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『フットライト・パレード』(1933年・ワーナー・ロイド・ベーコン)

バズビー・バークレイ演出によるワーナー・ミュージカル研究。ジェームズ・キャグニーが八面六臂の大活躍する”Footlight Parade”『フットライト・パレード』(1933年・ワーナー・ロイド・ベーコン)を娯楽映画研究所のスクリーンで投影。これもアマプラで字幕版を配信している。

ポスター・ヴィジュアル

この年だけでも『四十二番街』(3月9日)、『ゴールド・ディガーズ』(5月27日)に続いて『フットライト・パレード』(9月30日)と3ヶ月に一本で公開されていたのがすごい。バークレイ流の「万華鏡的ミュージカル・シークエンス」が一作品あたり3〜4曲あるのだから、今では考えられないハイペースである。

ヘイズ・オフィスによる「自主規制コード」が施行される前年の”プレコード作品”なので、アンモラルかつ、ギリギリの描写も楽しめる。なんといってもジェームズ・キャグニーが野心的なブロードウェイの演出家を演じているので、そのパワフルな勢いに圧倒される。102分の尺なのだけど情報量は二時間半ぐらい。速射砲のようなセリフ、きつくゼンマイを巻いたようなキャグニーの動きに圧倒される。

例えるならば古澤憲吾監督の『ニッポン無責任野郎』(1962年・東宝)の植木等のような”常軌を逸したパワフルな無責任男”のようでもある。ロイド・ベーコン監督の演出も、キャグニーのテンポに合わせているので、当時の観客たちはついていけたのだろうか?とまで考えてしまう。

しかもクライマックス、土曜日の夜に3本のミュージカル・ナンバーを、三つの劇場で同時上演して、観客に受けないと、ショーの資金を出してもらえない。というハードルを用意しているので、後半のミュージカル・ナンバーまでの展開がスピーディ。

ルビー・キラー、ジェームズ・キャグニー、ジョーン・ブロンデル

キャストも豪華、野心的演出家ジェームズ・キャグニー、彼を慕う有能な秘書ジョーン・ブロンデル、眼鏡っ子の制作部ルビー・キラー、プロデューサー夫人の寵愛を受けている歌手ディック・パウエル。お馴染みの面々に、コメディ・リリーフのダンス監督フランク・マクヒュー、プロデューサー・ガイ・キビー、その夫人ルース・ドネリー、その甥ヒュー・ハーバート。これだけの人物が出たり入ったり。全てキャグニーとの絡みがあるので、ドラマ部分もかなり濃密。

ミュージカル・シークエンスも、バークレイの才気あふれる”Honeymoon Hotel”(作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル)、水中レヴュー”By a Waterfall”(同)、日本でも大ヒットした"Shanghai Lil"(作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン)などが楽しめる。特に、リハーサルで上演される"Sitting on a Backyard Fence" (作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル)は、アンドリュー・ロイド・ウエバーの「キャッツ」のアイデアの厳選のような、都会の猫たちの楽しいナンバー。

チェスター・ケント(キャグニー)は、興行主たちがトーキー映画に目移りしてしまったために、ブロードウェイの演出家としてのキャリアの危機を迎えていた。誰もが安価なトーキー映画に走り、高額な費用をかけて博打同然のショーを敬遠し始めていたからだ。ならばと、映画の幕間に上演されるショーの演出を、全国的に展開する「物量作戦」を企画して大当たり。アメリカ中の映画館のプロローグ・ショーのプロデュースを独占。

ケントに出資しているボス、サイラス・グルード(ガイ・キビー)は大儲けしてご満悦。しかも二重帳簿で、忙しいケントには「赤字」と偽って私服をこやしている。ケントのプロダクションには、グルード夫人、ハーネット(ルース・ドネリー)も公私混同、若いツバメの大学生歌手、スコット・ブレア(ディック・パウエル)を無理矢理押し込んだり。

それでもケントは、野心的アイデアの実現に猪突猛進。そんなケントを支えるのは有能な秘書、ナン・プレスコット(ジョーン・ブロンデル)。二人のロマンスがサイドストーリーになると思いきや、その障害として、ナンのかつての友人で”ゴールドディガーズ”として金持ちから財産を搾り取っている悪女・ヴィヴィアン・リッチ(クレア・トッド)が現れる。

しかしケントはヴィヴィアンに誘惑されて、彼女に夢中になって、婚約までしてしまう! ナンの心は千々に乱れる。

意外なのは、ルビー・キラー。有能な制作部員で眼鏡っ子・ビー・ドーソンを演じている。鼻持ちならない学生上がりの歌手スコットとは最悪の出会いをして、会えば喧嘩ばかり。しかしビーはスコットに密かに恋をして、彼に注目してもらいたい一心で、メガネを外して、ナンからメイクアップを教わりイメージチェンジ。

♪裏街のネコ Sittin' on a Back Yard Fence(1933) 

その美しさと存在感に、ケントは彼女をトップスターに仕立てることに。そこで展開するナンバーが、"Sitting on a Backyard Fence" 。都会の裏街、猫たちの夜の饗宴を、キャット・スーツを着たコーラス・ガールたちが唄って踊る。まさに元祖「キャッツ」である。バークレイらしい、美女のクローズアップや、モンタージュを駆使した楽しいナンバー。

