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『泥酔夢』(1934年8月16日・ワーナー・レイ・エンライト)

シネ・ミュージカル縦断研究。バズビー・バークレイの1930年代ワーナー・ミュージカルを連続鑑賞。昨夜は1934年、プレコード期に、バークレイのセンスが大爆発したDames『泥酔夢』(1934年8月16日・ワーナー・レイ・エントライト)を米盤DVDでスクリーン投影。改めて観ると、やっぱり「どうかしてる」センスの大洪水!

前年、バークレイは『四十二番街』『フットライトパレード』『ゴールドディガーズ』のプロダクション・ナンバーを手がけ、それまで「舞台丸撮り」のイメージがあったシネ・ミュージカルに「映画独自の表現」「モンタージュ」を駆使して映像革命をもたらした。ワーナー・ブラザースの広報は、この独自のスタイルを”cinematerpsichorean”という造語で表現。

ポスター・ヴィジュアル

日本でもステージや映画人に多大な影響を与えた。このDames「泥酔夢(でいむ)」と邦題がつけられ、米公開のわずか1ヶ月後、昭和9(1934)年9月1日に公開された。日本ではこの年の5月に、エノケン映画第一作『青春酔虎傳』(PCL・山本嘉次郎)が公開され、そのトップシーンに、エディ・キャンターが『突貫勘太』(1931年)で歌った”Yes ,Yes"の替え歌から始まる。オリジナルは、バズビー・バークレイが演出したプロダクション・ナンバー。ことほど左様にバークレイは新しかった。ちなみに昭和11(1936)年7月公開の『エノケンの千万長者 前篇』(山本嘉次郎)では、本作の主題歌”Dames”が劇中に流れるシーンがある。

さて『泥酔夢』は、1934年プレコード期に作られたので、そのアンモラルさも含めて、現在の目で観ると新鮮。クライマックスにプロダクション・ナンバーを成立させればいいので、それに至るドラマは、毎回趣向を凝らしていて楽しい。「金持ちをいかに騙して、ブロードウェイの舞台を成功させるか」が基本なのは「ゴールドディガーズ」シリーズと同じ。

ジョーン・ブロンデル、ディック・パウエル、ルビー・キラー

キャストは、偏屈のモラリストで「ショービジネスなんて愚の骨頂」がモットーの大富豪・エズラ・オンスに、ヒュー・ハーバート。ワーナー・ミュージカルで演じ続ける「変人キャラ」のルーツともいうべきキャラクター。シャックリの常習で1900年代初頭のシャックリ止め薬を服用している。その副作用に引っ掛けて邦題の『泥酔夢』が付けられている。

そのいとこ、マチルダ・ヘミングウェイにザス・ピッツ、その夫でソーセージ会社の社長・ホレスに、お馴染みガイ・キビー。このホレスが、仕事にあぶれたショーガール、ジョーン・ブロンデル演じるメイベルのターゲットとなり20万ドルの小切手を切らされる。

それが一族の当縁にあたるミュージカル歌手で作曲家、ディック・パウエル演じるジミー・ヒゲンズの新作舞台の上演資金となる。さらにディック・パウエルの恋人に、ホレス夫妻の娘でルビー・キラーが演じるバーバラ。彼女は億万長者・エズラに禁じられているショービジネスの世界で密かにダンサーをしている。

ロビーカード

楽曲は、ワーナー・ミュージカルのサウンドを作った、作曲・ハリー・ウォレン、作詞・アル・デュービンのコンビ。ラブソングのスタンダードとなった”I Only Have Eyes for You”や、主題歌”Dames”など名曲が揃っている。

クライマックスのプロダクション・ナンバーの”Dames”は、1985年のミュージカル・アンソロジー『ザッツ・ダンシング!』(MGM・ジャック・ヘイリー・ジュニア)「バズビー・バークレイ」コーナーでも紹介されていて、僕は1985年秋、第一回東京国際映画祭、NHKホールでの上映で初めてスクリーンで観て、とにかく驚いた。華麗な映像マジックに酔いしれるというより、バークレイの異常な感覚に、戸惑いながら感心した。ダンサーをオブジェのように幾何学的模様に配置。まさに人間万華鏡という感じで、トリップに近い感覚を味わった。

また、美しいメロディでスタンダードとなった”I Only Have Eyes for You”のプロダクション・ナンバーもまた然り。ルビー・キラーの顔のアップから、巨大な彼女の顔がどんどん増殖していく。まさに悪夢のようなヴィジュアル。ヒロインの顔やダンサーたちをオブジェと捉えて、映像でレイアウトしていく感覚! この”I Only Have Eyes for You”は、冒頭のフェリーでのデート場面から繰り返し登場。ディック・パウエルがルビー・キーラーの「愛のテーマ」でもある。

この曲は、ジェーン・フローマン、エディ・デューチン、ベン・セルビンなどの演奏で当時ヒットしたが、1959年にドゥーワップ・グループのザ・フラミンゴスがカヴァー。これが大ヒットした。その後もクリフ・リチャード(1964年)、レターメン(1966年)、アート・ガーファンクル(1975年)のカヴァーがそれぞれヒットしている。山下達郎も1986年のアルバム「ON THE STREET CORNER 2」でカヴァー、日本でも親しまれている。

トリビアとしては、ディック・パウエルが舞台の企画をプロデューサーに売り込むシーンでは、リハーサル・ピアニストのバターカップ・バルマー役で役で、のちにディズニーの「不思議の国のアリス」などを手掛ける作曲家サミー・フェインが出演している。

