早苗、上原謙のキャスティングは、松竹の城戸四郎に憧れてプロデューサー人生を始めた藤本真澄らしい東宝内松竹映画の味。戦前から、それぞれが培ってきたイメージをうまく活かしている。クライマックス、上原謙と一線を越えそうになる木暮実千代の芝居がなかなかいい。しかもホテルでの密会をP T A会長・平田宗人(汐見洋)に目撃され、絶対絶命。

 尺八だけが趣味の夫・清水将夫はすべてを飲み込んでいて、そんな妻を優しく受け止める。山村聰も人格者で、杉葉子の愛の告白に、それは本当の愛じゃないと優しく諭す。志村喬も高杉早苗に牧場の管理人の仕事の世話をする。つまり、上原謙以外の男性は、誰も人格者なのである。この3人が『丘は花ざかり』のモラルである。女性たちがいくらブレても、男たちがしっかりしている。

 そして池部良の若さに対する、志村喬の成熟、ということでは、クライマックスに浜離宮からパンツ1丁で飛び込む二人が、競泳を楽しむシーン。杉葉子と高杉早苗が見守るなか、二人は子供のように泳ぐ。替えのパンツも持っていないのに、あと先考えずに行動する男Tたちを「まるで子供のよう」と見守る二人の女性。

 こうしたオールスターを緩急自在、まとめ上げるのがうまい千葉泰樹の演出も良い。いまでは隔世の感がある、恋愛観やモラルは、逆に昭和20年代の「新しい感覚」を、遅れてきた世代が体感するには、格好の映像資料でもある。

 ラストシーン。高杉早苗が務める牧場を訪れた、小暮美千代、清水将夫、子供たち、志村喬、杉葉子、池部良が牧場の小径を歩きながら「丘は花ざかり」を歌ってエンドマーク。東宝創立20周年にふさわしい明朗な作品となっている。

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