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【英国判例紹介】Butler Machine Tool Co v Ex-Cell-O Corp (England) ー書式の戦いー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Butler Machine Tool Co v Ex-Cell-O Corp (England)事件(*1)です。

本件は、契約の成立要件である申込みと承諾に関して分析がなされたものであり、日々契約法務に触れている方々にとっても、いくらか有益な内容なのではないかと思っています。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

1969年5月23日、本件の原告である売主は、本件の被告である買主に対して、工作機械を£75,535で販売する内容の見積書を差し入れました。この見積書には、ここに記載された条件でのみ注文を受け付けるという留保が付されており、かかる条件には価格変動条項が含まれていました。これは、工作機械の引渡日までに製造コストが上昇した場合には、売主がその上昇分を価格に転嫁できるというものです。

同年5月27日、買主は、売主に対して、工作機械を£75,535で発注する旨の注文書を送付します。この注文書には、「購入の条件は買主の約款に従う。」と記載されており、買主が見積書に付した価格変動条項は含まれていませんでした。

同年6月5日、売主は、買主から送られた注文書の下部にある「本注文書に記載された条件で注文を受諾します。」と書かれた注文請書の部分を切り取り、署名をして、「5月23日付の見積書に基づき、1970年3月/4月に納品します。」という内容のレターを添えて、買主に返送しました。

その後、取引は進みますが、売主が工作機械を引き渡す際、買主に対して、価格変動条項に従っては支払額が£2,892上昇したと主張します。買主はこの値上げ分の支払いを拒否します。

そこで、売主は、買主に対して、売買代金の支払いを求めて訴えを提起します。原審は、売主の価格変動条項に基づく値上げの主張を認めため、買主が控訴裁判所に控訴しました。

争点:契約はどちらの条件で成立したのか?

申込みと承諾

日本法でもそうですが、契約が成立するためには、少なくとも、一方当事者の他方当事者に対する契約の申込と、他方当事者の一方当事者に対する承諾が必要です。

ごく簡単な事例で言えば、Aさんが、Bさんに対して、「このサンドイッチを5ポンドで売ってください。」という申込があり、Bさんが、Aさんに対して、「わかりました。このサンドイッチを5ポンドで売ります。」という承諾があれば、Aさんがそのサンドイッチを5ポンドで購入する(Bさんがそのサンドイッチを5ポンドで販売する)という内容の売買契約が成立します。

もっとも、Bさんが「いや、もし7ポンド払ってもらえるなら売りますよ。」と答える場合もあるはずです。本件は、このような変化球のシチュエーションで生じた紛争です。

食い違う当事者の申し出

本件では、買主が、売主の申込内容とは異なる内容の注文書を出しており、売主は売主で、注文書に従前の見積書を提出して請書を提出しています。このような状況で、いったい、当事者のどの行為が申込み、承諾になるのかが争われました。

当事者の申し出は、次のように整理できます。

① 5月23日:売主→買主 見積書(価格調整条項あり)
② 5月27日:買主→売主 注文書(価格調整条項なし)
③ 6月5日:売主→買主 注文請書+「見積書に従って納品します」

捉えようによっては、そもそも申込みに対する承諾は存在しておらず、契約が成立していないという見解もあると思います。実際、その点も争点になっていたのですが、ここでは、契約は成立しているという前提で進めます。

裁判所の判断

裁判所は、上記②の買主の申し出は、上記①の売主の申し出を破棄した上でのカウンターオファーであり、上記③の売主の返答は、その承諾であると判断しました。

したがって、本件工作機械の売買契約には、価格調整条項が含まれておらず、売買代金の増額は認められないとして、売主の訴えを棄却しました。

考察

本件は、3名の裁判官により全員一致で判決が下されましたが、各々のアプローチは微妙に異なっています。

多数派のアプローチ

Lawton裁判官とBridge裁判官は、本件でどれが申込みで、どれが承諾であるかを判断するに当たり、申し出に正確に対応する承諾を探すという伝統的なアプローチを取りました。

つまり、上記②の申し出と上記③の返答が、それぞれ申込みと承諾として対応関係にあるということです。

やや苦しいのが、上記③の返答には、「見積書に従って納品します」旨のレターが付されており、当該見積書には価格調整条項の定めがあるという点です。これに関しては、レターは、販売価格が£75,535であることと、売買の目的物を特定する趣旨であり、価格調整条項を意図したものではないと解釈されました。

Denning裁判官の新たなアプローチ

ぼくのnoteでこれまで何度も登場しているDenning裁判官ですが、本件でも独自のアプローチを取ります。

Deninng裁判官は、本件を書式の戦い(battle of form)と表現して、次のように述べました。

(本件のような)ケースの多くにおいて、申込み、カウンターオファー、拒絶、承諾などという伝統的な分析は時代遅れである。(中略)より良い方法は、当事者間で交わされたすべての文書に目を通し、その裏面に印刷された書式や条件に相違があったとしても、すべての重要な点について合意に達したかどうかを、それらから又は当事者の行動から読み取ることである。

その上で、『解釈の問題として、1969年6月5日の請書が決定的な文書であると思う。この文書は、本契約が買主の条件によるものであり、売主の条件によるものではないこと、及び、買主の条件には価格変動条項が含まれていないことを明らかにしている。』と述べて、多数派と同じ結論に至りました。

新アプローチに対する批判

本件以降の事件で、Denning裁判官のアプローチが採用された事例はないと言われています。その理由としては、「すべての重要な点」の意味するところが必ずしも明確ではないことが挙げられます。本件で言えば、価格調整条項は、果たして重要な点なのか、そうではないのか、一概には言えないように思われます。

もっとも、本件で多数派が上記③の請書に付されたレターを、価格調整条項に言及したものではないと結論付けたことも、それはそれで恣意的な解釈だという批判もあります。一見、明快な判断方法に思える古典的アプローチも、それだけで杓子定規に合理的な結論を出力できるようなものでもないかもしれません。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、Deninng裁判官が「書式の戦い」と評した、申込みと承諾に関する判例を紹介しました。

本件の判示にしたがえば、納得いかない条件を、意図的にせよ不注意にせよ放置したまま契約に進んだ場合、こちらに不利な内容で契約が成立することになります。そのため、実務上は、「相手方から提示された不利な条件は、絶対に打ち返して終わる」という姿勢が重要だろうと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Butler Machine Tool Co. Ltd. v Ex-Cell-O Corporation (England) Ltd. [1979] 1 W.L.R. 401


免責事項:
このnoteは、ぼくの個人的な意見を述べるものであり、ぼくの所属先の意見を代表するものではありません。また、法律上その他のアドバイスを目的としたものでもありません。noteの作成・管理には配慮をしていますが、その内容に関する正確性および完全性については、保証いたしかねます。あらかじめご了承ください。


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