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『青空二人組』(1938年10月20日・東宝映画東京撮影所・岡田敬)

11月7日(月)の娯楽映画研究所シアターは、藤原釜足と柳谷寛コンビの明朗喜劇『青空二人組』(1938年10月20日・東宝映画東京撮影所・岡田敬)をスクリーン投影。

原作は獅子文六が文藝春秋社の雑誌「オール読物」に執筆したユーモア小説。電気工夫の仲良し二人組が、電信柱の上から垣間見た様々な人間模様をユーモラスに描いている。ヒッチコックの『裏窓』(1954年)の先駆けのような視点の掌編小説。

フランス帰りの作家・岩田豊雄が、フランス人の妻・マリーの病没、「娘と私」で描くことになる長女との二人暮らしの日々のなか、獅子文六を名乗るようになったのが1932(昭和7)年のこと。昭和9(1934)年に「新青年」に掲載した「金色青春譜」から獅子文六のユーモア小説の時代が始まった。特に昭和11(1936)年に朝日新聞に連載した初の新聞小説「悦ちゃん」が、日活で映画化。『悦ちゃん』(1937年日活多摩川・倉田文人)が大ヒットして「悦ちゃん」ブームが巻き起こる。

この『青空二人組』は、獅子文六の初の東宝作品となる。脚本・監督は岡田敬。日活太秦から大都映画を経て、エンタツ・アチャコの『あきれた連中』(1936年)P.C.L.に移籍、エノケン、ロッパなどの喜劇映画を中心に活躍していた。というよりP.C.L.入社以来、ロッパの『歌ふ弥次喜多』(1936年)、エンタツ・アチャコの『これは失礼』(同)、じゃがだらコムビ(藤原釜足・岸井明)の『おほべら棒』(同)、『エノケンの江戸っ子三太』(同)など喜劇人の映画ばかり撮っていた。

岡田敬は、前作『四ツ葉のクローバ』(1938年6月29日)で、霧立のぼる、江戸川蘭子、堤真佐子、梅園竜子の東宝四大女性スターをフィーチャー。喜劇人映画ではない作品がこれが初となった。

柳谷寛と藤原釜足

さて『青空二人組』である。当初は藤原釜足と岸井明のコンビ作として企画されたが、進捗著しいバイプレイヤー・柳谷寛が抜擢され、藤原釜足とのコンビを組むこととなった。2年後の成瀬巳喜男『旅役者』(1940年)「馬の脚」コンビがここで誕生した。

柳谷寛(やなぎや・かん)は、僕らの世代では「ウルトラQ」の「2020年の挑戦」でケムール人を追いかける刑事役や「あけてくれ」の蒸発願望のサラリーマンのイメージが強い。芸歴は長く、1911年青森出身、岸井明も通っていた日本映画俳優学校からP.C.L.と契約。山本嘉次郎監督、宇留木浩主演『坊ちゃん』(1935年)のガキ大将役で本格デビューを果たした。以来、脇役として活躍してきたが、この『青空二人組』で主演に抜擢された。

青空の下、電信柱に登って気楽に仕事をしている電気工夫の仲良し二人組。南洲こと熊野(藤原釜足)と北洲こと渡辺(柳谷寛)は、同じ群馬県の生まれで、出身が南側エリアと北川エリアなので南洲、北洲と呼び合っている。同じ学校を卒業し、同じ日に状況、同じアパートに住んでいる。

電信柱から見る東京風景。遠くに武蔵野をのぞみ、赤坂区のお屋敷町や、カフェーの女給やダンサーが住むアパートの部屋の様子が自然と目に入ってくる。トップシーン。寝坊した女の子が布団の中でタバコに火をつけ、雑誌をめくったり。隣の部屋でも下着姿の女の子がタバコの吸い殻に火をつけて、髪の毛をかき上げている。

そんなスケッチがユーモラスに展開する。場面変わって、日の丸デパートでは、有閑マダム・永田貞子(伊達里子)が辺りをキョロキョして挙動不審。係員に「事務所まで来い」と引っ張られるとマダムの荷物からは盗んだ商品が出てくる。ああ、この時代から主婦の万引きとそれを取り締まる万引きGメンがいたとは!

「マダムと女房」(1931年・松竹)以来、マダム役といえばの伊達里子
ムーランルージュ新宿座出身の森野鍛治哉


「主人を呼んでください!」
と絶叫して、夫の名刺を差し出す貞子。しばらくして、事務所にぬうっと現れるのが、婿養子である夫・永田(森野鍛治哉)。ムーラン・ルージュ新宿座で人気だったコメディアンである。まるで漫画のようなとぼけた要望で、独特のスローな口調、しかも小声が特徴的。貞子はヒステリーから来る万引き常習者で、夫も手を焼いている模様。金持ちなので、盗んだ商品の代金はその場で支払って、いつも示談にしている様子。

ちょうど、その時、デパートの事務所の窓の外では、南洲と北洲が電信柱で作業中。妻の失態を目撃され、噂を広められたら一大事と、永田は電気会社に連絡して、二人の居所を聞き出す。この永田夫妻が、トラブルメーカーとなっていく。

二人組は、毎晩行きつけの食堂で夕食と晩酌をしている。主人を演じているの二代目・春本助次郎。寄席色物大神楽の芸人で吉本興業の専属で、岡田敬作品の常連として『うそ倶楽部』(1937年)『風流浮世床』(1939年)などに出演している。食堂の女房にはお馴染みの清川虹子。そして店の看板娘・お春には、清純派の椿澄枝が演じている。『東京ラプソディー』(1936年・伏水修)で藤山一郎の恋人を演じていた女の子である。

可憐な椿澄枝

北洲は、このお春ちゃんにご執心で、あわよくば結婚したいと考えているが、お春ちゃんは店の常連の円タクの運転手・鈴木(狭山亮)にぞっこん。今日も横浜まで行ってきたと「ハマのシウマイ」をお土産に持ってくる。この頃から崎陽軒のシウマイは、横浜土産の定番だったのか!

