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【英国判例紹介】Sevilleja v Marex Financial ー反射的損失の原則ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Sevilleja v Marex Financial事件(*1)です。

反射的損失の原則と呼ばれる、英国の会社法における重要概念に関する判例です。最近の事件(2020年)であることもあり、ちょっと議論が錯綜しているところもあるのですが、分かりやすい紹介を心がけます。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。

では、始めます。


前提知識:反射的損失の原則とは何か?

反射的損失(refrective loss)の原則とは、ある不法行為が会社に損失をもたらし、株主が被ったとされる唯一の損失が会社が被った損失に反映されている場合、株主は、そのような損失(反射的損失)について個人的に行為者を訴えることが出来ないというものです。

典型的な事例としては、取締役の背任行為により会社が莫大な損害を被って倒産したため、株式の価値が0円になったような場合が想定されますね。

リーディングケースであるPrudential事件(*2)は、この原則の根拠を次のように述べています。

株主は個人的な損失を被らない。株主の唯一の"損失"は、会社を通じて、会社の純資産の価値が減少したことである。(中略)原告の株式は、定款に定められた会社への参加権に過ぎない。彼の参加権である株式自体は、不法行為によって直接影響を受けることはない。

事案の概要

Marex Financial Ltd(原告・上告人)は、Sevilleja Garcia氏(被告・被上告人)がオーナーを務める英領ヴァージン諸島の2つの会社(以下「被告会社」)に対して、金銭の支払いに関する勝訴判決を得ました。しかし、被告会社には既に資産が残っておらず、倒産手続に入りました。

原告は、被告が判決の執行を逃れるために、被告会社の資産を海外に移したことを疑います。そこで、原告は、被告に対して、不法行為(債権侵害)に基づく損害賠償請求訴訟を提起することを決意します。つまり、被告が被告会社の資産をすっからかんにしたために、原告の被告会社に対する金銭債権がパーになってしまったということですね。

原告は、英国国外(ドバイ)に住む被告に訴訟を提起するにあたり、訴状の海外送達の許可を得ました。

これに対して、被告は、原告が被った損害は反射的損失であり、原告は訴訟を提起する立場に無いとして、送達許可の取消しを求めます。

原審では、被告の反論が退けられます。
しかし、控訴審では一転、被告の反論が認められ、許可を取り消す判決が出ました。

そこで、原告は、上告をします。

争点:債権者の請求にも反射的損失の原則が及ぶのか?

原告は、単なる債権者であり、被告会社の株主ではありません。
そのため、シンプルに考えれば、株主ではない原告には反射的損失の原則が及ばないという簡潔な結論に至りそうです。

しかし、実際に、控訴審では被告の反論が認められています。これにはどのような背景があるのでしょうか。

Millett卿の二重回収の回避の理論

Johnson v Gore Wood事件(*3)の担当裁判官の一人であるMillett卿は、傍論として、次のように述べます。

(反射的損失について)株主による回収が認められるとすれば、被告の負担で(会社にも)二重で回収させるか、株主が会社やその債権者、他の株主の負担で回収することになるが、どちらも許されない。(中略)被告に対する正義のためには、どちらか一方の請求を排除することが必要であり、会社の債権者の利益の保護のためには、株主を排除して回収することが許されるのは会社でなければならない。

つまり、Millett卿は、反射的損失の原則を正当化する根拠を、会社と株主が二重に損害を回収することを回避することにあると述べたのです。

反射的損失の原則の拡張

このMillett卿の傍論は、反射的損失の原則の拡張を招きます。

第一に、二重回収の回避の理論が妥当しない場合には、反射的損失の原則が適用されないという例外を創出することにつながります。実際、Millett卿の傍論が登場してから、そのように読める事件も出ていました(*4)。

第二に、二重回収の回避の理論が妥当する場合には、株主でなくとも、反射的損失の原則が適用される場面を作り出すことにつながります。

今回の事件は、この第二の拡張に関連します。すなわち、被告会社(の管財人)は、被告に対して、隠した財産の取戻しを請求できるのであり、もし、原告に被告に対して請求することを認めてしまうと、二重回収の可能性が出てくるということです。

裁判所の判断

原告の主張が認められました。
債権者に過ぎない原告には、反射的損失の原則の適用は無いとされました。

これにより、被告に対する海外送達の許可は取り消されずに、原告は、訴訟をそのまま追行できることになりました。

考察

反射的損失の原則の適用範囲の明確化

本判決において、反射的損失の原則が適用される対象は、株主のみであると明言されました。

また、Millett卿の傍論は否定されて、本件と抵触した過去の判例(反射的損失の原則の例外を認めたように読める事件を含む)は覆されました。

本件の裁判官の一人であるHodge卿は、反射的損失の原則はあまりにも拡大解釈されており、債権者の請求の大部分を除外することにより、不公正を招くと述べています。

日本法との比較

日本の会社法では、取締役の第三者に対する責任が定められています。

(役員等の第三者に対する損害賠償責任)
第四百二十九条 役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 (後略)

上記でも例に出した、「取締役の背任行為があり、会社が倒産した場合に、株主が取締役に直接かかっていけるか」という場面で、日本では、この条文を使って請求の可否を検討するのではないかと思います。

イギリスにいる今は手持ちの本もないので、下手なことは言えないのですが、確か、日本では、株主がこの条文を使う場合に、直接損害のみを請求できるのか、直接損害+間接損害を請求できるのか、争いがあったと記憶しています。

ここでいう間接損害として主に想定されているのは、株価の減少であり、まさに反射的損失の原則の適用場面ですよね。そうなると、英国法の考えに基づけば、少なくとも間接損害については、請求ができないという結論になりそうです。

おわりに

本判例は、むやみに拡大して実務に混乱と不確実性を引き起こしていた反射的損失の原則について、明確な範囲を定めたものとして、一般的には好意的に受け入れられています。

今回の判例を日本の法務担当が参照する場面はあまりないとは思いますが、近年の会社法における最重要判例の一つですので、今回ご紹介しました。

今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!


【注釈】
*1 Sevilleja Garcia v Marex Financial Ltd [2020] UKSC 31
*2  Prudential Assurance Co Ltd v Newman Industries Ltd (No 2) (1982) Ch 204
*3 Johnson v Gore Wood & Co (A Firm) [2001] 2 WLR 72
*4 Giles v Rhind (No 2) [2003] Ch 118


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英国法の重要な判例、興味深い判例を紹介しています。
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