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 加山雄三の若大将シリーズがスタートしたのは昭和36(1961)年。恋にスポーツにモテモテの若大将はシリーズを重ね、「恋は紅いバラ」や「君といつまでも」といったヒット曲を数多く生み出して八年の月日が流れ、60年代最後の年を迎えていた。永遠の若大将とはいえ、加山も三十代にさしかかり、大学四年生のままでは、いささかムリがあると、名物プロデューサー藤本真澄が判断。

 昭和43(1968)年の夏休み映画『リオの若大将』で、ブラジルの造船所に就職が決まり、京南大学の卒業式で映画は大団円をむかえる。当時「シリーズ最終作」を匂わせる記事もあり、東宝サイドもこれでおしまい、というつもりだったようだが、ファンと全国の映画館主の要望を受けて、シリーズ継続がすぐに決定された。

 それが昭和44(1969)年の正月映画『フレッシュマン若大将』だった。藤本はかつて『続社長紳士録』(1964年)でモリシゲの社長シリーズ集結を宣言したものの、同じように映画館主の熱い要望を受けて、すぐにシリーズを再開。藤本はサラリーマン映画を得意としており、若大将のサラリーマン編はごく自然なかたちでスタート。

 若大将は日東自動車(ニッサンがモデル)に就職し、妹照子(中真千子)は運動部マネージャーだった江口(江原達怡)と結婚。青大将(田中邦衛)はパパの会社の副社長におさまったところから、リニューアル篇が始まる。これまで星由里子が演じてきたマドンナ澄子も、加山より一回り下のフレッシュアイドル酒井和歌子の節子にシフトされている。

 『日本一の若大将』(1962年)以来の福田純が手堅い演出で佳作に仕上げ、続いて『ニュージーランドの若大将』(1968年)を演出することになる。ここでは若大将は二年の海外赴任を経て日本に帰って来るという設定で、加山の実年齢に近づけている。その時代の流行に敏感だったシリーズだが、1970年の『ブラボー!若大将』(岩内克巳)では、若大将は失恋し、さらには失業してしまう! 

 この年、加山は事業の失敗で多額の借金を抱え「冬の時代」を迎えることになるが、それを作品が予見。シリーズも青大将の私生活を初めて描いた『青大将対若大将』(1971年・岩内克巳)で終焉をむかえる。しかし70年代に入ると突如リバイバルブームが起き、加山雄三自身も復活!「君といつまでも」のヒットで、実家・田能久の倒産を救った『エレキの若大将』(1965年)のように、現実でも同じ現象が起きた! ここまで実人生とシンクロしてしまったのは凄い! その復活劇は10年ぶりに作られた『帰ってきた若大将』(1981年・小谷承靖)を観れば実感できる。

「映画秘宝」(2006年)より



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