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『青春角力日記』(1938年5月21日・東宝映画東京・渡辺邦男)

 岸井明さんと藤原釜足さんのスポ根映画のルーツ!『青春角力日記』(1938年・渡辺邦男)は、サトウハチローさんの「青春相撲日記」を原作にした明朗篇。誰しも抱いていた巨漢の岸井明さんの「おすもうさん」のようなイメージを逆手にとって、気が優しくて争い事が苦手なキャラクターとして登場。その平和主義の主人公が、あることがきっかけで、相撲の世界に入って、苦労を重ねてついに優勝するまでを、さまざまなエピソードを重ねて描いていく。

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 脚本・演出は渡邊邦男監督。その喜劇映画作家としての手腕、後半の相撲道を邁進していくスポーツ娯楽映画としてのうまさを味わうことができる。原作「青春相撲日記」は少年少女向きに描かれた青春小説だが、渡辺邦男監督はそれを自由脚色。

 地方の海辺の小さな町。親孝行で気の優しい六さん(岸井明)と、喧嘩っ早いが気が優しい勇さん(藤原釜足)。二人は金兵衛(小杉勇)の「いさみや自転車店」に住み込んでいる。金兵衛は、人情に厚い男で大の相撲好き。酒癖が悪いのが玉に瑕。今日もラジオで相撲中継を聞いていて、ご贔屓の「滝野川」の取り組みに大興奮。一番肝心な時に、ラジオをうっちゃってしまい、結果がわからなくなる。このあたりのギャグは流石のおかしさ。この年の秋『エノケンの大陸突進 前後篇』(10月16日・11月3日)を手がけ、戦後もエノケン映画を数多く演出する渡辺邦男監督の緩急の演出、省略の笑い、が楽しい。

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 金兵衛の女房・おしげ(清川虹子)は、そんな金兵衛に呆れながらも、滝野川が勝ったと大喜びの亭主に、一本つけてやる。娘・おすみ(椿澄枝)は器量良しで、六さんは密かに彼女に恋をしている。そんな楽しい夕餉のひとときから映画は始まる。飲むほどに、酔うほどに「大虎」になってしまう金兵衛は、体格の良い六さんに「相撲を取ろう」とけしかける。しかし、争い事が嫌いな六さんは、逃げ回る。一方、身体は小さいが、喧嘩っ早いし、男気のある勇さん(藤原釜足)は、六さんの代わりに金兵衛を庭で大一番。本気を出して、金兵衛をコテンパンにノシてしまう。

 小兵が親方を投げ飛ばしてしまう爽快さ。ここが大きな笑い場となり、顔じゅうあざだらけの金兵衛。うんうんとうなって、おしげが「サロメチール買っておいで」となる。「サロメチール」といえば、この前年、昭和12(1937)年竣工の後楽園球場の外野フェンスに広告となり、打ち身には「サロメチール」が定着していたことがわかる。おそらくはタイアップだろうが。

 食べることだけが楽しみの六さんとは正反対、勇さんは飲み屋のおたつ(赤木蘭子)と良い仲。いつかは世帯を持とうとしんねりむっつり。その将来設計がおかしい。金持ちが落とした千円を俺が拾い正直に警察に届ける。そのお礼で金持ちが「君に自転車屋を持たせてやる」となるか、結局持ち主が現れずにその千円が俺のものになって、「それを元手に自転車屋を始める」と独立プランを、どうだい、と言う顔でおたつに話している。赤木蘭子さんは、新築地劇団、新協劇団に参加して舞台を踏む傍ら、P.C.L.映画、東宝映画に出演。『魔術の女王』(1936年・木村荘十二)、『綴方教室』(1938年8月21日・山本嘉次郎)などに出演。ここでは、身を持ち崩した感じの年増女性を、喜劇とは思えないほどリアルに演じている。

 そのおたつに横恋慕しているのが、バス会社の社長の息子・山西(三木利夫)。金満家で金縁メガネをかけている嫌味な男。のちの「若大将」シリーズの青大将(初期タイプ)のようなキャラで、「いさみや自転車店」はこの男の親父から借金をしている。しかも山西は、娘・おすみ(椿澄枝)に懸想していて・・・。つまり六さん、勇さん、共通の恋敵である。

 体格の良い六さんは誰からも「相撲取りになったら?」と勧められるが、当人は争い事が嫌いで気が小さい。相撲なんてもってのほか。逃げて周っている。唄が好きで、ホンワカしたキャラはいつもの岸井明さん。

