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【データ法】英国における電子署名の有効性

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

本日は、英国における電子署名について紹介したいと思います。

日々の何気ない運用も、よくよく考えてみると、なぜそれが法的に有効なのか、疑問が生じることってありませんか?

事業部の人からそんな質問が出てしまったときには、適当なことも言えず、かと言って弁護士にフィーを払ってまで調べるにも行かず、余計な業務が増えることになりかねません。

本日はそんなトピックの一つに入るであろう電子署名について、英国の実務を見ていきたいと思います。

なお、法律事務所のニューズレターとは異なり、分かりやすさを重視して、正確性を犠牲にしているところがありますので、ご了承ください。


関係法令

UK eIDAS Regulation

英国における電子署名に関する最重要法令は、UK eIDASです。

これは、電子署名に関するEU規則である、いわゆるeIDAS RegulationがBrexitに伴い英国の国内法となったものです。つまり、Retained EU Law(Assimilated Law)の一つですね(*1)。

Electronic Communication Act 2000

電子署名に関する法律問題を検討する際に重要なもう一つの関係法令は、Electronic Communication Act 2000ECA 2000)です。

契約と署名

署名の有効性が問題となる場面のほとんどは、契約の締結を始めとする当事者の合意に基づく権利・義務の発生場面ではないかと思います。

署名は契約成立の要件ではない

英国法の下では、契約は要式行為ではなく、本人(又は本人に代わる権限者)の署名は、契約成立の要件とはされていません。

そのため、契約書は、通常、当事者の合意内容を証する書面に過ぎません。そうなると、電子的に行われた署名は、契約書の信用性を左右するだけの要素に過ぎないように思います。

証書(Deed)による契約

もっとも、一定の契約については、制定法又はコモンロー上、「証書(deed)」と呼ばれる所定の様式により締結することが求められます。また、ある契約について、任意的に証書を用いることも妨げられません。例えば、約因(consideration)の存在について疑義のある契約を締結する際には、念のため証書で締結することがあり得ます。

証書による契約は、当事者の属性(自然人/法人など)によって異なりますが、基本的に、証書への署名が求められます。

そのため、電子署名の有効性の問題は、そのまま証書による契約の有効性の問題に跳ね返ってくることになります。

また、証書ではなく所定の書式での署名された文書の作成が求められることもあり、この場合も電子署名の有効性が問題となります。

電子文書

日本では、法文上「署名」が要件となっており、かつ、電磁的記録に関する別段の定めもない場合、それは紙などの有体物への署名を意味するという前提のもとに、ウェットサインで対応するのが一般的です。つまり、電子署名をどのように定義するかはさておき、署名の客体としての有体物が求められる以上、電子署名の利用範囲は限定されてしまいます。

他方で、英国では、電子形式で保存された情報は、署名の客体たる文書であると一般的に考えられています。

したがって、電子メールやPDFファイルといった電子文書も、それが有体物ではないという理由のみをもって「文書」に該当しないことにはなり得ず、大昔の法令が法的効力の発生要件として署名を要求していても、電子文書に対する電子署名によって、有効に法的効力を発生させることが可能です。

電子署名とは何か?

UK eIDAS(及びEU eIDAS)では、電子的な署名に関して、いくつかの定義があります。ここを整理しないままに法文を読み進めると混乱してしまうので、注意が必要です。

電子署名(electronic signature)

UK eIDASは、次のように定義しています(*2)。

電子署名とは:
電子形式のデータであり、それに添付されるか又は他の電子形式のデータに論理的に関連付けられ、署名者が署名するために使用するものをいう。

なお、署名者は、電子署名を作成する自然人を意味するとされています。

もしかしたら、電子署名という言葉だけを聞くと、所定の規格に準拠したソフトウェアを利用したごく限られたデータのみをイメージされたかもしれません。しかし、UK eIDASにおける電子署名は、より広い概念であり、定義に照らせば、電子メールの下部にある自分の名前や、Wordファイルに貼り付ける署名の画像データも、これに当たり得ます。

適格電子署名(QES:Qualified Electronic Signature)

UK eIDASは、電子署名のうち、次の要件を満たすものを、適格電子署名(QES: Qualified Electronic Signature)と定義します(*3)。

適格電子署名作成デバイス(qulified electronic signature creation device)によって作成された高度電子署名(advanced electronic signature)であって、適格な電子署名証明(qualified certificate for electronic signature)に基づくもの

定義の上に定義が成り立っているような構造なので、上記だけを読んでもパっと分からないかもしれません。

具体的には、①適格電子署名作成デバイスにより作成された、②高度電子署名((i)署名者に一意に紐づけられており、(ii)署名者の特定が可能であり、(iii)署名者が高い信頼性をもって単独管理下で使用できる署名作成データ(つまり、秘密暗号かぎ)を使用して作成されており、(iv)署名後のデータ改ざんが検出できるように、署名データと紐づけられている電子署名(*4))であって、③適格な電子署名証明に基づくものでなければなりません。

