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【英国判例紹介】Morris v Murray ー危険の引受けの抗弁ー

こんにちは。
お読みいただきありがとうございます。

今回ご紹介するのは、Morris v Murray事件(*1)です。

英国の不法行為法における、危険の引受けの抗弁(volenti non fit injutia)が認められた珍しい事件です。

世の中には、ちょっと考えられない事故がいくつかありますが、この事件もその一つではないかと思っています。では、早速見ていきます。

なお、このエントリーは、法律事務所のニューズレターなどとは異なり、分かりやすさを重視したため、正確性を犠牲しているところがあります。ご了承ください。


事案の概要

1981年3月3日、当時25歳だったモリス(以下「原告」といいます。)は、昼からパブで酒を飲み、二軒目のはしご先のパブで、マレー(以下「被告」といいます。)と合流します。彼らはウィスキーなどを飲み、飲酒は午後4時頃まで続きました。

被告は、パイロットの免許を持っており、近くの飛行場で小型飛行機を所有していました。パブにいた者の証言によれば、被告は、原告やそのとき一緒に飲んでいた友人たちに、一緒に飛行機に乗らないかと持ちかけました。多くの者はこの申し出は断ったものの、原告は飛行機に乗ることに同意し、被告とともに飛行場に向かいます。

飛行場に着いた原告と被告は飛行機に乗り込み、被告の操縦の下でフライトを開始します。

近くの道路で状況を目撃していたパイロットは、彼らの飛行機の異常な挙動から、「まるで模型の飛行機のようだった」と証言しています。事実、飛行機は離陸してすぐさま高度300フィートまで上昇した後、失速して、地面に墜落します。

この事故により、被告は死亡します。のちの検死により判明した被告の体内のエタノール濃度と血中アルコール濃度から、彼が事故当時に、ウィスキー17杯分に相当するアルコールを摂取していたことが明らかになりました。

他方で、原告も、この事故によって大けがをしたことから、被告の相続財産に対して、不法行為に基づく損害賠償請求の訴えを提起します。

争点:危険の引受けの抗弁の成否

危険の引受けとは?

危険の引受けの抗弁とは、①被害者が行為者によって引き起こされる特定の損害に同意したときや、②被害者が行為者に責任追及しないことに同意していたときに、不法行為に基づく損害賠償請求に対する行為者の抗弁になるというものです。

これは、自発的な行為にはいかなる損害も生じないという意味をラテン語で述べた"volenti non fit injutia"とも呼ばれます。

例えば、あまり想定しづらいかもしれませんが、Aさんが、Bさんに顔面を定規で殴られることに同意していたとき、これによってAさんの頬が切れてしまっても、危険の引受けの抗弁によって、Aさんは、Bさんに対する損害賠償請求が認められない可能性があります。

本件における危険の引受け

本件では、原告と被告は昼からパブで飲んだくれており、被告の検死結果からも推測できるように、被告はかなり酔っぱらっていたはずです。このような状態にある被告が飛行機を操縦したとしたら、最悪、墜落することも想像できたように思えます。

そのため、被告は、原告が酔っぱらった被告の運転する飛行機に乗っていたことが①の危険の引受けに当たると反論しました。

裁判所の判断

裁判所は、被告側の危険の引受けの抗弁の主張を認めて、原告の請求を棄却しました。Fox判事は、次のように述べました。

原告は、飛行機に搭乗した時点で、被告が適切な注意を払わずに飛行機を操縦し、その結果として負傷した場合の権利を放棄したものと、私は考える。(中略)私は、原告はリスクを受け入れ、飛行機の操縦に関連する怪我に対する責任から、暗黙のうちに被告を免責したと結論付ける。私の見解では、このケースでは「volenti non fit injutia」という格言が適用される。

考察

危険をはらんだ泥酔状態の悪ふざけ

自動車の飲酒運転事故に関して、同乗者が運転手を訴えたケースは、それなりに多く、リーディングケースとして、Dann v Hamilton事件(*2)があります。この事件では、危険の引受けの抗弁は排斥されています。

本件でも、原告側は、Dann v Hamiltonに依拠して論証を展開していたものの、Fox判事は、本件は、危険をはらんだ泥酔状態の悪ふざけであり、その事件とは似ても似つかないものであると一刀両断しています。

過失相殺は使えなかったのか

この事件は、個人が自らの行動に責任を持ち、不法行為法が自らの安全を軽視する人々に提供する保護を制限すべきだという考えに整合的です。本事件以降、裁判所が自己責任を重視する傾向が強まっているという見解もあります。

危険の引受けの抗弁が成功した場合、被害者の請求は認められません。その意味で、危険の引受けは、イチかゼロの問題です。

他方で、英国法上も過失相殺(contributory negligence)の仕組みがあり、危険の引受けが問題になりそうな事案の多くでは、過失相殺を利用する方が、当事者の責任をイチとゼロの間で調整ができることから、フェアな結論を導きだしやすいように思えます。

なお、上記Dann v Hamiltonでは、原告代理人が過失相殺を主張していなかったということで、裁判所が過失相殺を取り上げなかったと書かれています。もしかしたら、日本とは少し運用が違うのかもしれません。

危険を認識していることと受け入れることは違うのではないか

ともかく、裁判所は、本件では過失相殺を適用しませんでした。Fox判事は、原告が泥酔する被告が操縦する飛行機に同乗したことについて、この冒険の無責任さは、法律が損害賠償を認めるべきではなく、損失はそのままにしておくべきであると述べました。

危険を認識しておくことと、そのリスクを受けいれることは異なります。原告の主観として、飛行機事故に巻き込まれることを承諾していたか否かは争いの余地があるはずです。

もっとも、上記のFox判事のいいぶりを見るに、本件では、酔っぱらったパイロットの飛行機に乗ることのリスクが現実化する可能性が顕著であることから、原告がリスクを受け入れたに等しいという価値判断があったように思われます。

まとめ

いかがだったでしょうか。
本日は、英国の不法行為法における危険の引受けの抗弁に関するリーディングケースを紹介しました。

余談ですが、Fox判事の判決文がめちゃくちゃ読みづらかったです、、(笑)もっと色々書ければよかったのですが、判決文の後半は悪い意味でスラスラ読んだだけだったので、力不足を実感しました。

お読みいただきありがとうございました。
このエントリーがどなたかのお役に立てばうれしいです。


【注釈】
*1 Morris v Murray [1991] 2 QB 6 (CA)
*2 Dann v. Hamilton [1939] 1 K.B. 509


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