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【英国判例紹介】Barclays Bank v Quincecare ー銀行預金の払戻しを拒否する義務ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Barclays Bank Plc v Quincecare Ltd事件(*1)です。

分野としては、商取引法か銀行法の判例です。
後述するように、本事件で争点となった銀行のとある義務が、銀行が預金を払戻す際に留意すべき重要な義務となっています。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

Quincecare社(以下「被告」)は、Barclays銀行(以下「原告」)との間で、とある薬局の買収資金として、40万ポンドの融資を受けることに合意しました。このローン契約には、次のような定めが置かれていました。

まず、この契約には、保証人がいました。この保証人は、薬局のオーナーが負っている40万ポンド超の借入の保証人でもあり、今回の貸付金が被告のオーナーに支払われ、薬局のオーナーの借入に係る保証債務の返済に充てられることを前提に、被告の借入債務を保証することに同意していました。次に、被告の取締役が 5万ポンドを投資することが条件とされていました。また、貸付金は書面による2日前の通知で顧客の口座から引き出せるものとされていました。

また、原告は、被告から、二名の代表取締役または会長の署名入りの書面による指示に従うよう指示を受けていました(*2)。

被告の会長は、原告に電話し、貸付金のうち 344,000 ポンドをとある法律事務所に振り込むよう指示しました。原告は、その日のうちに被告の会長からその旨の書面による指示を受け取るまで、この要求に従うことを拒否しましたが、被告の会長からのレター(被告所定の用紙ではありませんでした。)の受領後、指示された法律事務所に送金を行いました。

このとき、原告は、被告の取締役の一人から、被告の購入に 5万ポンドが投資されたことを約束されていました。もっとも、実際にはどの取締役も、そのような投資を行っていませんでした。また、被告側は、貸付金の引き出しに関して、書面による2日前の通知を行っていませんでした。

被告による送金後、被告の会長は、法律事務所に対して、受け取った資金を米国の口座に振り込むことを指示して、その後その資金を横領しました。

しばらくして、原告は、被告に対して、貸付金の返還を求めました。

争点:銀行は、一定の場合に、顧客の代理人の支払指示を拒否する義務があるか?

争点は、ここに書いてあるとおりです。
ただ、これがなぜ争点になるのかを少しだけ説明した方が良いと思いますので、補足します。

本件は、銀行である原告が、借主である被告に対して、貸付金の返還を求めた訴訟です。そのため、仮に、原告が被告の会長の指示を拒否する義務があり、これに違反して被告の会長に貸付金を交付したとしても、被告が貸付金の返還義務がないと抗弁するのは、少し違和感があるかもしれません。

この点については、このように説明されます(*3)。

銀行がこのような義務に違反して支払指示を実行した場合、義務違反の行為を行ったことになり、その指示は顧客を拘束せず、銀行は顧客の口座から支払を行う権利を持たない。

つまり、被告は、原告が被告の会長の指示に従って行った支払いは、被告に対する支払いという評価を受けず、したがって、金銭の交付を受けていない、という主張したものと思われます。

裁判所の判断

手持ちの評釈が非常にシンプルで、断言できないのですが、原告が勝訴したものと思われます。つまり、原告の返還請求が認められたはずです。

もっとも、争点であった銀行が顧客の代理人の支払指示を拒否する義務については、その存在が認められました。

原告と被告のローン契約には、原告が被告の指示を遂行するにあたり、相当な注意と技能を尽くすことが黙示的に求められていた。原告は、この義務を果たすにあたり、被告の会長が被告の資金を横領しようとする意図があると信じるに足る合理的な根拠があるとの疑いが生じた場合、原告は、指示の遂行を控える義務があった。

しかし、被告の会長が資金を横領しようとしていることに原告が気づくに足りるような事情は認められなかったとして、義務の違反はなかったものと認定しています。

考察

Quincecare義務

実は、本件で争点となった銀行の義務は、今では、被告の名前に因んでQuincecare義務とも呼ばれています。

以下で述べるQuincecare義務の内容は、本件以降のいくつかの事件も踏まえて定式化されたものではありますが、次のように言われています。

① 銀行が、銀行預金に関して負う主な義務は、預金者から要求されたときに預け入れられた金銭を払戻すことである。
② 銀行は、かかる払戻しの指示を実行する際に、合理的な注意と技能を発揮しなければならない。
③ しかし、②の義務は、預金者の指示の有効性若しくは内容が不明瞭である場合、又は、指示の実行方法について銀行に選択の余地がある場合にのみ発生する。
④ Quincecare義務は、②の義務の単なる適用である。

やや回りくどいですが、預金者の代理人が預金者を欺こうとしていると信じるに足る合理的な理由がある場合、その代理人が預金者に代わって払い戻しを指示を行う明白な権限を書くことになり、払戻しの有効性が不明瞭になるという説明です。

預金者になりすました者の払戻しの指示にはQuincecare義務の適用はあるのか?

Quincecare義務が払戻しの指示を実行する際に、合理的な注意を技能を発揮しなければならないという義務の単なる適用の問題であるならば、預金者になりすました者の払戻し指示についても、Quincecare義務の適用の余地がありそうです。

つまり、なりすました者に不幸にも預金を引き出されてしまった預金者は、銀行に対して、Quincecare義務の違反を理由として、引き出された預金相当額の払戻しを改めて主張できる可能性があります。

外国の判決ですが、Quincecare義務違反の請求を指示したものがあるようです(*4)。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、Quincecare義務と呼ばれる、銀行が顧客の代理人の支払指示を拒否する義務に関して判断がなされた判例を紹介しました。

余談ですが、Quincecare義務は、日本で言えば債権の準占有者への弁済の議論と重なるところがあるなと思って、調べてみたら、民法改正で「債権の準占有者」という語句が無くなっていたことを知りました。

最近は、英国やEUの法令だけでなく、日本法の知識も順次アップデートしていかないといけませんね。

お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Barclays Bank Plc v Quincecare Ltd [1992] 4 All E.R. 363
*2 手元の評釈からは、これがローン契約の内容を構成していたのか否かは判別できませんでした。
*3 Paras 90-97, Philipp v Barclays Bank UK Plc [2023] UKSC 25
*4 Aegis Resources DMCC v Union Bank of India (DIFC) Branch [2020] DIFC CFI 004


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