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太陽が東の空に沈むとき

ドラえもんが、幼い頃の愛読書だった。
漢字が早くから読めたのも、ドラえもんを夢中で読破したからだ。

ドラえもんの魅力を挙げるとキリがないが、魅力の一つにひみつ道具の存在が思い浮かぶ人は多いと思う。

では一つだけ、ひみつ道具を貰えるとしたら?

その質問をされたら、あなたは何と答えるだろう。

透明マントを思い浮かべる人は、たぶん男性が多いのではないか。
他には?
タケコプター?スモールライト?もしもボックス?タイムマシン?どこでもドア?

僕は、タイムマシンが欲しいんだ。

戻りたい過去がある。
過去に戻って、いまを変えたい。
あの時、ああしていたら。どんな今になっていたか。

10年前、僕には恋人がいた。5年付き合った彼女だった。
それが10年前に破局した。僕が振ったんだ。新しい彼女と付き合うために。

振ったことを、いまも悔やんでいる。新しい恋人とは1年ともたなかった。
どうしようもない女だった。俺は利用されて利用されて、そいつにとって存在価値がなくなるまで利用されて、そして僕は捨てられた。
その女の魅力は、見た目とスタイルだけだったと思う。最悪な性格で、一緒にいても気の休まる時がなかった。
そんなのに騙された俺も、浅はかだった。大馬鹿だった。ようやく、いまではそう思う。

ある日、自宅のトイレのドアを開けると、そこにはそれがあった。
そう、タイムマシン。
最初見たとき僕は、それが何なのか認識できなかった。
便器の代わりに、トイレの中、それは堂々と鎮座していた。
とりあえず、便意はどこかに吹っ飛ばされていた。

これは、なんだ!?

ドラえもんの漫画の中で見たタイムマシンのイメージと一致するまでに、相当な時間を要した。

あの、パーマをかける機材みたいな不思議なデザインのライト?なのか、何なのか分からないトーチのようなもの。
左右にレバーがあって、中央にコントロールパネルがある。そして中央に座席がある。
座席の両脇には、燃料入れなのだろうか、細長いタンク風のものがくっついている。
材質がなんなのかサッパリわからないが、例の魔法の絨毯の如くのシートの上に、それらすべての機能が揃って乗っている。

これは、本当にタイムマシンなのか?

確かめるには、動かしてみるしかない。そう思った。
目の前に突然起きた事件に、僕は恐怖心よりも好奇心の方がはるかに勝っていた。
意外と対応力あるよな、俺。
それが対応力に当てはまるのかどうかは分からないが。

過去、未来。いつの時代にも行けるのなら、僕の行きたい場所はひとつしかない。
あの、前の恋人と別れた時だ。
前の恋人を振らずに、最低元カノを捨てるのだ。

僕はその時の日付けをコントローラーに入力して、スタートのハンドルをオンにした。
変わる景色。ゆがむ空間。そして全ての音が消えた。
気付くと、元のトイレに僕はいた。まだ便器の代わりにタイムマシンがあるのは変わらない。

トイレから出て、テレビをつけた。
ん?何かおかしい。
壁に貼ってあるカレンダーを見た。これは!
僕は、過去に戻っていた。

さてどうするか。すぐに結論は出た。最低元カノを呼び出して、捨てればいい。
あ、まだこの時は付き合ってないのだから、絶交する、というのが正しいのかな。

最低元カノと連絡をとって、会うことになった。
彼女に対する鬱憤は溜まっているので、面と向かって悪口を散々言って、別れればいい。二度と会う気が起きないくらいに。

おわた。すべて終わった。
もうこれで、最低元カノと会うこともないだろう。
自動的に、元の恋人と別れる理由もなくなって、彼女との縁は今後も続いていくだろう。
すべては円満に解決する!

タイムマシンに乗り込んで、元の時代に帰った。
懐かしい、元の恋人の声が聞きたくなった。
連絡してみよう。そう思った時、ふと机の上にある葉書に目がいった。

結婚しました。

元の、復縁したはずの恋人からの葉書だ。
結婚しました???誰と???

知らない男と、俺の恋人とのウェディングショットが写っていた。

俺は混乱した。
何が……………どうなった??

試しに、最低元カノにも連絡をとった。着信拒否されていた。

どうやら俺は、最悪の未来を作ってしまったらしい。
ひどく疲れた。休むことにした。

ひと眠りして、目が覚めた。明け方だ。
いつもと違う方向から、朝日が差していた。
西から、朝日が昇っていたんだ。

そうか。僕は、とんでもない間違いをしたんだな。
自分のとった行動の全てが、自分にとって誤りだったことに気付いたんだ。もちろんそれらは、周りの人たちにとっても間違った行動だった。
だから、僕は前の世界にいられなくなったんだ。そして、こんな太陽が逆走する世界の住人になってしまった。

僕の、手の中に残っているものを思い出してみることにした。
数は少ないけど、全くないわけじゃなかった。
少しホッとしたのが不思議だった。
その時、パソコンから音楽が流れていた。その歌詞が耳に入ってくる。

一番大切なものは、一番身近にある。

そうその歌は語っていた。
自分の中にあるのかもな。そう思った。
そうだ、まだ僕は生きられる。

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