ある日、二人組が電信柱で仕事をしていると、とある家の二階で美しい女性が、鴨居に帯をかけて自殺をしようとしている。南洲は慌てて、物干し台から部屋に入って、それを止める。女性は、この家の娘・梅子(山縣直代)。なぜ彼女が自殺未遂をしたのかが、後半のドラマとなっていく。その母親を演じているのがベテランの竹河豊子。山縣直代といえば、成瀬巳喜男の『君と行く路』(1936年)のラストでも自殺してしまう。美人だがどこか影もある。そんなスクリーンイメージだったのだろう。

薄幸イメージの山縣直代

梅子の家庭は裕福だったが、父が株の大暴落で負債を抱えて亡くなり、家計を支えるために梅子は、宝石店へ勤めた。ところがある日、ダイヤが無くなり、その嫌疑が梅子にかけられて失職。世を儚んで自殺未遂をしたことが明らかになる。南洲は彼女のために、なんとかしようと奮闘努力をする。のちの「男はつらいよ」シリーズの寅さんのように。

梅子を慰めるために映画に誘い出したはいいが、喜劇だと思ったら悲劇で(笑)その後、喫茶店でお茶を飲みながら映画の感想を伝える梅子は晴れやかな顔。藤原釜足の後ろの壁面に「オレンヂ十銭」「ソーダ水十五銭」とメニューが貼ってあるが、右後ろには、岡譲二と江戸川蘭子主演の競馬映画『人生競馬』(1938年・東宝・萩原耐)のポスターが貼ってある。

「人生競馬」ポスターも!

梅子は、自分の汚名を晴らすために、盗まれたダイヤの代金・三百円を工面したいのだが、母が親戚中を駆けずり回っても誰も貸してくれず「落ちぶれ」の悲哀を味わっている。しかも梅子は、財産や身分にこだわらない、こんなあたしたち親娘でも構わないと養子に来てくれる人がいるなら。と、大いに脈あり。

だから南洲は梅子のお名を晴らさんと、電気会社の親方(中村健峰)に前借を頼むも、ケンもほろろ。一方の北洲も、お春から、結婚相手の職業にこだわらない「あたしは、奥さんと呼ばれるより、おかみさんになりたいの」と言われて俄然張り切っている。ならばお春に着物でも買ってやろうと親方に五十円の前借りをするも、断られてしまう。

結婚への夢を語り合う二人。ここは「寅さん」の中盤の展開である。そして「赤坂区青山高樹町のお屋敷」から停電したからと修理要請が入る。自転車で高樹町に向かう二人。この頃の青山はおっとりとしたお屋敷町。成瀬巳喜男の『妻よ薔薇のやうに』(1935年)で、ヒロイン・千葉早智子が住んでいたのも高樹町(現在の港区青山)である。屋敷に駆けつけると、勝手口で応対した女中(美人!)が横柄な態度。ウチはお台所から何から、全部電気なので、困っているから、早く直して!と、この家の奥さんやご主人の普段が垣間見える。

1938年の東京風景

なんのことはない。この家は、万引きマダム・貞子と永田夫婦の家。今日も貞子は、明らかに盗品のダイヤを眺めてニヤニヤ。そこへ宝石店の番頭・新吉(三木利夫)がセールスにやってくる。貞子は慌ててマッチ箱にダイヤを隠して、窓の外に投げる。それを拾った北洲は、親切心から南洲に「お屋敷に返してきてくれ」と頼む。

そのダイヤが実は、新吉の店で盗まれたものだったことが判明。「主人を呼んでください!」と貞子のヒステリーが始まり、永田が現れて「ダイヤを買い取るから」と新吉に口外しないように頼む。ところがまたまた、青空二人組が電柱から屋敷を覗いていたことがわかって、永田と新吉は、二人のアパートにやってくる。

示談金を差し出されて、正義漢の二人は断るも、「ダイヤを拾ってくれたお礼、一割だから」と言われて、断る理由もないので受け取る。なんと五〇〇円も入っていた! ちなみに昭和13年の五〇〇円は、2019年の貨幣価値に換算すると八五万九千円ぐらい。

このお金で梅子の汚名が晴らせる! これでお春に結婚を申し込める。大喜びの二人組は、床屋で散髪をしてサッパリ、それぞれの女性の家にお金を持っていくが… この床屋の入り口には「皇軍万歳」と勇ましい自局迎合のスローガンが掲げられているが、シルクハットを被ったベティ・ブープのスタンディも立っている。ベティさんと皇軍。ミスマッチに感じるが、これが昭和13年の街角風景でもある。

皇軍とベティさん

ここからは「男はつらいよ」で繰り返される展開のダブルパンチ。梅子と新吉は恋仲だったが、宝石盗難事件で別離。梅子の自殺は新吉への失恋だったことがわかる。またお春も、円タク運転手・鈴木から求愛されて結婚することとなり、二人の夢は儚く消えて… というオチとなる。

他愛のないコメディだが、まだおっとりとした空気の東京風景。そして、新たなコメディ・チームとして張り切る藤原釜足と柳谷寛のバディぶりがなかなか楽しく、このコンビは、2年後の成瀬巳喜男『旅役者』で再びリユニオンすることとなる。




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