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『拳銃残酷物語』(1964年・古川卓巳)

 『野獣の青春』(1963年・鈴木清順)に始まる宍戸錠のハードボイルド路線は、1967(昭和42)年の『拳銃は俺のパスポート』(野村孝)、『野獣の青春』(鈴木清順)、『みな殺しの拳銃』(長谷部安春)の三部作で頂点を極める。この四年間、宍戸錠は従来のコミック・アクション路線とともに、アメリカのハードボイルド小説、フランスのフィルム・ノワール志向の強いクールでドライなギャング映画にも断続的に主演していた。

 この『拳銃残酷物語』は、大藪春彦が「週刊スリラー」に連載し、1961(昭和36)年に新潮社から刊行した「ウィンチェスターM70」が原作。昭和30年代半ば、邦画界では大藪春彦の映画化がブームで、日活でも、宍戸錠、赤木圭一郎が助演した『街が眠る時』(1959年・野口博志)を皮切りに、宍戸錠の『探偵事務所23 くたばれ悪党ども』(1963年・鈴木清順)、『野獣の青春』、『探偵事務所23 銭と女に弱い男』(1963年・柳瀬観)と、立て続けに作られていた。

 原作「ウィンチェスターM70」は、登川、白井、寺本、岡田の四人組が、組織のボスで“社長”と呼ばれる松本の依頼で、都内の銀行を襲撃するが、銃声を警察に聞かれてしまい、銀行員を人質にろう城する羽目になってしまう。警察の包囲網を突破して、松本の組織と合流した登川たちだったが、現金目当ての松本によって襲撃されてしまう。裏切られた登川は白井と逃亡しながら復讐の反撃で出るが・・・というプロット。裏切りに次ぐ裏切り、そして追いつめられた主人公が反撃に出るというらしい展開のエンタテインメント小説。

 そのプロットをベースに、現金輸送車襲撃に置き換えたのが甲斐久尊のシナリオ。この頃は、高橋英樹の「男の紋章」シリーズを手掛けているが、小林旭のハード・アクション『望郷の海』(1962年・古川卓巳)、宍戸錠の『危険な商売 鉛をぶちこめ』(同・斎藤武市)などをドライなタッチに仕立てている。 

 刑務所から出たばかりの男が、競馬場売上金強奪計画に加わるが、完璧と思えた計画が思わぬアクシデントで、次第に狂い始めてくる。という展開は、スタンリー・キューブリック監督が初めてハリウッドで手掛けたフィルム・ノワールの傑作『現金に身体を張れ』(1956年)からのイタダキということは、映画ファンならすぐにお分かりになると思う。

 これまでも、河津清三郎の『悪魔の街』(1956年・鈴木清太郎)での競馬場の売上げ強奪や、石原裕次郎と赤木圭一郎の『鉄火場の風』(1960年・牛原陽一)での野球スタジアムの現金強奪など、しばしば、この『現金に身体を張れ』を意識したプロットが作られてきた。裕次郎の『嵐を呼ぶ男』(1957年・井上梅次)がジェームズ・キャグニーの『栄光の都』(1948年)だったり、『赤い波止場』(1958年・舛田利雄)がジャン・ギャバンの『望郷』(1939年)を下敷きにしたり、洋画の換骨奪胎が日活映画の真骨頂でもあったので、それが物語の虚構性を良い意味で増幅している。

 この『拳銃残酷物語』でも、古川卓巳監督がプレス・シートに「どうせフィクションならフランス・ギャング映画のサスペンスを織り込んでスケールの大きな娯楽性溢れるものにしたい」とコメントを寄せている。日活アクションのは、“どうせフィクションなら”徹底的に虚構の世界を作ってしまおう、という感覚に溢れている。それゆえ魅力的なのである。

 登川(宍戸錠)は、妹・梨枝(松原智恵子)をひき逃げした運転手を轢き殺した罪で服役。ところが組織のボス松本(二本柳寛)が裏から手を回して仮出所してくる。松本の懐刀で策士の伊藤(梅野泰靖)は、元弁護士だったが法廷侮辱罪でその資格を剥奪された過去のあるワル。伊藤が登川に持ちかけたのは、日本ダービーの売上金を運ぶ現金輸送車強奪計画だった。登川は旧知の仲間である白井(小高雄二)とチームを組んで、仕事を引き受ける。

 日活アクションらしいのは、主人公の現在に差す過去の影。劇中、昭和2年6月20日生まれで、終戦まで北京で暮らしていたこと、そこで母親を殺されてしまったこと、妹・梨枝と二人で戦後生き抜いてきたことが明かされる。しかも三年前、その妹がひき逃げされて一命は取り留めたものの、足が不自由になっている。その復讐によって服役し、今回は、その妹の足を治す手術費のために計画に加担する。プロットはハードボイルドであるが、日活アクションにはよくある“兄妹の物語”にもなっている。また登川の相棒の白井も母親想いという設定だし、登川の弟分で武器の調達や逃亡の補助をする滝沢(川地民夫)も根は善良な男として描かれている。

 一方、強奪計画のメンバーになる、松本のかつての用心棒・寺本(草薙幸二郎)はどこまでもワルとして描かれる。ボクサー崩れの岡田靖二(井上昭文)も同様である。寺本の愛人の圭子(香月美奈子)は、伊藤の命令で監視役としてチームに送り込まれるが、フィルム・ノワールではおなじみの“犯罪的美女=ファムファタール”ではなく、滝沢のような善良さを持つ女性である。

 卑劣なボス松本を演じる二本柳寛、悪徳弁護士崩れの伊藤役の梅野泰靖、草薙幸二郎、井上昭文も、日活アクションではおなじみのバイプレイヤーで、根からのワルをイキイキと演じている。その一癖も二癖もあるキャラクターを眺めているだけでも楽しい。

 組織に裏切られ、仲間も失った登川が、松本への復讐のために立ち上がる。「逃げるのは簡単かもしれん。だが、俺はやつらをこのままにはできん。この気持ちを一生持ち続けて行くんなら、俺は今ここでくたばってしまった方がマシなんだ」と登川は、弟分の滝沢にその心情を吐露する。主人公が何のために闘うのか? その行動原理は、まぎれもなく日活映画に通底している“アイデンティティの回復”なのだ。

 火の海のなか札束が舞うラストのヴィジュアル。オリジナルの『現金に身体を張れ』の空港で札束が舞うショットのリフレインでありながら、自分自身の戦いに決着をつけた主人公への哀惜の念が湧いてくる。まるで洋画のような和製ギャング映画、それが日活ハードボイルドの魅力なのである。

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