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『社長紳士録』(1964年・松林宗恵)

 昭和31(1956)年のお正月映画『へそくり社長』(千葉泰樹)から8年、森繁久彌さん、小林桂樹さん、加東大介さん、三木のり平さんの「社長シリーズ」は、高度経済成長を邁進していく時代、年に2本〜4本のペースで連作され、文字通り東宝のドル箱となっていた。敗戦から復興を遂げ、経済大国になりつつあった日本の「戦後の総仕上げ」ともいうべき、東京オリンピック開催を控えた、昭和39(1964)年1月3日、円谷英二特技監督、稲垣浩監督のスペクタクル時代劇『士魂魔道 大龍巻』と同時封切りされたのが、シリーズ第20作『社長紳士録』である。

 東宝の製作本部長である藤本真澄は、昭和27(1952)年の源氏鶏太原作『三等重役』から連綿と続いてきた東宝サラリーマン映画のメインストリームである「社長シリーズ」を、人気があるうちが花とばかり、本作で打ち止めにしようとしていた。製作時より「社長シリーズ最終作」と喧伝されていて、これまでの集大成的な作品を目指している。

 大正製紙の常務・小泉礼太郎(森繁)は、黒田社長(左卜全)の命で、秘書課の原田勉(小林桂樹)ともに、子会社の大正製袋の社長に就任する。前半、森繁常務の時の描写は、いろんな意味で「若返り」を意識している。妻・貞子(久慈あさみ)との間には、中学生の長女・洋子(岡田可愛)、小学生の長男・昭一(山本忠司)、幼稚園児の次男・和男(杉山直)の子供がいて、貞子は教育ママとして子育てに余念がない。壮年期に差しかかって小泉常務は、毎朝、自分の男性機能の状態をチェックして、統計を取っている。

 行きつけのクラブ「パピヨン」のマダムの京子(草笛光子)から日曜のデートを持ちかけれ、鼻を伸ばした小泉常務。次男の幼稚園の運動会と重なってしまっているので、社長秘書の原田に「社長の急用」があると言わせるために、日曜の朝、自宅に呼びつける。これもシリーズではおなじみ、桂樹さんによる尻拭いシーンのリフレイン。そこへ本物の黒田社長からの呼び出しで、いそいそと出かけるも、囲碁の相手をさせられて、京子との浮気デートは例によって未遂に終わってします。

 というわけで、大いなるマンネリズムが魅力の「社長シリーズ」だが、シリーズ全作を手掛けてきた笠原良三さんによるシナリオは、これまでのエッセンスをテンポ良く投入しながら、誰もがイメージする「社長シリーズ」が展開していく。常務から、小さい会社の社長になるのは『サラリーマン忠臣蔵』(1960年)のリフレインでもある。

 小泉が社長に就任した「大正製袋」のビルは、おそらく戦前からの古い建物でエレベータもない。そこで石橋を叩いても渡らないような勤勉実直な営業部長・富岡(加東大介)、例によって社用族の権化のような宴会好きの総務部長・猿丸(三木のり平)が登場。これでいつもの「社長シリーズ」のメンバーが揃う。のり平さんの「パーッとやりましょう」。今回は右手で「パッ」、左手で「パッ」、両手を広げて「パッパラパーのパー」とエスカレート。

 大団円にふさわしく、シリーズを通して独身を貫いてきた、桂樹さんの秘書課長がいよいよ恋人と結婚する。これまで団令子さん、藤山陽子さんと、様々な相手役がいたが、やはり第一作『へそくり社長』から恋人役を演じてきた司葉子さんが、『続サラリーマン清水港』(1962年)以来、2年ぶりの登場。秘書課の小沢房代として、婚約中の原田といよいよ結婚式を直近に控えている。媒酌人は、小泉常務夫妻に依頼しているが・・・

 しかし、結婚式の予定日が、大正製袋の小泉社長の就任と重なり、翌週に延期となる。しかも、いよいよ明日という日に、小泉社長就任式の二次会でいったクラブ「パピヨン」一周年記念の椅子取りゲームで、尻餅をついて打撲で入院。またしても延期となる。結婚式が挙げられずに、悶々とする桂樹さんがおかしい。相変わらず、お母さん(英百合子)に横柄なで、婚約者・房代がやってくると態度は一変、急に優しくなる。

 なんと言っても、いつも以上に暴走してくれるのが、三木のり平さんの猿丸部長と、フランキー堺さん演じる取引先・日本澱粉社長の日当山隼人(ひなたやまはやと)の二人。フランキーさんは、いつもの日系バイヤーではなく、鹿児島男児で「んにゃ、んにゃ」「ちんちん」を連発。おまけに女性嫌いの男色家で、宴席でなんと猿丸部長にロックオン。のり平さんの首に手を回して耳をチョコチョコ触って「猿丸ちゃ〜ん」と迫るフランキーさん。逃げるのり平さん。これがおかしいのなんの。

 フランキーさんにインタビューした時、社長シリーズの話になり、一番のお気に入りが『社長紳士録』で「猿丸ちゃーん」とのり平さんを襲うシーンだったと、映画のままの口調で、生「猿丸ちゃーん」をしてくださった。笠原さんのシナリオにあるエッセンスを元に、現場で森繁さん、のり平さんと相談して、毎回、キャラクターを作り上げていったそうである。松林監督は、みんなの相談が終わるまで、じっくり待っていてくれたとも。

 さて、鹿児島ロケでは、当時人気の遊園地が併設されていた城山観光ホテルへタイアップでロケーション。ホテルの庭で出会う美人がナンバーワンの芸者・はま勇(池内淳子)。彼女と一緒にいる半玉さんは、「駅前シリーズ」のレギュラーでもある旭ルリさん。その晩の縁席で、小泉社長、はま勇に口説かれてご満悦になるも、結局、いつものように空振りに終わる。
最終作を意識しているだけに、草笛光子さん、池内淳子さん、そして『サラリーマン忠臣蔵』『続社長道中記』の中島そのみさんも、クラブ「パピヨン」のホステス役で登場。続編では、新珠三千代さんも出演している。


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