いたずらネズミの役で、ベビー・スターのビリー・バーティ(小人症のタレント、当時9歳)が登場。コミック・リリーフをつとめる。ビリー・パーティは、バークレイのお気に入りで、次作『ゴールドディガーズ』のミュージカル・シーンにも登場する。

ケントは、野心的なアイデアでショーを制作していくが、そのアイデアが次々と、ライバル劇場に盗まれて挫折しそうになる。しかも別れた筈の女房が離婚届を出していなく、法外な慰謝料を請求される。そんなケントのピンチを救うナンがいじらしい。ジョーン・ブロンデルが珍しく「尽くす女の純情」を演じているが、これがなかなかいい。

やがて全米でチェーン展開をしている「アポリナリス映画館」の契約話が舞い込むが、その契約を成立させるためには、一晩で三つの劇場で「観客が喜ぶ」プロローグショーを上演。アポリナリス氏(ポール・ポルカシ)を納得させねばならない。

タイムリミットは三日間! しかも内部にいるスパイにショーの内容漏洩を防ぐために、稽古場を封鎖して、スタッフ、キャスト全員を缶詰にすることに。コーラスガールたちが合宿して、夜も寝ずにリハーサルするシークエンスが展開される。ケータリングの夕食や朝食に、大喜びするコーラスガールたち。まだ世界大恐慌の不景気の時代、贅沢な食事にありつける嬉しさが画面から感じられる。

そしていよいよ運命の土曜日。ケント、演出、構成による画期的なミュージカル・ショーの3作同時上演の幕が開く。コーラス・ガールたちはバスに乗り込み、8時「ダイアナ・シアター」、9時「マーキュリー・シアター」、10時「ジュピターシアター」で次々とミュージカル・ショーを演じることになる。

♪ハネムーン・ホテル Honeymoon Hotel(1933)

第一のショーは、ダイアナ・シアターで8時開幕の”Honeymoon Hotel”。主役はディック・パウエルとルビー・キラー。二人は婚約カップルで、新聞で評判の新婚のメッカ「ハネムーン・ホテル」へ。ホテルマン、サービス係、それぞれが唄い出す。なぜか「スミス名義でチェックイン」するカップルが多いというのがおかしい(不倫や未婚者たちの密会の場という暗喩)。ディック・パウエルとルビー・キラーは、ホテルで結婚式をして晴れてチェックイン。巨大セットで、ホテルの各部屋のカップルが描かれて、その物量に圧倒される。男性たちは着替えるためにガウンを手に部屋を出る。女の子たちは、廊下に出てきてかしましく歌う。

やがて11時、これからは「新婚の時間」となる。若い男女ばかりのナンバーに、ここでもビリー・バーティが登場してコミカルなアクセントとなっている。ダンス・ナンバーというより、人物の動きをマスゲーム的に見せるバークレイ演出が楽しめる。それに新婦たちのナイトウェアのセクシーなこと。ビリー・バーティ少年がちょこまかして、主役カップルの間のトラブルメイカーとなるも、二人は仲直りしてベッドイン。カメラがパンをすると、雑誌がパラパラとめくられて、ハネムーン・ベイビーの写真となる。プレコード時代なので、結構、セックスについて暗喩もダイレクトである。

♪バイ・ア・ウォーターフォール By a Waterfall(1933)

コーラスガール、ケント、ナンたちはバスやクルマに乗って、第2の「マーキュリー劇場」へ。警察の先導でブロードウェイの目抜き通りを疾走する。この大袈裟な感じが楽しい。クルマから飛び降りてバックステージに向かう女の子たちは肌もあらわな水着姿。次のナンバーは、バークレイの舞踊場面でも最も有名な、ステージに滝を作って大プールで水中バレエを繰り広げる”By a Waterfal”(作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル)

ディック・パウエルとルビー・キラーの恋人たち。滝を望むフィールドで甘い時を過ごしている。やがてパウエルが眠ると、キラーは森の妖精=ニンフたちに誘われるままに滝へと向かう。ワーナーのステージに巨大な滝のセットを組んで、大量の水を流して、美女たちが次々と滑り台を降りていく。滝壺は巨大なプールで、ニンフたちは泳ぎ、水中でマスゲームのような隊列を作っていく。とにかく「よくもまあ」という感じで、美女たちの肉体が水中で自在に泳ぐ姿を、キャメラが捉えて、バークレイの独特のモンタージュで華麗なページェントが繰り広げられる。

この「水中バレエ」は、のちにMGMで、エスター・ウィリアムズ主演の水中ミュージカルのルーツとなり、シンクロナイズド・スイミングというジャンルの成立にも大きな影響を与えた。サミー・フェイン作曲による美しいメロディ、水を被ろうと、水中だろうと「笑顔、笑顔」の美女たち。抜群のプロポーションの御御足が物量作戦でスクリーン一杯に広がる。今ではコンプライアンス上問題になるだろうが、プレコード期ならではの「男の願望」のヴィジュアル化でもある。