 歌自慢だけあって、随所で岸井明さんの歌声が楽しめる。自慢の喉で「♪小原節」、自転車に乗りながら海辺の街を藤原義江さんの「♪出船」を歌いながら走る。自転車修理をしながら自作「♪ほんとに困りもの」を口づさむシーンがいい。

 山西は、父親が勧進元になっている相撲の「地方巡業」の切符で、金兵衛のご機嫌をとる。おしげもおすみも大喜び。しかし六さんは断固として行かない。「相撲が嫌いなわけじゃない」。おすみに惚れているから、山西が嫌いなだけなのだが、その本意を誰も理解していない。相撲の途中、おすみが、留守番の六さんのために、お土産の寿司を持ってくる。このシーンがいい。二人だけの店で、心を通わすおすみと六さん。倒れそうになったおすみを抱き上げる六さん。嬉しそうなおすみ。当時としては最高のラブシーンである。もしも相撲取りになったら「いさみ川」を名乗る約束をしたり。

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 六さん、そのお土産を持って、田舎道を歩いて実家へ。子沢山の兄夫婦(西條英一・加藤欣子)、年老いた母(小峰千代子)へのお土産にする。しかも母には、いつも小遣いを渡す。このあたり、国策にそっての描写なのだが、岸井明さんのほんわかした優しい雰囲気により六さんのキャラに観客が感情移入できる。

 そんなある日、強盗を投げ飛ばし、腕に自信を覚えたところで、娘・おすみに横恋慕している山西(三木利夫)の部下の悪意で、親父が「六が娘を口説いている」と誤解。六さんと勇さん、店をやめて住むところがなくなる。

 全てを失った六さん、お袋に合わす顔もない。出世して故郷に錦を飾って、晴れておすみちゃんを迎えに来よう! そのために、ようやく「相撲取りになる!」と決意。意気に感じた勇さんと上京。褌担ぎから苦労の日々。ここから5年間の修業時代の本格的相撲映画となる。アチャラカ喜劇で始まりながら、かなり力の入ったスポーツ映画となる。岸井明さんの稽古姿、土俵姿、取組がかなり腰が据わっている。それもそのはず、役者になる直前まで、日大相撲部の主将で、家族は関取になるものと思っていたとか。

 相撲部屋で兄弟子たちから、唄が上手いのなら何か歌えと言われて「♪佐渡おけさ」を歌い、兄弟子たちが踊るシーン。結局、親方に怒鳴られてしまうのだが、こうしたシーンが、当時の観客は楽しかったんだろうなとしみじみ。

 親方役には、講釈師・二代目大島伯鶴さん。ホンモノの親方かと思うほどナチュラルというか、かなり素人っぽい。  兄弟子には光一さん。この二人が後半の相撲出世ドラマを牽引していく。当時の国技館での本場所の土俵入りや花形力士、取組がインサートされて、それも貴重な記録となっている。

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 勇さんが東京でタクシー運転手となり、六さんの修業を支える。その友情も感動的で、前半のはちゃめちゃな、乱れっぷり(酒乱)とのメリハリが効いている。5年間、六さんは母や金兵衛父娘に所在を告げずにひたすら修行を重ねる。ある日新聞でその活躍を知るおすみの輝く笑顔! 東宝のアイドル女優の元祖・椿澄枝さんがとにかく可愛い。エノケン一座からP. C .L.入り『東京ラプソディ』(1936年・伏水修)『楽園の合唱』(1937年・大谷俊夫)などのヒロインをつとめ、若い男性や兵隊に人気だったのがよくわかる。

 勇さんと親方が、六さんに内緒で続けていた「ある善意」が、出世した六さんに伝わるシーン。岸井明さんの男泣きも含めて、なかなか感動的。東京映画探検的には、タクシー運転手となった勇さんが銀座から下町を通って隅田公園、両国まで運転するシーンのロケ! 昭和13年の東京探検が楽しめる。

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 この映画の好評を受けて、翌年には姉妹篇『青春野球日記』(1939年・渡辺邦男)が作られた。サトウ・ハチロー原作で、主演は月田一郎さん、高田稔さん、佐伯秀男さん、霧立のぼるさん。これは野球映画のルーツとしてなかなか楽しめる。サトウ・ハチロー原作、渡辺邦男監督は、戦後『エノケンのホームラン王』(1948年・エノケンプロ)で再び組む。そうしたスポーツ青春ものの原点が、この『青春角力日記』だろう。

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