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車にまつわるエピソード4  トヨタ・パブリカ800

私が18歳で普通自動車免許を取った後、配達でパブリカのピックアップトラックを使ったことがあった。ポコポコ、ポコポコといって走るその車は、大きさも手頃で、低重心で走り易かった。そんな思い出多きパブリカのことを記してみたい。

■トヨタ唯一の水平対向エンジン搭載車


水平対向エンジンといえば、スバルやポルシェを思い出す人も多いだろうが、トヨタでも水平対向エンジンを造っていた。というよりも、トヨタで唯一造られた水平対向エンジンが、このパブリカに搭載されていたのである。
2気筒水平対向空冷エンジンは、当初は700㏄だったが、その後800㏄となった。私が乗ったのは800㏄の方だった。

このエンジンは2気筒なので、アイドリングの時に、犬がブルブルするように、エンジンがブルン、ブルンと身震いする。それなので、アイドリング時の回転数を少々高めにセットしていた。売りだした頃は、とにかく値段を安くするため、ヒーター無し、ラジオ無しと、「無い無い」尽くしの呈(てい)だったが、なぁ~に田舎の富山で走る分には、特段問題もなかった。

■低重心で走りは滑らか


それよりも、小型車ながらなかなか良い走りをしてくれた。まず低重心で、全高も138㎝しかなく、車重も600㎏ほどしかなくて軽い。だから、スタートの時の瞬発力はないが、一旦スピードに乗せると、スゥーと地を這うように良く走る。車全体が低いので、荷物を積むときも実に楽なのである。

■「小回りが利かず」の印象


ただ一つ記憶に残る難点は、小回りが利かないことであった。小型車なのに、ちょっとしたところでも切り返さないと曲がりきれない。数値を見ると「最小回転半径4.35mなので今の軽四とほぼ同じなのだが、当時は「小型車なのに、何でこんなに小回りが利かないの?」と思った。

■夢に終わった国の国民車構想


さて、当時の時代背景は、大衆が車を持てる夢がようやく実現してきた時代だった。二輪のバイクは雨の日に合羽を着なくてはならないが、車なら、ネクタイをしめたまま濡れずに移動できる。それでまず軽四でも良いからと、自動車に憧れた。

すると、政府の通産省(現・経済産業省)は、国民に更なる夢を与えるためか、国民車構想なるものを1955年5月に発表した。
 ・最高速100㎞/h以上であること。
 ・定員4名又は2名と100㎏以上の貨物が積めること 
 ・60㎞/hの平坦道路で、燃費が30㎞/Lであること。
 ・値段が25万円以下であること。
要約すると上記のような内容だが、これは大学教授の助言をうけて自動車好きの若手官僚が立案。この開発に成功すれば、国がその製造と販売を支援するというものだった。

これに対し自動車工業会は、仮に技術面をクリアしてもコスト制約があまりに厳しく、価格が40万円超となると見積もられるから、統一見解として「不可能」の回答を出した。

この日本の国民車構想を耳にすると、その19年前にナチスドイツのヒトラーが採った国民車構想が連想して思い出される。

■刺激を与えた小型車開発への道


まぁそれはともかく、この内容に合う車は不可能でも、これに刺激されて、幾つかのメーカーでは小型者開発に着手した。
その結果、世に出たのがパブリカで、名前も国民車の意であるパブリック・カーの合成語で、パブリカとなった。
そして発売当初の価格は、39.8万円で、軽乗用並みかそれ以下という廉価であった。

その後、このエンジンを載せたトヨタスポーツ800というユニークな車も発売された。巷(ちまた)でもレース界でもトヨタスポーツ800を「ヨタハチ」と呼び、ライバルのスポーツカーであるホンダS600を「エスロク」と呼び、若者の関心を惹いた。

私は当初、この車はヨタヨタ走るから「ヨタハチ」の愛称がついたのかと思っていた。だがそうではなかった。ヨタハチさん、ごめん。

■飛行機屋が開発したパブリカ&トヨタスポーツ800


確かにヨタハチは、砲弾を連想させる空気抵抗の少ないスタイルだし、エンジンは水平対向だし、ユニークずくめである。なぜなのか? 


トヨタスポーツ800。通称ヨタハチ
(トヨタ自動車博物館HPの写真から借用)

後で知ったことだが、このパブリカも、ヨタハチも実は戦時中、立川飛行機で飛行機を設計していた長谷川龍雄氏の手によるものだった。
飛行機から自動車へと移行したのは、中島飛行機から転身したスバルが有名であるが、トヨタのこの車も飛行機屋の血を引いたものだったからである。

ヨタハチは、空気抵抗の少なさと燃費の良さで、幾多の長距離レースでも優勝した。
後年、その優勝者であるトヨタのファクトリードライバー北原豪彦氏と知己ちきを得ることになるとは夢にも思わなかった。永く生きているといろんな人に出会えるから人生面白い。

■今でも魅力を感じるパブリカ


さて、私は機会があり市販のヨタハチも運転したことがあったが、狭い運転席、低いシートからの視界は決して良くなかった。だから欲しいとは思わなかった。それよりも実用的で地を這うように走るパブリカに魅力を感じた。パブリカは時代とともにその名をスターレット→ヴィッツ→ヤリスと変えて現在に至っている。
もし今、その原点であるパブリカ800がタイムスリップして目の前に現れたら、欲しいと思う1台であることだけは確かである。

#パブリカ #トヨタスポーツ800 #ヨタハチ

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