適格電子署名は、手書き署名と同等の法的効果を有すると定められており(*5)、巷で言われる電子署名は、通常、適格電子署名を指しているのではないかと思います。

ある電子署名が適格電子署名に当たるのか否かという点は、もちろん重要であり、上記に述べた適格電子署名の定義をより細かく見ていくことも必要な場面があります。もっとも、ユーザーの視点からは、ある電子署名サービスが提供する電子署名が適格電子署名に該当することを前提として(ぼくが知る限り、ほぼ全てのプロバイダは、eIDASに言及しており、適格電子署名の該当性を確認することが可能です)、適格電子署名をどう利用するのかということが焦点になってくるのではないかと思います。

電子署名の利用について注意が必要な場面

証書を締結するとき

繰り返しになりますが、証書の締結には、基本的に署名が必要です。

個人の場合は、証人の立会いのもとで署名しなければならず、また、会社の場合は、権限のある署名者2名(取締役2名又は取締役1名と会社秘書役)の署名か、証人の立会いのもとでの取締役の署名が求められます。

既に述べたとおり、署名の画像を貼り付けることも、電子署名にあたります。そのため、例えば、会社による証書の締結であれば、取締役2名が(秘書などに指示して)署名の画像を先方から送られてきたwordファイルの署名欄に貼り付けることでも、証書の締結のための署名の要件は具備されると考えられます。もちろん、証書の信用性の問題は残ります。

厄介なのは、立ち合いですね。

英国の実務では、証人は、署名者の署名に物理的に立ち会うのが一般的です。つまり、署名者が署名する様子をZoom越しに観察するのではなく、その場に立ち会うことが求められます。

電子署名サービスでは、署名者は署名後に、立ち会った証人の氏名とメールアドレスを入力し、その後、証人に電子メールが送信されます。証人は、電子メールの案内にしたがって電子署名サービスにアクセスして、署名を確認したことを認証します。ここで、証人が認証を行った際のIPアドレスが記録されるため、署名者と証人は、同じデバイスを利用するか、同じWifiを利用することが賢明です。

公的機関への提出が求められるとき

締結した契約書を公的機関などに提出することが求められる場合、当該公的機関が電子署名による契約書を受理しない運用をしているのであれば、電子署名による契約は採用し得ません。

また、契約書以外にも、公的機関への提出書類について、権限者の署名が要求されているときに、電子署名によることができるか否かは、時として非常に重要になります。

例えば、英国支店の住所変更について、Companies House(英国の商業登記所)に届出を行う場合、署名入りの所定のフォームを郵送する必要があるところ、もし権限者が日本におり、かつ、Companies Houseがウェットサインしか受け付けていないときは、ロジに膨大な時間を費やすことになります。

この点について、多くの公的機関は電子署名を受け入れており、上記Companies Houseの例でも、電子署名が入ったフォームが受け付けられるようになっています。

HMLR(英国の不動産登記所)、HMRC(英国の税務当局)なども基本的に電子署名を受け付けていますが、ケースバイケースなところもあるので、専門家への相談が必要になるかもしれません。

クロスボーダー取引

当事者の双方又は一方が英国(この項では「イングランド・ウェールズ」を意味します。)域外の企業又は個人である取引であったり、英国法に準拠しない文書を含む取引であったりする場合にも注意が必要です。

慎重を期すのであれば、双方の所在地の法、準拠法、並びに紛争管轄地及び執行(が想定される)地の法の全てが電子署名を認めていることを確認することになります。さもなくば、いざトラブルになったときに、相手方から契約無効の主張がなされるかもしれません。

英国に関して言えば、電子署名は、基本的に認められることになります。

Brexitと電子署名

UK eIDASの基となったEUのeIDAS Regulationは、e-IDと呼ばれる電子身分証明書についても規定しており、e-IDを加盟国間で相互に利用できる仕組みを設けていました。

しかし、Brexitに伴い、英国とEU加盟国間のe-IDの相互運用は解消されました。e-IDを採用するEU加盟国が発行したe-IDは英国では使えないことを意味し、また、英国はBrexitに伴い、eIDASにおけるe-IDに関する条項を削除しました。

実は、EUでは、eIDAS Regulationの改正版、いわゆるeIDAS2.0が今年5月に発効しており、英国とEU間での電子署名制度については、乖離が始まりつつあるのかもしれません。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国における電子署名について概観しました。

簡単にまとめます。

・ 英国において、法令が署名を要求する場合に、「電子署名」(上記eIDASの定義参照)であったことのみをもってその有効性は否定されない(ただし、署名の信用性はケースバイケースで判断される)
・ 「適格電子署名」であれば、手書きの署名と同等の法的効果を有する
・ 証書の締結をするとき、締結書面を公的機関に提出するとき、クロスボーダー取引であるときなどには、より入念な検討が必要となる

このエントリーが皆さまの参考となっていれば嬉しいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました。


【注釈】
*1 Retained EU Lawについては、こちらのnoteで詳しめに紹介しています。よければどうぞ。
*2 S. 3(10), UK eIDAS
*3 S. 3(12), ibid
*4 S. 24, ibid
*5 S. 25(2), ibid


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


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