【英国判例紹介】Morris-Garner v One Step ー交渉損害ー
こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。
今回ご紹介するのは、Morris-Garner v One Step事件(*1)です。
この事件は、英国契約法における交渉損害(negotiating dameges)と呼ばれる特殊な損害についてのリーディングケースです。
なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。
事案の概要
Morris-Garner(以下「被告」)(*2)は、Costelloe夫妻とともに、One Step (Support) Limited(以下「原告」)という会社を経営していました。
その後、両者の関係は悪化し、2006年8月、Costelloe夫妻は、株主間契約上のデッドロックを宣言し、自身の株式を被告に売却するか、被告の株式を買い取るか、という提案を被告に対して行います。
同年12月、被告は、その株式をCostelloe夫妻に売却することを選択し、SPAが締結されます。具体的には、被告は、Costelloe(夫)氏が保有する会社にその株式を売却することになりました。重要な点として、このSPAでは、被告に3年間の競業避止義務が課されました。
実は、被告は、このとき既にPositive Living Ltdという会社を設立しており、2007年8月頃から、原告と競合する取引を始めました。
競業避止義務期間が終わった後、原告は、被告に対して、債務不履行に基づく損害賠償請求訴訟を提起します。損害額としては、原告が被告の競業避止義務違反を課さない見返りとして合理的に要求し得る金額としました。
争点:交渉損害の賠償請求の可否
交渉損害とは?
交渉損害(negotiating damages)は、本事件で明確となった種類の損害ですが、判決を見る前にあらかじめ説明しておいた方が良いかもしれません。
交渉損害とは、次のように説明されます(*3)。
もっとも、交渉損害の賠償請求は、あらゆる契約違反に認められるものではなく、財産的価値のある権利利益に関する消極的義務(〇〇してはならない)の違反に関して、もっぱら論じられているように見受けられます。
被告はなぜ交渉損害の賠償を求めたのか?
上記のとおり、原告は、本件で競業避止義務の違反を理由として、交渉損害の賠償を求めています。
ただ、被告は、Positive Living Ltdという会社を使って原告と競業する取引を実際に行っています。また、事案の概要のところでは触れませんでしたが、顧客を奪ったりもしていました。
そうなると、原告には、被告の競業避止義務違反によって、現に利益を逸しており、わざわざ交渉損害を持ち出すまでもなく、逸失利益を証明して賠償請求もできたはずです。
しかし、原告は、逸失利益よりも交渉損害の方が賠償額が大きくなると見込んだことから、後者に拠って請求することを選びました。当然、被告は、これに対して、交渉損害の賠償が認められるのは、経済的損失を被らなかった場合に限られると反論しました。
この点に関して、控訴審は、逸失利益の賠償が認められる場面であっても、請求者は交渉損害の賠償請求ができると判断していました。
裁判所の判断
第一審と控訴審は原告の請求を認めていましたが、最高裁は、原告が実際に被った損害(つまり逸失利益)を算定するために、本件を差し戻しました。
次のように述べられています(*4)。
考察
交渉損害の賠償請求が認められる場面は確定したのか?
上記のとおり、裁判所は、交渉損害が認められる場面について、規範のようなものを示しています。
Pell Frichmann事件(*5)は、原被告間で秘密保持契約が締結された後、被告が請求人とは別のパートナーとジョイント・ベンチャーを進めることにより、秘密保持契約を破棄した事案です。請求人は契約違反を理由に交渉損害の賠償を求めて、それが認められています。
裁判所は、今回の判決で、Pell Frichmannは正当であるとしており、その理由として次のとおり述べています。
もちろん、個別具体的な事実関係の比較は必要ですが、このような理由で秘密保持義務違反の場合の交渉損害の賠償請求が認められるのであれば、本件の被告の競業避止義務違反についても、交渉損害の賠償請求も認められても良いように思います。
あらゆる商業契約上の義務は究極的には財産的な権利を保護するために設けられることを考えれば、今回の判決で示された規範は、当事者に全ての答えを与えるものとはならないかもしれません。
交渉損害の賠償の性質
交渉損害の賠償は、どのような性質を有するのかという点が、長年にわたり議論されています。請求者が被った損失を補償するものなのか、違反者が得た利得を請求者に返還するという観点で理解されるべきものなのか、それとも、これらどちらの性質でもないものなのか、という議論です。
日本の契約法をベースに法律を考えがちなぼくとしては、契約違反に基づく賠償請求なのであれば、補償の性質を持つのが自然なように思えますが、議論はそう単純ではないようです。というのも、交渉損害の算定に当たっては、違反者の利得がどれだけのものかということが重要になるためです。
この点について、今回の判決は、通常の填補的損害賠償とは異なる方法で評価されるとはいえ、填補の性質を持つものであると述べました。
もっとも、この判決には批判もあり、未だ結論は出ていないようです。
まとめ
いかがだったでしょうか。
本日は、交渉損害に関するリーディングケースを紹介しました。
以下のとおりまとめます。
この判例は、一般的には、交渉損害が認められる場面を制限的に解したものと評されています。もっとも、必ずしも明確な規範が示されたとは言えないとの批判もあり、判断に迷う事例も出てきそうです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。
【注釈】
*1 One Step (Support) Ltd v Morris-Garner and another [2018] UKSC 20
*2 本件の被告は複数いますが、今回の解説内容に必ずしも影響しませんので、その点は端折っています。ご了承下さい。
*3 こちらを参考にしました。21頁です。
*4 Para [95]
*5 Pell Frischmann Engineering Ltd v Bow Valley Iran Ltd [2009] UKPC 45, [2011] 1 WLR 2370
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