『続社長三代記』(1958年・東宝・松林宗恵)
「社長シリーズ」第5作!
前作から二ヶ月後、昭和33(1958)年3月18日、柳家金語楼の人気シリーズ『おトラさんのホームラン』(東京映画・小田基義)と二本立て封切りされた「社長シリーズ」第5作。この年、映画人口が史上最高の11億二千万人を突破、映画黄金時代が到来。各社ともに週替わり二本立てで、次々とプログラムピクチャーが量産されていた。
各社の同日封切りは次の通り。大映は、勝新太郎の『陽気な仲間』(弘津三男)と菅原謙二と山本富士子の『氷壁』(増村保造)。東映は『丹下左膳』(松田定次)と『台風息子 最高殊勲の巻』(小石栄一)。日活は『夫婦百景』(井上梅次)と石原裕次郎の『錆びたナイフ』(舛田利雄)。松竹は淡島千景の『蛍火』(五所平之助)と前週からの『月給13,000円』(野村芳太郎)。新東宝は高島忠夫の『坊ちゃんの野球王』(近江俊郎)と若山富三郎の『楠公二代誠忠録』(小野田正彦)。
そうしたなか、森繁の人気シリーズの最新作は、早くも2代目社長・加東大介への交代劇。おそらく藤本真澄としても、加東大介で新シリーズを考えていたのだろう。同時期、小林桂樹の「サラリーマン出世太閤記」シリーズ(1957〜1960年)では、加東大介が「日本自動車」社長役を演じていた。森繁の「柔軟さ」と正反対の加東大介の「生真面目さ」を生かしての新機軸を狙っていた。
福富電機の二代目社長・浅川啓太郎(森繁)は、仕事もプライベートも万事「軟派」で、すぐに女性問題を起こすので、先代社長の未亡人にして会長の福原ヨネ(三好栄子)の厳命で、ニューヨーク支店長として、妻・厚子(久慈あさみ)と共に赴任中。石橋を叩いても渡らない堅物の営業部長・大場太平(加東大介)が三代目社長となる。その質実剛健ぶりが、ヨネ会長の目に止まっての人事だった。
社長就任式のスピーチのために、秘書・長谷川清(小林桂樹)に命じて、話術に長けた文化人・徳川夢声(本人)を自宅に招いて、賢明にレッスンを受けるが、どうもうまくいかない。
活弁士出身で、俳優として、語り部として、重鎮的な存在だった徳川夢声が、大場新社長の要領の得なさに、辟易しながらも指導をする。演技ではあるが、素の徳川夢声を観ているようで楽しい。
案の定、就任式でのスピーチは、段取りがめちゃくちゃになって大失敗。屋上での就任式のシーン、経理部長・池田定吉(三木のり平)のリアクションがおかしい。先先代から三代の社長秘書をつとめてきた長谷川もどうも調子がでない。
加東大介の新社長の「目も当てられない」行状の数々が本編の笑いとなるが、それゆえ、森繁の不在が際立って「やっぱり森繁でないと」という気分になる。特に、バーや料亭での「夜の遊び」も、あまりにも無粋で、それゆえのめり込んでいく姿は、なんともはやである。
東京と大阪に店を持ち、飛行機で移動をする「空飛ぶマダム」お園(淡路恵子)にゾッコンの大場新社長。先代社長にあやかって鼻の下を伸ばして、浮気がエスカレート。
この「空飛ぶマダム」は、川口松太郎の小説「夜の蝶」の主人公のモデル・上羽秀を意識したもの。京都と銀座に店を持ち、飛行機で往復する生活がマスコミの話題となっていた。川島雄三の『風船』(1956年・日活)では、京都木屋町の「おそめ」で撮影され、秀本人が出演しており、吉村公三郎『夜の蝶』(1957年・大映)では、山本富士子が秀をモデルにした「おきく」を演じた。
その生涯は、ノンフィクション作家・石井妙子「おそめ」(2006年・洋泉社)に詳しい。次作『社長太平記』(1959年)正続編でも、淡路恵子が銀座と福岡に店を出すマダムを演じ、『社長洋行記』(1962年)正続編では、新珠三千代が東京と香港で店を切り盛りする「空飛ぶマダム」を演じている。
