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『勝太郎子守唄』(1936年3月26日・東宝=J・O)

小唄勝太郎 1904〜1974

戦前、鶯芸者(今のグラドルのような意味)で、レコード歌手として一世を風靡した小唄勝太郎の自伝的(明星のタレント物語漫画みたいな)映画『勝太郎子守唄』(1936年3月26日・東宝=J・O)をスクリーン投影。

小唄勝太郎は昭和8(1933)年、「島の娘」(作詞長田幹彦、作曲佐々木俊一)でブレイク。歌い出しが「ハァ」で始まる「ハァ小唄」の先駆でもあり、発売三ヶ月で35万枚の大ヒットに。当局から「歌詞に問題アリ」とされ、歌詞の一部を改作され、太平洋戦争前夜には発禁処分となる。

映画『勝太郎子守唄』は、のちに東宝京都となるJ・O・スタヂオとビクターの共同制作。前年の『百万人の合唱』(1935年)に続くレコード界と映画のタイアップ企画。

映画は小唄勝太郎版『ボヘミアン・ラプソディ』なのだけど(笑)、50分に凝縮しているのがすごい。原作は西条八十だが、もちろんストーリーは新曲「勝太郎子守唄」に寄せた母子ものので、ほとんどフィクション。というか歌詞と物語がリンクして、観客の感涙を誘う。ビクタースタジオでの吹き込みシーンや、公会堂での生中継など、バックステージ映画としても貴重な映像が楽しめる。

勝太郎は「島の娘」「佐渡おけさ」「三階節」「佐渡を思えば」「勝太郎子守唄」「勝太郎くずし」と50分の作品で6曲も披露する。50分の作品。流行歌手・小唄勝太郎の人気とパフォーマンスを体感することができる貴重な作品でもある。「勝太郎子守唄」の歌い出し「坊や〜」は男の子のことだと思っていたが、この映画を観て、赤ちゃんのことを男の子でも女の子でも「坊や」と呼んでいたのだと得心。

監督は、松竹蒲田で『若者よなぜ泣くか』(1930年)を演出、ハリウッドに渡った永富映次郎。サイレント映画的、モンタージュがいい。トップシーンの銀座のネオンモンタージュがたまらない。松屋銀座本店側から銀座四丁目方向の夜の銀座のショット。銀座四丁目のレストランオリンピック、ワシントン靴店のネオンー、ビクター・タイアップの銀座十字屋、キャバレークロネコのネオンに心ときめく。

銀座通りの夜景
十字屋ネオンに、明治製菓銀座売店!

ネットにほとんどあがっていないが、こんなストーリーである。

勝太郎は新潟出身、旧家に嫁いで一女をもうけるも夫・矢島正之助(林雅美)が急死。強権的な義父に娘を取り上げられて、勝太郎は暇を出される。生活のために芸者となり、清元を唄う美声がビクターレコードの社員・井上辰夫(中根竜太郎)と専属作曲家・松木信一(高崎健太郎)に見出されて、レコード歌手に。この松木信一は「島の娘」を作曲した佐々木俊一を思わせるキャラクター。いかにも「東京の先生」というインテリの雰囲気。

タイトルバック明け、銀座のネオンのモンタージュ、ラジオのアナウンサー「それでは長田幹彦作詞、佐々木俊一作曲、小唄勝太郎さんで『島の娘』」の前振りで、勝太郎がマイクの前で歌い始める。夜の電波塔、ラジオ商会前の群衆、ワイプで画面は佐渡の浜辺、まだ新婚時代の勝太郎と夫・正之助の楽しい日々の回想シーンとなる。このサイレント映画的モンタージュがいい。

上京して葭町の芸者となった勝太郎の取り巻きの金さん(和田君示)がコメディリリーフ。団徳麿が丹下左膳を演じた『新版大岡政談』(1928年・東亜京都)シリーズで鼓の与吉、アラカンの『鞍馬天狗』(1928年・東亜京都)でおしゃべりの久次を演じていた三枚目。

「島の娘」が大ヒットして、爆発的人気を得た勝太郎は、7歳になった娘・よし子(村田加奈江)を引き取りたいと新潟へ。義父・矢島徳造(山田好良)は芸者風情がと一蹴。勝太郎は心を痛め、よし子は母恋しさに涙にくれる。
それでは姪が不憫だと、亡夫の妹・律子(澤蘭子)は、勘当覚悟でよし子を連れて、東京へ向かう汽車へ乗る。

折しも、勝太郎は新曲「勝太郎子守唄」発表記念で、公会堂のステージに立つ当日。ラジオでの中継に備えて、松木やビクターのスタッフは準備にいそしむ。

そこへ、よし子が東京へ来るとの電報。勝太郎は心から喜ぶ。しかし、上野行きの汽車にでは、女衒・シスコの武(永田靖)とそのボス、上海お銀(酒井米子・特別出演)が、律子を売り飛ばす算段。律子とよし子を誘拐してしまう。ちなみに酒井米子は、1904(明治37)年「伊庭孝一座」で初舞台を踏み、1920(大正9)年、日活向島撮影所初の女優として入社。日活の幹部スターとして活躍。息子は、松竹でプログラムピクチャーを撮る酒井欣也監督、孫娘の夫は、フリーアナウンサーの笠井信輔さん!

というわけで、すごい「自伝」もあったもんだが、いささかアナクロなメロドラマ展開もまた、昭和11年ならではの味。驚いたのは、シスコの武を演じているのが、のちに勝新太郎&田宮二郎の人気シリーズ第1作『悪名』(1961年)から因島の「シルクハットの親分」の永田靖。若い娘を汽車で見つけて、言葉巧みに誘い出して上海あたりに売り飛ばす女衒!

酒井米子
永田靖


で、女ボス・上海お銀は、母を恋しがるよし子を不憫に思っているところで、勝太郎の公会堂からの生放送を聞いて、よし子が勝太郎の娘と知る。しかも、よし子たちが行方不明と知って、心労の勝太郎は唄っている途中に、ステージで倒れて病院へ。ラジオでその状況を知ったお銀は、シスコの武にピストルの銃口を向ける。

と、音楽自伝がいつの間にかギャング映画に! クルマで病院に駆けつけるよし子と律子。感動の母子再会!ラストは新曲「勝太郎くずし」レコーディング現場。もちろんよし子も見学に来て、ハッピーエンドとなる。


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