見出し画像

『薄桜記』(1959年・大映京都・森一生)

 ここのところ、三船プロの「大忠臣蔵」(1971年)を連日視聴しながら、歴代「忠臣蔵映画」、スピンオフ作品を平行で観ている。この面白さ、のめり込みは、何かに似ていると思ったら「MCU」「スターウォーズ」の楽しみ方と同じであることに気づいた。つまり、「松の廊下」から「討ち入り」にかけて描いた映画を重層的に観ることで「忠臣蔵シネマティック・ユニバース」を楽しんでいるのではないかと。一つ一つの物語とキャラの関連性、その差異を味わう楽しみは何にも代え難い。

 昨日の昼間、本所松坂町の吉良邸の前を通った時に、観ようと決めた、カツライスの傑作『薄桜記』(1959年・大映京都・森一生)は、「討ち入り」「デススター爆破」とするなら、「忠臣蔵シネマティック・ユニバース=CCU(笑)」における『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)ということになる(笑)

 物語の語り部は、四十七士でその名も高い堀部安兵衛。演じるは勝新太郎! 史実では本名堀部武庸、越後国新発田藩出身だが、十三歳の時に父が浪人となり、程なく死去。十九歳で江戸に出てきたのが元禄元(1688)年、江戸で名高い堀内正春道場に入門して免許皆伝となり「堀内道場四天王」の一人、つまり剣豪となる。

 元禄七(1694)年2月11日、同門で、義理の叔父・菅野六郎左衛門が、高田の馬場で果たし合いを行うことになり、堀部武庸は助太刀として三人を切り倒した。これがいつしか「十八人斬り」として江戸中の評判となる。これが講談やなどで知られる「高田馬場の決闘」である。この評判を聞いた赤穂浅野家家臣・堀部金丸が武庸との養子縁組を持ちかける。

 これが「忠臣蔵」のエピソードゼロとして、阪東妻三郎の映画『血煙高田馬場』(1937年・日活)など、時代劇映画や、のちにはドラマで定番となっていく。この史実をベースに「柳生武芸帖」など大衆小説の雄・五味康祐が「産経新聞夕刊」(1958年7月〜1959年4月)にかけて連載したのが、忠臣蔵外伝「薄桜記」(新潮社)である。

画像1

 トップシーンは堀部安兵衛(勝新太郎)が、四十七士の一人として、本所松坂町の吉良邸に討ち入りに向かいながら、これまでを回想するシーンから始まる。叔父・菅野六左衛門 (葛木香一)の助太刀のため、襷をかけながら高田馬場へ走る中山安兵衛。彼とすれ違った旗本・丹下典膳(市川雷蔵)は、その襷では勝負に負けるかもしれないと、高田馬場の決闘の場へ向かうが、相手が同門・知心流だったために、その場を離れる。

 安兵衛は、赤穂藩士・堀部弥兵衛(荒木忍)親娘の助けで、叔父の仇を倒す。この辺りは『血煙高田馬場』などでお馴染みの、襷投げなどの描写がきちんとある。しかし典膳は、同門の決闘に「みてみぬふり」をしたと、し師匠・知心斎から破門される。そのことで、安兵衛も師匠・堀内源太左衛門(嵐三右衛門)の道場とは距離を置くことにする。とはいえ、源太左衛門は、安兵衛を息子のように可愛がっていて、安兵衛に上杉家への士官話を持ちかける。

画像2

 安兵衛は、上杉家江戸城代家老・千坂兵部(香川良介)の名代・長尾竜之進(北原義郎)の妹・長尾千春(真城千都世)に惚れて、上杉家への士官を決意をする。ところが、千春は、一足先に丹下典膳(市川雷蔵)との祝言が決まってしまい、安兵衛は失恋。この辺りの展開が面白い。安兵衛が赤穂浪士になることは決まっているので、吉良方の上杉家に一度は士官しようとしたという「秘話」を観客は味わう。つまりジェダイの騎士が、一度はダークサイドに陥りそうになったという面白さである(笑)

