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『薔薇いくたびか』(1955年4月24日・大映・衣笠貞之助)

 昭和30(1955)年、大映の永田雅一社長がぶち上げた「東西大映オールスター」を一同に会しての大作。時代劇やスペクタクル、文芸作ではなく、この頃、各社こぞって製作していた長編「メロドラマ」というのがいい。原作は「読売新聞」の人生相談「人生案内」の回答者を長らく務めた小山いと子が、主婦の友に連載した女性小説。小山いと子といえば、雑誌「平凡」に「美智子さま」(1961〜1963年)が宮内庁から「興味本位で好ましくない」と抗議を受けて連載中止となったエピソードをすぐに思い出す。

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 東西大映オールスターのメンバーがすごい。東軍が、若尾文子さん、京マチ子さん、山本富士子さん、南田洋子さん、根上淳さん、菅原謙二さん、船越英二さん、北原義郎さん、高松英郎さん。そして見明凡太郎さんと村田知栄子さん夫妻(役は夫婦じゃないけど)。西軍が、長谷川一夫さん、市川雷蔵さん、勝新太郎さん、林成年さん。大映ビューティズからは、矢島ひろ子さん、伏見和子さん、市川和子さん。脇を固めるベテラン勢は、大映の母・三益愛子さん、新劇の母・村瀬幸子さん、小沢栄さん。これだけのメンバーに、しっかりと見せ場をそれぞれ作って135分!
 
 なんといっても「グランプリ監督」衣笠貞之助脚本・監督だけに、メロドラマだけど腰が据わっている。本来ならば「川口松太郎原作」を選ぶのだろうけど、良い意味で通俗的で女性観客が共感・感涙するポイントが高い小山いと子「薔薇いくたびか」を選んだのは、さすが、という感じである。

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 ストーリーのメインは、若尾文子さんと根上淳さん。お互い、初めての出会いで惹かれ合うが、名前も住所も知らなかったために、すれ違いの連続。しかも、若尾さんは、没落しつつある実家の経済のために、船越英二さんに「足入れ婚」する。純潔を守るこそが「純愛」だと理想を抱いている根上淳さん。不本意ながら嫁入り(お試し婚)して三日で追い出されてしまい「純潔」は失ってしまった若尾文子さん。ああ、そんなことどうでもいいのに!という現在のモラルでは想像もつかないほど、この二人は悩み、苦しむ。それを135分で展開するのだから、時代錯誤も甚だしい、とならないのが衣笠貞之助演出の見事さ。

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 この二人に関わる様々な人々を、大映オールスターが演じて、次々と出てくるのだけど、その芝居を楽しむだけで、とにかく贅沢な気分になる。ちゃんとアップもあるし、いいセリフもある。顔見せ映画なのだけど、読後感がスッキリしていて、ラストのワンカットで爽やかな気持ちになり、モヤモヤしていた気分が吹き飛ぶ。

 上野、国立博物館から東京芸大に向かって、修学旅行生を載せた観光バスが走る。バスガイドが、芸大の歴史、受験生たちの思いなどを、的確に伝えて、入学試験会場となる。そこで受験番号117番・桐生弓子(若尾文子)と119番・松島光子(南田洋子)が知り合う。ライバルでもあるので、お互い合格するまで名前も住所も明かさないことに。一次試験が終わり、雨が降ってきて、受験生たちは足早に帰る。芸大正門前で、妹・光子をクルマで待っていたのが、光子の兄で時計メーカーの御曹司・松島真一郎(根上淳)だった。

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 真一郎は堅物で、お茶を飲むのも、本郷にある出身大学のクラブ「大学堂」にしか行かない。音楽家志望の清楚な117番の弓子は理想の女性だった。田舎の旧家で育った弓子にとっても真一郎は理想の男性。お互いに惹かれ合うが、弓子は家庭の事情で、父・桐生敬之助(見明凡太郎)が、近隣の金持ちの息子・市岡鶴夫(船越英二)との結婚話が勝手に進めれらて困惑している。この船越英二さんがにやけた男で女中に手を出してしまうほどの好色漢。で、結局、弓子は真一郎と音楽会に行くことができず。地元の風習である「足入れ婚」をさせらてしまう。

 この前半は、現在のモラルでは理解できないこともあるだろうが、男性中心、家中心だった時代の因習でもある。「足入れ婚」の間に、夫が妻を追い出すこともできるという風習で、鶴夫は弓子の真一郎への想いを知って離縁してしまう。なので、この映画の悪役は、船越英二さんということになる。

 弓子の最大の理解者にピアノの先生・野々宮幸子(京マチ子)で、真一郎を心配するのは京都の踊りの名取で従兄弟・山村御風(長谷川一夫)。このバランス! で山本富士子さんが若尾文子さんの親友で、菅原謙二さんが根上淳さんの大学時代からの理解者。つまり、シンメトリーの取れたキャスティングで大映スターを配置しているので、見ていて観客のバランスが保てる。若尾さんの心情を誰よりも理解しているお母さんはもちろん三益愛子さん。根上淳さんの母に村瀬幸子さん! 見明凡太郎さんに対比するように根上淳さんの父に小沢栄さん。

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 昭和30年の上野、お茶の水界隈のロケーションも素晴らしい。中盤、上京してきた若尾さんが山本富士子さんと一緒に住んでいる鶯谷のアパート界隈の空気感! 東京風景としては、開通したての地下鉄丸の内線のホームに入線してくるピカピカの丸の内線! 

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 で見せ場は、なんといっても長谷川一夫さんの踊りの会、もちろん市川雷蔵さんも華麗に舞う。一方、勝新太郎さんは、南田洋子さんのボーイフレンドの一人で、芸大合格祝賀パーティのシーンで登場。のちの勝新さんからは誰も想像できない、学生服の軟派の坊ちゃん! 

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 長谷川一夫さんの踊りに対して、京マチ子さんがピアノで「別れの曲」を弾くシーンがいい。もちろん吹き替えなのだけど、若尾さんが不本意ながら「足入れ婚」させられる日、実家を出る時に「別れの曲」をリクエストする。このあたりの情緒が素晴らしい。というわけで、これは一見の価値あり!

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