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『エノケンの魔術師』(1934年・木村荘十二)

 『エノケンの青春酔虎傳』(1934年・山本嘉次郎)に続いて、P.C.L.はすぐにエノケン映画第二作を製作。同年10月2日に封切られた『エノケンの魔術師』(木村荘十二)は、ハリウッドではお馴染のバック・ステージもの。エノケンは世紀の魔術師=榎本健一で、その帰朝公演を巡り、ライバルの劇場主がさまざまな邪魔をするというもの。クライマックスは映画ならではのトリック撮影を駆使しての「マジック・オペラ」が繰り広げられる。

 監督の木村荘十二は『ほろよひ人生』でP.C.L.のモダン・スタイルを作り上げた人。永見隆二の作・脚本によるストーリー、木村荘十二の演出は、いささか平板であるが、むしろそれが舞台における「エノケン劇」の構成やテイストを知る貴重な映像資料になっている。

 タイトル開け、ラジオが大写しになり「今や全世界の人気者であり、希代の魔術師・エノケンこと榎本健一氏はさきごろ帰朝以来、我が国の興行界はもちろんのこと、一般ファンから待望を持って、その去就を注目されておりましたが、この度レビュウ劇場のゴオルデン座の招聘を受け、氏自身創案によるグランド・マジック・オペラに出演することに契約なり」とアナウンサー。

 港に着いた豪華客船。街角に貼られたアールデコ調のポスター、ビルの壁面一杯の「グランド・マジック・オペラ」の巨大な横断幕。表現主義を思わせるモンタージュ編集。モダンな香り一杯の快調なオープニングである。

 そして汽車にマネージャー役の中村是好と公演先に向かうエノケンが登場する。汽車のリズムに合わせて「♪急行列車もつまらない〜」とガタゴトと歌い出す。いわゆるモダン・ボーイ、モボのスタイルのエノケンと中村。そこに「上海リル」を歌う乙女二人組。彼女たちは、敵の劇場から送られた色仕掛けのためのスパイという趣向である。

 東宝=ピエル・ブリヤント提携作品として作られているだけに、舞台リハーサルなど、実際のエノケン劇団を思わせる作りになっている。敵の劇場主が雇っているギャングたちが歌う「乾杯の歌」は、ドイツ・オペレッタ映画『狂乱のモンテカルロ』の劇中歌。舞台「大学無宿」でも歌われたナンバーである。このギャングの中に、前作にも相撲取り役で出演していた岸井明がいる。

 岸井といえばP.C.L.の看板コメディアンの一人。エノケン映画と平行して、藤原釜足と「じゃがだらコムビ」として数々の映画に出演していた。

 エノケンがマジックをするには、特別の帽子が必要という設定で、その帽子がギャング団に奪われ、公演直前にひと騒動となる。この帽子は、後の『エノケンの猿飛佐助』(37年)における忍術シャモジと同じく、主人公のパワーの源でありウイークポイントでもある。

 さて、その帽子が無事に見つかり、十八番のジャズソング「月光値千金」の替え歌をエノケンが喜び勇んで歌う。その背後にオリジナルの「月光値千金」の作詞者である岸井明がいるのが、なんともおかしい。

 そしてクライマックスが、お待ちかねの「マジック・オペラ」となる。エノケン映画のみならずP.C.L.の音楽映画を支えたアレンジャーでコンポーザーの紙恭輔が指揮をとり開幕となる。このシーンには二村定一が出演しているが、現存するプリントでは二村が歌うシーンがない。後に欠落したものか、公開当時から存在しないのかは判別しかねるが、少し違和感が残る。

 しかし、スクリーンに繰り広げられる「マジック・オペラ」は、映画ならではのテクニックを駆使しており、舞台とは違う「エノケン映画」を目指している。ゴールドウィンやワーナーのレビュー映画よろしく、エノケン・ガールズ!たちが総出演してのレビュー場面は、映像の魔術師と呼ばれたバズビー・バークレイを明らかに意識した合成(といっても二重露光であるが)を多用して複数のレビューガールたちを豪華絢爛とスクリーンに登場させている。

 実際の劇場で撮影された俯瞰によるステージ・ショットと、スタジオでのファンタジックなショットを編集して、観客をマジックの世界に誘うというねらいは、昭和9年の観客には充分に伝わっただろう。そしてクライマックス、コックの姿となったエノケンが、魔術で豚に変身させたギャングたちを料理しようとするナンバーでは、アニメーションとなる。線画による漫画のエノケンが動物たちと歌って『魔術師』は幕を閉じる。ちなみにこの撮影が行われたのは昭和9年の8月。舞台をひと月休演しての撮影だった。

 現在の目から見れば、稚拙な部分が多々あるが、エノケンの舞台とは違う映画への強い姿勢が感じられる。映画によってさらにブレイクしたエノケンは、翌35(昭和10年)に「エノケンのどんぐり頓兵衛」(35年1月)、「民謡六大学」(1935年3月)「エノケンの森の石松」(同4月)、「エノケンの法界坊」(同5月)など次々と当たり狂言を上演。P.C.L.はドル箱であるエノケン映画の製作を急いだが、なかなか撮影のための都合がつかなかった。

 一方、エノケンと共にP.C.L.に招かれた山本嘉次郎監督は、『あるぷす大将』(1934年11月)や、盟友の宇留木浩主演の『坊ちゃん』(1935年3月)などを演出。そして白井鐡造原作による「すみれ花咲く頃」をフィーチャーした音楽映画の傑作『すみれ娘』(1935年5月)などでは、音楽演出に確かな手腕を見せていた。


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