さてストーリーである。「全米の人々のモラルを高めること」が人生の目標である億万長者のエズラ・オンス(ヒュー・ハーバート)は、病的なまでのモラリスト。ショービジネスなんてもってのほかという頑固者。その莫大な遺産は、自分が正直者と認定した親戚に相続させようとしている。

エズラの従姉妹・マチルダ・ヘミングウェイ(ザス・ピッツ)と夫でソーセージ会社を経営しているホレス(ガイ・キビー)はニューヨークに住んでいる。エズラにすれば「退廃と背徳の街」である。ならばそのモラルを高めようと、エズラはミシガン州からニューヨークへ。

その同伴をつとめることになったホレスだが、汽車のコンパートメントのベッドに、セクシーな美女が寝ていてびっくり。彼女は、ショー・ガールのメイベル(ジョーン・ブロンデル)。ミシガン州のトロイで出演予定のミュージカルが中止となり、金持ちの親父からむしり取ろうと、ホレスのコンパートメントに忍び込んだのだ。まさに「ゴールドディガーズ」の精神である。世間体を気にするホレスは、メイベルに当座の金と名刺を渡す。これがとんでもないことになるのだが…

さてエズラの一族の当縁には、ブロードウェイでの成功を夢見る若き歌手で作曲家のジミー・ヒゲンズ(ディック・パウエル)がいて、エズラが最も忌み嫌っている。

そのジミーの恋人でショーガールのバーバラ(ルビー・キラー)は、実はホレス夫妻の娘で、親に内緒でステージの稽古をしている。ジミーはなんとか、お人好しのホレスから上演資金を出させようとあの手この手を考えている。そこへメイベルが現れて、ホレスから資金を出させる作戦に。

これがとんでもない作戦で、エズラのコレクション処分のオークションに紛れて、ジミーとメイベルが屋敷に忍び込む。さらにホレスのベッドにメイベルが潜り込んで、汽車のコンパートメントの時と同じ状況に。女房に知られたら大変と、ホレスは、メイベルに言われるまま20万ドルの小切手を切ってしまう…

ロビーカード

それでショーが成立する。それだけのプロットなのだが、ヒュー・ハーバートの変人ぶりがおかしいので、コメディとして十分楽しめる。特に、エズラのシャックリと、シャックリ止めの薬にまつわるエピソードがおかしい。エズラが「特効薬」と考えているのは、すでに発売中止となった1900年頃の古い飲み薬。バーバラがドラッグストアに買いに行くと、一本だけ、倉庫から埃まみれの薬瓶が出てくる。

このシャックリ止めが、クライマックスに小道具として生きてくる。ジミーのショーを中止させようと、ならず者たちを客席に潜り込ませたエズラ。案の定シャックリを始める。と、ボディーガードのバルガー(アーサー・ヴィントン)がポケットから、シャックリ止めを出してくる。アルコール分75%だから、飲めばたちまち上機嫌になる。おまけに、マチルダもホレスもシャックリが出て、バルガーから薬を受け取って飲み始めて、結局、泥酔していく。まさに「泥酔夢」である。このボディガードのバルガーがまたおかしい。いかついキャラなのだけど、暇さえあれば、どこでも眠ってしまうのである。

クライマックスのショーのオープニング、バーバラが間に合わずに、急遽、メイベルが代役として出演する”The Girl at the Ironing Board”は、ジョーン・ブロンデルのプロダクション・ナンバー。アイロンがけの仕事をしている女の子たちが洗濯物を干しながら、理想の男性を夢想する。ファンタジックでオールド・スタイルのナンバー。マイ・ボニーやメンデルスゾーンの「春の歌」、サンサーンスの「白鳥」などのメロディーがインサートされる。

【ミュージカル・ナンバー】

♪デイムス Dames(1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*ダンス:ルビー・キラー(リハーサル)
*唄:ディック・パウエル、コーラス(ショー)
*劇中伴奏として随所に流れる。

♪瞳は君ゆえに I Only Have Eyes for You(1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ディック・パウエル(フェリーのシーン)
*唄(リプライズ):ディック・パウエル、ルビー・キラー(ショー)
*劇中伴奏として随所に流れる。

♪バッファロー行きの汽車 Shuffle Off to Buffalo(1932) 

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*劇中伴奏:バッファローからニューヨーク行きの汽車のBGMとして
*唄(リプライズ):クライマックスのジョーン・ブロンデルのショー場面で、コーラス・ガールたちが洗濯物を干しながら歌う

♪When You Were a Smile on Your Mother's Lips (and a Twinkle in Your Daddy's Eye)(1934) 

作曲:サミー・フェイン 作詞:アーヴィング・カハル
*唄:ディック・パウエル(セントラル・パークのピクニックのシーンで)

♪トライ・トゥ・シー・イット・マイウェイ 
Try to See It My Way(1934) 

作曲:アリー・ウルベル 作詞:モート・ディクソン
*唄:ディック・パウエル
*唄(リプライズ):ジョーン・ブロンデル、コーラス(ショー)

♪アイロン台の女の子 The Girl at the Ironing Board(1934)

作曲:ハリー・ウォレン 作詞:アル・デュービン
*唄:ジョーン・ブロンデル、コーラス(ショー)

♪マイ・ボニー My Bonnie Lies Over the Ocean

曲:トラディショナル
唄:”The Girl at the Ironing Board”でコーラスの女の子が唄う。

♪春の歌 Frühlingslied (Spring Song)(1842)

作曲:メンデルスゾーン
伴奏:”The Girl at the Ironing Board”で流れる。

♪白鳥 Le cygne (The Swan)(1886)「動物の謝肉祭」より

作曲:サンサーンス
伴奏:”The Girl at the Ironing Board”で流れる。


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