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『めし』(1951年11月23日・東宝・成瀬巳喜男)

7月7日(木)の娯楽映画研究所シアターは、連夜の成瀬巳喜男特集で、戦後成瀬映画の色々な意味でのスタイルを作った『めし』(1951年11月23日・東宝)をDVDからスクリーン投影。

小津安二郎作品で、その美貌を振りまいていた原節子が「生活にやつれた主婦」を演じ、新境地を開いた。夫を演じた上原謙も「やるせなきサラリーマン」のしょぼくれた感じを醸し出して、これまたイメージがガラリと変わった。その夫婦のヒビとなる自由奔放な若い娘・島崎雪子! 彼女に振り回されて、夫婦に絶対の危機が訪れる。

朝日新聞連載、林芙美子の新聞小説の映画化だが、連載中に林が急逝。未完のまま、成瀬監督とシナリオの田中澄江、井手俊郎が、妻が家を出た後、夫婦が離婚するというエンディングを創作。ところが藤本真澄プロデューサーが「夫婦が離婚してはならない」と猛反対。あの、味わい深いラストが生まれた。ちなみに作品の監修は川端康成。このキャスティングも藤本の政治力、プロデューサー感覚なればこそ。

ポスター

大阪の借家でのつましい暮らしの侘しさ。この原節子は、ざんばら髪だけど「生活感」の美しさがある。夫の従姉妹・島崎雪子が東京から家出。上原謙さんが観光バスで案内する大阪観光のロケーション! 上原謙さんが田中春男さんに誘われて行く、2500人収容のマンモスキャバレー「メトロ」でのロケーション。また久しぶりの同窓会のあと、原節子が花井蘭子と歩く道頓堀界隈などなど、ロケーションもいい。

キャバレー・メトロは、大阪ミナミの宗右衛門町にあった巨大なキャバレー。現在は「ホテルメトロThe21」となっている。花登筺原作・脚本のドラマ「ぬかるみの女」(1980〜1981年・東海テレビ)の舞台でもあり、ヒロイン・塚原文子(星由里子)が、三人の子供を抱えて「メトロ」でダンサーとして働く。

キャバレー・メトロ

後半、原節子が神奈川県川崎市矢向の実家に帰る。戦災で焼け野原となった近所に、次々と新築住宅が立ち、戦前からの商店街が賑わっている。その生活感(実家に戻ってホッとする感じ)がいい。川崎の職安の前で、子供を抱えて逞しく生きる戦争未亡人・中北千枝子と再会する。この中北が実にいい。不安を抱きながらもエネルギッシュに生きている。

原節子さんの実家は、妹・杉葉子とその夫・小林桂樹が切り盛りしている。当初、義弟の役は伊豆肇が演じる予定だったが、スケジュールの都合で大映の小林桂樹さんが好演、すぐに東宝に移籍。ここから小林桂樹の「東宝人生」が本格的に始まる。わがままな島崎雪子を説教する小林桂樹の「モラル」「正しさ」が、なんとも頼もしい。出番は短いけど、インパクトがある。

原さんの母・杉村春子も抜群。娘の屈託を知りながら「2〜3日ゆっくり寝たら、大阪に帰りなさい」とそれだけ。全てを飲み込んでいる。というわけで、それまで藤本真澄プロデューサーが「石坂洋次郎映画」で培ってきたキャスト、原節子、杉葉子、島崎雪子、そして「源氏鶏太映画」「東宝サラリーマン映画」のリーディング・スターとなる小林桂樹が勢揃い。

戦後、低迷していた成瀬巳喜男監督は、ここで完全に復活。戦後東宝映画のカラーとテイストの原点ともなった。

地方版ポスター



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