 映画の滑り出し、安兵衛と典膳、つまり勝新太郎と市川雷蔵を、並列で描いて、両雄を際立たせる。しかも二人はシンパシーを感じて友情を覚える感じが、たまらない。三船プロ「大忠臣蔵」で、堀部安兵衛(渡哲也)と清水一学(天知茂)が義兄弟の盃をかわし、やがて浅野家VS吉良家の戦いの中で対峙していく。そういうニュアンスが、観客は大好きだったのだ。

 また、ヒロイン千春を、それぞれが愛している、というのもいい。このバランス感覚が、物語を複雑にして、クライマックスのカタルシスへと導いてくれるのだ。安兵衛と典膳の友情、そして典膳と千春との愛。

 それを踏み躙るのが、知心流の門弟五人組(もちろん伊達三郎もいる!)。夕暮れの橋の上で、安兵衛を襲撃する門弟たち。そこに居合わせた典膳が、門弟たちと戦い、男たちは鼻がもげたり、片目になったり、足を傷つけられたり、生きながら屈辱を味わう。

 典膳が公用で京都に旅立つ朝。千春はその寂しい気持ちを典膳にぶつける。その気持ちを汲んで、千春を抱き寄せる典膳。このラブシーンがなかなかいい。このシーンが後半の悲劇をより切なくさせてくれる。ここからは悲劇に次ぐ悲劇。典膳に恨みを持つ同門の五人組が、千春を凌辱。千春を愛する典膳は、狐憑きのせいにして、千春への好奇の目を逸らして長尾家に戻すが、千春の兄・竜之進(北原義郎)に右腕を斬られて、碧手となってしまう。やがて千坂兵部の配慮で、千春を辱めた五人組が吉良邸に詰めていることを知った典膳が・・・

 というチャールズ・ブロンソンの『狼の挽歌』(1970年・伊・セルジオ・ソリーマ)的な復讐譚に、浅野家に士官した堀部安兵衛と四十七士の討ち入り計画がリンクしてきて、この上なく面白い展開となる。五味康祐の新聞小説を、伊藤大輔監督が脚色。しかも小説よりグッとくる「改変」を加えての、クライマックスは、討ち入り前夜! 

 千坂兵部の好意で、米沢の秘湯で療養をしていた典膳を、千春が迎えに行き、吉良家に迎えられることになる。しかし江戸に戻ると千坂兵部はすでに亡くなっていた。典膳は千春を辱めた知心流の五人組を斬ったあと、吉良上野介の用心棒となることを心に決める。親友でもある安兵衛と典膳が、結果的に戦うことになるのか? といサスペンスも孕んでいくが、典膳の動きを知った知心流五人組と、助っ人を買って出た吉良方の用心棒たちが、満身創痍の典膳を襲撃する。

 足を撃たれた典膳の復讐の刃!王羽の『片腕ドラゴン』(1972年・香港・ジミー・ウォング)のようなハンデキャップヒーローによる、のちの「マカロニウエスタン」的時代劇なのだけど、森一生監督の演出は、あくまでも悲壮感、悲劇、そして滅びの美学が通底しているので、ある意味とんでもないケレン味が、独特の美学により、美しいヴィジュアルの悲劇として展開していく。

画像3

 丹下典膳はもちろん架空のキャラクター。右腕を失った典膳が、虚無的になり、しかも足を負傷して立ち上がることができない満身創痍の中で、敵を倒していく殺陣は、市川雷蔵史上、最高の立ち回り。最高のアクションシーンである。この設定は、原作にはなく、伊藤大輔監督のオリジナル。これが最高に素晴らしい! 観客は、ああ丹下典膳は「丹下左膳」のモデルなのかな、とつい思ってしまうほど。これもまた作者の狙いだと思う。

 市川雷蔵的には、のちの「眠狂四郎」シリーズに通じる、ニヒリズムの時代劇でもある。千春が京都に出立する典膳に渡した紙の雛人形が、ラストシークエンスで涙を誘う重要なアイテムとなる。何度見ても、惚れ惚れする。何度見ても泣けてくる。大映京都時代劇の60年代の方向性を決めた傑作!今回はアマゾンプライムビデオ「KADOKAWAシネマコレクション」で観たのだが、デジタル4K修復版で観る楽しみが出来た。



よろしければ、娯楽映画研究への支援、是非ともよろしくお願いします。これからも娯楽映画の素晴らしさを、皆さんにお伝えしていきたいと思います。