クライマックス、巨大プールに四方から飛び込む女の子たち。それを俯瞰ショットで捉える。女の子たちは円陣を作ってマスゲームが展開される。水中ショットで、美女たちの股間をスイスイと泳いでいく女の子、水の中なのに笑顔! のちにバークレイが演出することになるエスター・ウィリアムズの『百万弗の人魚』(1952年・マーヴィン・ルロイ)は、このシークエンスをさらに拡大したもの。これを昭和8年、リアルタイムで観た日本の観客たちの驚きを想像するだけでも楽しい。ラストには、女の子たちがデコレーションケーキのように「人間噴水」となる。江戸川乱歩的な倒錯感すら感じる。

♪上海リル Shanghai Lil(1933)

2つの公演はまずまず成功、いよいよ「ジュピターシアター」でのステージとなる。ところが主役を演じる予定の歌手が、プロデューサー夫人の愛人という理由で抜擢されたために、土壇場になって「できない」とゴネだす。酒に酔っている歌手を引き摺り出してもステージに立たせようとする。このトラブルもライバル会社の計略だった。

ジェームズ・キャグニーは怒り心頭、歌手ともみ合いになって、舞台袖の階段から落ちる。序曲がそこで終わり、幕が開く。オーケストラは”Shanghai Lil”「上海リル」を演奏。倒れていた主役が立ち上がると、なんとジェームズ・キャグニー。かつて自分を翻弄した中国娘”上海リル”を探して上海の裏街の酒場を彷徨うキャグニー。「上海リル」はこの映画のためにウォレン&デュービンが書き下ろした曲だが、哀愁を帯びたマイナーなメロディで、日本でも大ヒット。唄川幸子、川畑文子、ディック・ミネ、江戸川蘭子などが日本語カヴァーを唄ってスタンダードに。

あまりにもヒットしたために、この映画の主題歌であることを知らずに、日本のオリジナル流行歌と思っている人も多かった。戦後、昭和26(1951)年に戦前を懐かしむイメージで作られたアンサーソング「上海帰りのリル」(作詞:東條寿三郎 作曲:渡久地政信)を津村謙が唄い、新東宝で映画化もされ大ヒットしたので、なおさら日本の曲と思う人が多かった。

さてキャグニーは”上海リル”を探して、酒場やアヘン窟を彷徨う。上海共同租界の「魔窟感」の東洋の神秘のイメージ。この時代のハリウッド映画の上海は、こんな風に描かれていた。やがて、酒場のカウンターの中から上海リル(ルビー・キラー)が登場。誰もがイメージしていた”魔性の女”ではなく、かわいいお嬢ちゃん!というのがいい。カウンターで、ルビー・キラーとジェムズ・キャグニーがタップを踏むシーンが圧巻! キャグニーはアメリカ海軍の水兵で、本国に帰られなばならない。別れが辛い上海リルは、なんと水兵に化けて、海軍の隊列へ。後半は、バークレイ的なマスゲーム演出で、「上海リル」の演奏もブルースから行進曲へ転じていく。

こうして三つのミュージカル・ショーは大成功。大口契約も取れ、ケントはナンと晴れて結ばれることが匂わされてのハッピーエンドとなる。

【ミュージカル・ナンバー】

♪上海リル Shanghai Lil(1933)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*オープニング・クレジットBGM
*唄・ダンス:ジェームズ・キャグニー、ルビー・キラー、コーラス

♪バイ・ア・ウォーターフォール By a Waterfall(1933)

作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル
*オープニング・クレジットBGM
*唄・ダンス:ディック・パウエル、ルビー・キラー、コーラス

♪サロメの出現 A Vision of Salome(1908)

作曲:イェンス・ボデワルトランペ
*プロローグの映画館のシーン

♪おお!月はここに Ah! The Moon Is Here(1933) 

作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル
*唄:フランク・マクヒュー、ディック・パウエル、コーラス(リハーサル)

♪ワン・ステップ・アヘッド・オブ・マイ・シャドウ
One Step Ahead of My Shadow(1933)

作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル 

♪裏街のネコ Sittin' on a Back Yard Fence(1933) 

作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル 
*唄・ダンス:ルビー・キラー、ビリー・タフト、コーラス

♪スイート・アデライン You're the Flower of My Heart, Sweet Adeline(1896) 

作曲:ハリー・アームストロング 作詞:リチャード・H・ジェラルド
唄:ディック・パウエル

♪ハネムーン・ホテル Honeymoon Hotel(1933)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
唄・ダンス:ディック・パウエル、ルビー・キラー、コーラス

♪レディ・フェア Lady Fair

作曲:サミー・フェイン
演奏:オーケストラ(「上海リル」上演前)

♪錨を上げて Anchors Aweigh(1906) 

作曲:チャールズ・A・ジンネマン
演奏:オーケストラ(「上海リル」の中で)

♪星条旗よ永遠なれ The Stars and Stripes Forever(1896) 

作曲:ジョン・フィリップ・スーザ
演奏:オーケストラ(「上海リル」の中で)


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佐藤利明(娯楽映画研究家・オトナの歌謡曲プロデューサー)の娯楽映画研究所
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