大場新社長のご乱行はたちまち、関西にも轟くことになり、福原電機の時期社長の座を狙っている、関連会社の専務・奥村(有島一郎)にとっては、千載一遇のチャンスとばかりにマークされる。
こうなると、もう、遊ばなきゃいいのに、とつい思ってしまうが、大場社長の「夜の街」遊びは止まることを知らず、芸者・〆駒(藤間紫)や、梅千代(扇千景)、半玉・うさぎ(笹るみ子)たちとの乱痴気騒ぎの模様を、女探偵(白石奈緒美)がテープに録音。それが福原ヨネ会長の知るところとなる。
堅物が浮気の味を知ってのめり込む。というのはよくあることだが、大場社長の行動はあまりにも「無粋」で観ていられない。「社長シリーズ」の味である「洗練」「都会的」「洒脱」とは真逆なので。
結局、一時帰国して帝国ホテルに泊まっている前社長・浅川啓太郎に、その行状を咎められて猛反省と相成る。森繁はこのワンシーンのみの出演だが、出てくるだけで、映画の空気を変えてしまう。横綱相撲というか、貫祿勝ちである。おかしいのは、ニューヨーク滞在中に、妻へのアメリカ式サービスが功を奏して、この年にして、双子の赤ちゃんパパになっていること。喜劇はこうでなくっちゃ!
喜劇といえば、続編で登場する。大場家のお手伝い・松下ヤエ子(若水ヤエ子)が圧倒的に観客の笑いを引き受けている。若水ヤエ子は、森繁同様、新宿ムーランルージュ育ちのコメディエンヌ。千葉県船橋市の出身だが、東北鈍りのズーズー弁で大人気に。映画では昭和32(1957)年にスタートした柳家金語楼の「おトラさん」シリーズ(東宝)でブレイク。ちょうど「おトラさん」全盛の頃なので、彼女が出てくるだけで、客席が沸いた。この『続社長三代記』で演じたお手伝いのキャラクターは、「おトラさん」の隣家の女中・おヤエのスピンオフ。さらに翌年、日活でスタートする『おヤエのママさん女中』(1959年)に始まる「おヤエの女中」シリーズ(全8作)へと発展していく。
『続社長三代記』の併映作『おトラさんのホームラン』でも、若水ヤエ子は女中のおヤエを演じているので、かなりのインパクトがあったことだろう。彼女の笑いは、「社長シリーズ」的ではないが、大場の妻・まつ子(杉葉子)や家族とのやりとりは、ホームドラマ的で楽しい。
また、社用にプライベートが侵食されて、長谷川秘書は、例によって秘書課の明子(司葉子)とのランデブーがことごとくパーとなる。運転免許を取得したばかりの明子が、長谷川を誘って、郊外へドライブに出かける。のどかなシーンだが、彼女の車は「ドライブクラブ」から借りたもの。昭和20年代末から「カーシェア」の概念があり、アメリカのレンタカーサービスからヒントを得た「ドライブクラブ」が大流行していた。
長谷川と明子の恋も前途多難だが、大場社長の娘・春枝(団令子)と、長谷川の後輩社員・松村俊夫(太刀川寛)の交際も、社長になったとたんに「未分不相応」と、大場が認めないという展開となる。二人の「ロミオとジュリエット」がどういう決着を迎えるかが、サイドストーリーとなるが、大場社長が松村を娘婿に認めない、という根拠も脆弱で、イライラする(笑)なかなか共感できない。
笠原良三の脚本は、森繁社長の逆を行く、加東大介社長の行状を喜劇的に描き、松林宗恵監督の演出も適材適所だが、結局加東大介の社長はシリーズには似つかわしくないことがはっきりする。加東大介の役回りは、あくまでも会社を切り盛りする頼もしい重役であることが明確となり、藤本真澄は、次作『社長太平記』から、何事もなかったのかのように、森繁社長を復帰させ、シリーズは繁栄していくことになる。
加東大介は、「サラリーマン出世太閤記」シリーズと並行して、翌年にスタートする「新三等重役」シリーズ(1959〜1960年)での、取引先の頑固社長を演じるが、こちらは森繁の「世界電機」沢村専務との絶妙なバランスで、新機軸となる。
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